第12話 魔物の魔法

 ディートはカイに重ねて尋ねた。


「魔法を使う魔物もいるという話はよく聞く。そいつらも魔法使いと同じようにして魔法を発動させているのか? いまお前がした話からすると、魔法は、相当に智恵があって物事を深く理解していないと使えないように思えるんだが。魔法を使う魔物は、そんなに知的なやつばかりではないだろ? 矮鬼コボルトとかも、威力は低いけど魔法を使うらしいよな?」


 確かに、子供たちが大人に聞かされる魔物の話の中には、旅人に不親切な村がマギエルコボルト《魔術師矮鬼》に率いられたコボルトの群れに襲われて滅びてしまう怖ろしい物語がある。唯一親切だった村人の一家だけが、実は大魔法使いだったその旅人に救われるのだ。

 お伽話に過ぎないが、そのような話がまことしやかに伝えられるということは、それに近い出来事があったのかもしれない。


「うーん、俺が読んだところまででは、魔物の魔法のことはまだ少ししか書かれていないんだ。でも、最後まで読めばもっと詳しくわかるかもしれない」


 そこまで答えると、カイはディートの顔をちらっと見た。友の視線はこちらの手元の本にじっと注がれている。単なる魔法への興味にしては、随分と熱心だ。この町に魔物が最後に現れたのは随分と前のことで、自分たちは口伝えの話しか知らない。たぶん、この先も出会うことなどないだろう。それでも、この真面目な保安官助手見習は、万一の出現を考えて少しでも知識を得ようとしているのだろう。

 カイは心の中でうなずいて、話を続けることにした。


「ここまでに書いてあったのは、魔法を使う魔物には二種類あるということだ」

「二種類? どんな?」

「片方は竜や精霊族とかで、人間と同じように知能が高い」

「なるほど。そいつらは人間と同じように魔法を使えるということか」

「ああ。その上に魔素量が物凄く多いので、強大な魔法を使える」

「怖ろしいな」

「まったくだ」


 二人は顔を見あわせるとうなずきあった。

 竜や精霊は、その圧倒的な力で、人間など足元にも寄せつけない存在だとされている。少しばかり興味があっても、出会うことなどないほうが幸せというものだろう。


「で、もう片方は?」

「もう一方は、むしろこっちのほうが種類が多いらしいんだけど、体の中に魔核を持っている魔物が魔法を使うそうだ」

「『魔核』?」

「ああ。魔物は普通の生き物と違って、一種類の魔素しか作らない。魔核は石のような結晶で、その魔素を貯め込むための器官だ。もともと一種類しか作らないので、純化する必要がない。それが蓄積されて一定量を超えると魔力になるそうだ」

「なるほどな。その場合、最後の発動の段階、具体化だったか、それはどうなるんだ?」

「そういう魔物は使える魔法が二、三種類で、しかもかなり単純なものに限定されているらしい。たとえば、つむじ風を起こすとか、氷の矢を飛ばすとかだな。だから、そんなに知恵がなくても発動されるそうだ」

「そういうことか。じゃあ、魔物の種類ごとにどんな魔法を使うかをあらかじめ調べておけば、もし出現しても対処しやすそうだな」

「そうだな。それからこの本によると、魔法を使う魔物は使えない奴より強いけど、魔核が弱点で壊されると死ぬらしい。ただ、ここまでのところでは、どんな魔物がどんな魔法を使うかは書いていないな。こっちの薄い方の本には少し書いてあったんだけど」

「そうか。じゃあ、その厚い方の残りを読んでもし何かわかったら教えてくれるか?」

「もちろんいいとも。お前が借りてきてくれた本だものな」


 ディートの頼みをカイは当然だとばかりに気軽に引き受けた。ディートも嬉しそうに頭を下げた。


「ありがとう。ぜひ頼む」

「保安官助手見習としては、そこは重要だもんな」

「そうなんだ。町長が持っている他の本も調べてみるか」

「うん、でも、俺はまずはこの本に書いてあることを試してみたい」


 カイがちょっと困った顔をすると、ディートは慌てて言葉を継いだ。


「もちろんだ。それが本来の目的だからな」


 それを聞いてカイはほっと顔を緩めた。そして本を閉じて持ち上げて見せた。


「この本、俺が借りて帰っても構わないか? もっと詳しく読み込みたい」

「それはどうかな。町長から直接借りたのは俺だからな。また貸しになるのはよくないだろう」

「それはそうだな」

「それにこう言っては悪いが、お前、家ではなかなか読めないんじゃないか? 朝は仕事が忙しいだろうし、夜に読もうとしても明かりをそうそうは使えないだろうし」

「確かにそのとおりだ。暗くなったらすぐに寝ちゃってる」


 借りた本を完全に手元から放すのに気が進まない様子をディートが見せると、カイもあっさりと従った。その代わりにと、ディートは別のことを提案した。


「俺が午後は毎日ここへ持ってきてやるから、ここで読むようにしたらどうだ?」

「わかった。そうする。でも、お前に随分と手間をかけることになるよな。いいのか?」

「何、構わないさ。俺も、お前に会ってこんなふうに色々な話をするのは、その、楽しいしな」


 思いがけないことを言われて、カイは驚いてディートを見た。

 相変わらず真面目な顔つきで冗談を言っているようには見えないが、頬が赤い。


「ああ、俺もだ」


 答えてからカイもなんだか嬉しい、それでいて恥ずかしい気分になった。顔も赤く火照ほてってくる気がする。

 慌てて自分を誤魔化したくなり、頭に浮かんだことを取りあえず言ってみた。


「それに、収穫祭の踊りの練習も一緒にしないと、だしな」


 二人にとって重大な課題だが、ディートの返事は随分と遅かった。


「…………ああ、そうだったな」

「お前、忘れていただろ」

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