第6話 魔法使い

 ディートフリートはカイの顔を正面から見て繰り返した。


「お前は魔法使いのほうが向いているんじゃないかと、俺はそう思うんだ」

「は? 俺が魔法使いに?」


 思いもかけない提案を受けて、カイは口をぽかんと大きく開けた。あまりに予想外で、何を言えばいいのかわからない。反射的に問い返した後に口をついて出そうになったのは、『冗談だよな?』という当然でありきたりの疑問だ。だが、冗談を言って良いような話の流れではない。それに目の前でこちらをじっと見つめているのはいたって真面目な男だ。保安官の息子でもある。その真剣な顔を見ると、カイは次に頭に浮かんだ、これもありきたりな別の問い直ししかできなかった。


「どういうことだ?」


 そう言っていかにも要領を得ないという顔をしているカイに、ディートフリートは淡々と答え始めた。


「その前にまず、武術のことなんだが。剣術や体術で上達するためには、どうしてもそれに向けて体を鍛えなければならない。お前は、力はそれなりにある。だが、いわば、その、畑仕事用の力だろう? それでは、剣や拳は巧く使えないんだ。きつい畑仕事をしながら武術向きに体を作り変えるのは難しい。かといって、畑仕事をしないわけにはいかないだろうし」

「ああ」


 なるほどと思いながらカイが短く言葉を返すと、ディートフリートは遠慮がちに少しずつ言葉をつなげた。


「それに、さっきの様子からすると、まあ、その、体を闘いに使いこなす感性のようなものが、こう言っては悪いが、感じられなかった」

「それは、わかる。悔しいけどな」


 カイとしては肩をちょっとすくめながらも認めざるを得ない。

 彼が気落ちしないように励ますために、ディートフリートは話の続きを急いだ。


「だがな、魔法なら剣術や体術の感性や体つきなんて関係ないだろう? お前のおふくろさんが軍の極秘任務に参加するほどの魔法使いだったのならば、お前もその素質を受け継いでいるかもしれない。髪や目の色が親父さん似でないなら、おふくろさん似の可能性は高いじゃないか。それにな……」


 そこまで来てディートフリートが言いよどんだ。言っていいのかどうかわからないというように眉根に皺を寄せて頭をひねっている。


「何だ? そこまで言ったなら、最後まで言っちゃってくれよ」


 カイが促すと、ディートフリートは「わかった」とうなずいた。


「手を見せてみろ」


 そう言ってカイの両手を取る。


「俺の手がどうした?」

「普通の手だよな」


 いぶかしげにしているカイの手の指の甲を、ディートフリートは親指で一本ずつ押していく。


「普通って?」

「別に特別に硬くもない、太くもない」


 当たり前のことをディートフリートは言う。カイは放された自分の手をしげしげと眺め、わけがわからないと思いつつも問い返した。


「そうかもしれないけど、それがどうしたってんだ?」


 返ってきたのは、当たり前の返事ではなかった。


「お前、魔法が使えているんじゃないか?」

「……」


 あまりにも意外な言葉に、カイの口が開いた。声が出ない。今まで見ていた手も目の前で開きっぱなしになっている。

 その様子を見ながらも、ディートフリートは話を続けた。声が熱を帯びはじめ、力がこもっていく。


「さっき腹にお前の拳を受けたとき、俺は今のお前と同じぐらいに驚いた。こう見えても、体は鍛えているつもりだ。腕だけじゃなく、腹もな」

「……ああ、少なくとも俺よりはな」


 カイは普段のうすら笑いをどうにか顔に取り戻して冗談めかして応じた。普通に考えれば、まともに受け止められるような話ではないのだ。

 だが、ディートフリートの顔はいつもどおりの真面目そのものだ。


「茶化さずに聞いてくれよ。俺は、お前に殴られるぐらいはどうということもない。そう思っていたんだ。だが、お前の拳は硬くて重かった。息が詰まり、腹の中のものを吐きそうになったんだ」

「……」

「顔に受けた二発目もだ。岩を思い切りぶつけられたようだった。だが、今こうやってお前の手を見てみれば、ごく普通の手だ。お前に殴り倒されたなんて、俺は今でも信じられないんだ」


 ディートフリートが熱っぽく説く言葉を聞いて、カイは目を白黒させながらあらためて自分の手を見た。

 さまざまな仕事をこなして、肌はガサガサしている。だが、取り立てて変わったところがあるわけではない。


「確かに、俺もお前が倒れたのを見て『嘘だろ』と思った。芝居をしているのかと思ったぐらいだ」

「本当に効いた。倒れながら『ありえない、どうなっているんだ』と思ったほどだ。だが、魔法がかかっていたのならばありうる。お前、自分でも気づかないうちに魔法を発現させているんじゃないか? もしそうなら、意図して魔法を使えるようになれれば、凄い魔法使いになれるんじゃないか?」

「俺が魔法を……」


 もし魔法使いになれたら。

 カイにとって、確かに魅力的な話ではある。これまでに何度となく祈り願ったことだ。

 魔法使いは希少な存在だ。ということは、もし強い魔法使いになれれば、それだけ高い価値を認めてもらえるということだ。こんな、国の片隅の町のそのまた端っこで、水汲みや畑仕事にこき使われて我慢している必要などなくなる。

 自分の人生を自分で決められるようになる。

 でも。


 カイは顔を上げてディートフリートに尋ねた。


「でも、魔法使いって、どうすればなれるんだ?」

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