第22話 カイの推理
カイにとっては美味い、ディートにとっては不味い夕食の続きが終わりに近づくと、二人は事件の話を始めた。
口火を切ったのはディートだった。
「なあ、カイ。誰が真犯人だと思う?」
「俺はここに入れられてから、ずっとそれを考えていた。俺の考えを聞いてくれるか?」
「ああ、もちろんだ。聞かせてくれ」
ディートのうなずきを受けて、カイは自分の思考を打ち明けることにした。トレーの上に最後に残った杏子を取ってかじりながら話し出した。
「俺は思ったんだ。犯人は、単純に金儲けのためにヒツジを盗んだんだろうか。実は違うんじゃないかって」
「金儲けじゃない? なぜだ?」
「単純に金が欲しいのなら、ヒツジのような扱いが面倒で、金に換えるのも難しいものを選ばないんじゃないか?」
「もっと小さくて金目のものを盗んだほうがいいってことか?」
「ああ。極端な話をすれば、商人組合とか裕福な商人の所に忍び込んで、金貨でも盗んだほうが手っ取り早いじゃないか」
「うーん、そう言う場所は警備や用心棒がいて、盗みに入りにくいからじゃないのか?」
「牧場だって、牧童がいっぱいいるぞ。あいつらの気の荒さは、見てのとおりだろ? もし見つかって捕まったら、保安官に引き渡すどころか、その場で袋叩きだ。よっぽど危ないじゃないか」
「それはそうだな」
カイに牧場の連中の荒っぽさを指摘されてディートはなるほどと納得した。うなずいてから話を戻す。
「じゃあ、なぜヒツジを? ヒツジに意味があるということか?」
だが、カイは首を横に振った。
「いや、そうじゃない。俺が考えたのは、人間のほうだ」
「人間のほう?」
ディートが返した疑問に、今度は首を縦に振って繰り返す。
「そうだ。人間だ」
「どういうことだ?」
「二つあるんだ」
「二つ?」
「ああ」
カイは右手の指を一本立てた。
「一つには、直接の被害者だ」
「被害者? 牧場主だろう?」
「ああ、そして雇われている牧童連中だ」
「牧童連中? 意味がわからないぞ」
「まあ、聞いてくれよ」
眉根を寄せて首をひねる友人に、カイは身を乗り出して話を続けた。
「あいつらは、町でも一番の荒っぽい連中だろ?」
「ああ」
「それに声がでかい。何かあっても深く考えず、自分が思ったことはそのまま大声で叫ぶような野郎どもだ」
「まあな。ヒツジ相手に優しく理屈を言っても聞くわけがないから、自然とそうなるな」
「そうだ。さっきも、俺が犯人だというはっきりした証拠など何もないのに『自分たちが見かけた』というだけで俺を犯人扱いして、町の皆に大声で触れ回っていただろ?」
「それはそうだな。だが、それがどうした? 真犯人の狙いは何だ?」
「先を急ぐなって。もし保安官が、はっきりした証拠がないからと言って俺を捕まえずに帰ったら、あいつら、きっと俺を殴る蹴るして無理やりに自白させて、そのまま私刑にかけたんじゃないかとすら思う。そうしたら、死人に口無しで、犯人は俺に決まりだ」
「……無いとは言えないな」
ディートは顔を縦には振ったが、納得したという風ではない。それでもカイは右手に二本目の指を立てて自分の推理を続けた。
「二つ目は、もう一人、間接の被害者、『俺』だ」
「お前?」
「そう、俺だ。俺は思ったんだ。なんで犯人は、俺に罪をなすりつけようとしたんだろう、って」
「それは、自分が捕まらないようにするためだろうさ」
「それはもちろんそうだろうけど、それだったら、別に誰でもいいじゃないか」
「まあな」
「俺は、ある意味、有名だろう? その、父さんの息子として」
「まあ、そうだな」
「だとしたら、俺に罪を
「じゃあ、犯人はわざと騒ぎを起こしたかったと言いたいのか?」
「ああ、そうだ」
「それは何のためだ?」
ディートもカイの推理に引き込まれたようで、身を乗り出してくる。カイは手の中に残った杏子の種をトレーの上に落とした。
「それも考えたんだけど、難しくて……。違うかもしれないんだけど」
さっきまでと異なり、カイが自信なさげになった。声も少し小さくなる。
だが、ディートは逆に声を励ました。
「いや、折角考えたんだろう? 構わないから、全部話してくれよ。間違っていても、お前と俺の間だけの話にしておけば問題ないじゃないか」
「わかった」
カイは一つうなずいてから続けた。
「たぶん、評判を落とすためじゃないか、と思ったんだ」
「お前のか?」
「いや、今さら俺の評判を落として何の得になる?」
「それは……。あまり言いたくないが、ギエリとかはどうだ? その、仲が良くないのだろう?」
ディートが遠慮がちに、カイにつらく当たっている従兄の可能性を挙げる。
だが、カイはきっぱりと否定した。
「ああ。だけど、違うな。ギエリは今でも俺を十分に見下してる。これ以上、俺の評判を落とす必要は何もない。あいつは昨夜、ずっと家族と一緒にいただろうし。それに自分の家から罪人を出して、こき使える俺を処刑台からぶら下げて、何かあいつの得になるか?」
「ならないかもしれないな」
「ならないとも」
「わかった。すまん、今のは忘れてくれ。ギエリにすまない」
「わかってるさ」
ディートは頭を下げた後に、首をひねって考えた。そして別の可能性をひねり出した。
「じゃあ、お前の父さんの評判か?」
「そんなわけないだろ。もう死んでいるんだぞ。母さんもそうだ」
「じゃあ、誰のだ?」
ディートが重ねて尋ねると、カイは目の前の親友を見つめながら言った。
「最近、俺と親しくしてくれる男だ」
「お前と親しい…… 誰のことだ?」
「思い当たらないか?」
「ああ、わからん。もったいぶらずに、教えてくれよ」
ディートが機嫌を損ねたように端正な顔を少しゆがめて低い声で強く言うと、カイは真面目な顔でディートの視線を捕らえたまま、人差し指を伸ばした右手をまっすぐ前に突き出した。その指は鉄格子を通してディートの両目の間を指している。
「お前だよ」
ディートは口をぽかんと開けた。そこから出てくるのも間の抜けた高い声になる。
「へ? ……俺?」
普段は真面目な表情を崩さない親友のきょとんとした顔に笑い出しそうになりながら、それをこらえてカイは続けた。
「そう、お前だ。お前なら、評判の落としがいがあるんじゃないかと思う」
ディートはまだ口を開けたままでいたが、我に返ると急き込んで否定しようとした。
「それはないだろう。俺なんかの評判を落としてどうするんだ」
「いや、そんなことはない。気を悪くするなよ?」
カイは気を取り直したディートが「ああ」と答えるのを待って続けた。
「お前は保安官助手見習として真面目に修行していて、町のおっさんおばさんたちや年寄り連中に信用されている。正義感があって世話好きで頼もしいから、若い奴等や年下からも頼りにされている。背が高くて逞しくて男前だから娘たちにもてもてだ。それに何と言っても、保安官の息子なんだ。評判の高さは、他の誰とも比べられないぐらいだ」
ただ一人の親友の美点を一気に並べ上げる。
「……あんまり持ち上げてくれるなよ」
気がつくと、目の前のその男は気を悪くするどころか、顔を真っ赤にしている。カイは、親友が、自分の言葉を皮肉と受け取るような男ではないことを思い出した。
「いや、お世辞を言ってるわけじゃない。本当のことだ」
「……よかったら、俺の分の杏子も食うか?」
「バカを言うなよ。……でも、お前がいらないならもらう」
「おう」
ディートが鉄格子の間から差し出した果実を受け取りながら、カイは続けた。
「だから、お前に嫉妬している奴もいるんじゃないかと思うんだ。ただ、お前自身に罪をなすりつけようとしても、誰も信じない。だから俺を狙ったんじゃないか、って考えたんだ。お前と親しい俺が罪人になれば、お前も犯罪者の友人ということになるから」
「友人だというそれだけでか?」
「ああ。現に、ほら、俺を見ろよ。以前は変わり者の鼻つまみ扱いで、俺を相手にする娘なんか一人もいなかった。それが、お前が俺に良くしてくれているというだけで、いろんな
「それはそうかもしれん。だが、そんなつまらないことのために、ヒツジ泥棒をするか? 下手すりゃ、自分が私刑にされかねないんだぞ」
「んー、そうなんだよなぁ」
カイは左手を頭の後ろに当てて、あお向けに寝転がった。もらった杏子を一口かじってから言った。
「すまん、そこから先が、考えが進まないんだ」
正直に言って、杏子をさらにかじる。
ディートは文句を言うでもなく、淡々と応じた。
「そうか」
「中途半端な考えを聞かせて、悪かったな」
「いや、十分に面白いと思う。明日、捜査の後にでも、今のお前の推理を親父……じゃなかった、保安官にも話してみるよ」
「捜査?」
「ああ。助手のバイスさんが保安官に提案したんだ。盗んだ夜の間にヒツジを遠くまで連れて行くのは難しいから、まだ、牧場の近くに隠されているかもしれない、とな。保安官がその考えを取り上げて、牧場に近くて隠せるとしたら、草原を挟んだ森だろうと目星をつけた。他の地区の保安官や助手の手も借りて、明日の朝から捜索することになった。さっき、バイスさんと俺とで、各地区に依頼に行ってきたんだ」
「そうなのか」
「うまくいけば、明日の夕方にはお前の疑いは晴れているかもしれないな」
「わかった。その結果が出るまで、俺はここでまた色々と考えてみるよ。できれば、明日の夕食もここで食べたい気もするけどな」
「俺はごめんだ。今度はここではなく、食堂で一緒に美味い飯を食べよう」
「ああ、楽しみにするよ」
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