第19話 次期女王
「わ、私が出ても大丈夫なのでしょうか…?」
式に出る十分前、はじめて国民の前に姿を現すことになったクララ。ずっと手がガタガタ震えていて、落ち着かない様子だった。
隣の部屋で準備をしていたガブリエルは緊張しているクララの顔を見て、震えている手を両手で優しく握った。
「王女様…今日は貴方様にとって非常に大事な日なのです。次期女王として国民の皆様にご挨拶をするのですからね」
「はい、わかっています。でも……怖くて…」
「最初は何でも緊張しますよね…これが王女様にとって良い一歩になるよう祈っております。
…何かあれば声かけてくださいね」
「ガブリエルさん、ありがとうございます」
そして、とうとう式が始まる___
「レラ女王様の子ってどんな感じなのかなぁ?」
「こら、その言い方は失礼でしょ!王女様と呼びなさい」
最前列に並んでいた子供と母親の女性がひそひそと話していた。皆クララの姿を一目見ようと続々と集まってくる。中央辺りにいた団員達は彼らの間に紛れ込んで式に参列する。
「でも、ちゃんとあの子を見たのはカヨだけなんだよね?」
「まあ、そうかもしれない」
ライは右隣にいるカヨにクララと話したことについて聞く。なぜなら直接会っていたのは彼女だけだったから。それ以外の団員達は、クララの姿を見るのは今回が初めてだ。ライは続けて話す。
「そう言えば、他の皆も初めてなんですか?」
「うん、そうね。王宮へ来ても会うことはなかったから。
そもそもレラ女王様の見た目もずいぶん変わったわよね〜元が綺麗な人だけど、より若々しいっていうか」
下を向きながら夜桜はクララと会ったことがないだけではなく、レラの容姿も以前と比べて変わっていることについて疑問に思っていた。よく見てみると、異常に若く見える人であり娘がいると言うよりも姉妹のように見える不思議な感じがした。それはクララと直接会っているカヨもそう思っていた。それは何故なのだろうか。
「夜桜、私達って女王様と二年くらい会ってなかったよな。その時に何かあったのかも…」
「知らないほうがいいのだろうけど、大きな変化があったとしたら……ううん。今はそんなことばかり考えている場合じゃないわ!この魔法組織が忘れられていることとかもそうだけど、今のことを考えましょ」
色々思うこともあるが、今は今できることを考えようと夜桜は皆を励ます。そうこうしているうちに軍楽隊による演奏が始まった。彼らは式場の両端に並び立ち、美しい音色を奏でる。周りの人達は静かに演奏を鑑賞する。
「…すごいわね。こんなにたくさんの軍楽隊見たことがない…!」
軍楽隊の演奏を集中して聴いている周りの妨げにならないように、ローラは小声でその演奏に深く感動した。
演奏が終わると紙吹雪が舞い、周りから大きな拍手が沸き起こる。そして式場真ん中からレラが現れて後ろには従者の姿も見えた。
「国民の皆様、今日は私の娘であり王女のクララのために来ていただきありがとうございます。次期女王として皆様に彼女からご挨拶を申し上げます」
レラが深々と頭を下げ、後ろへ一歩下がる。しばらくの間沈黙が続き、後方を見てみると白とローズピンクの華やかなドレスを身にまとったクララの姿が。彼女は深呼吸をしてゆっくりと一歩ずつ進んでいく。カーテンの外側からユミリカとレーチェルがこっそり覗いており、その様子を見守る。
「クララ王女様…頑張れ……!」
手を強く握るユミリカ。一方レーチェルは無言で見つめている。
「…み、皆さんはじめまして……クララ・アンジェラスと申します。私は…エンゼル・エンパイアの…王女…で次期女王…と…なり………」
緊張のあまりたどたどしい話し方で挨拶するクララであったが、だんだんと声が小さくなってうつむき黙り込んでしまう。
「ご……………ごめんなさいっ!!」
「え、ええっ!?」
なんとクララは出口に向かってその場を去ってしまったのだ。突然の事態が起こり周囲にどよめきが起こった。レラも慌てて彼女の後を追おうとするが全員を落ち着かせるため一声かける。
「…すみません国民の皆様、せっかく来ていただいたのに。一旦中断させていただきますね!」
式を一度取りやめ、クララの様子を見に行くレラ。ユミリカも続いて探しに行く。一人になったレーチェルはこうなることは予想していたかのようにぼやく。
「やっぱ、あの子にはまだ早かったのよ…」
一方、いきなりクララが退出してしまいざわざわとし始めている式場の外で団員達も戸惑いを隠せなかった。
「おい嘘だろ?急に出て行っちまったぞ…」
「…これからどうしますかボス?」
「どうするの何もなぁ…今王宮は大変なことになってるし」
国民達が訳が分からずぽかんとする中、人だかりから抜けてこのあとどうするか暁がジョージィに聞いてみた。ジョージィ自身も何が起きたかわからなかった。それを見ていたカヨは、人前に出るのが怖いと言っていた彼女のことを懸念していた。
「………」
___
「どうしよ、どうしよう……私…逃げちゃった…!」
自分の部屋に閉じこもりベッドの中に潜り込むクララ。涙目になりながら激しく後悔していた。そもそも式になんか出るべきではなかったと強く思っていた。鍵をかけて部屋の中に誰も入れないようにしてしまう。
「うぅ…」
涙が止まらないクララ。彼女はベッドに潜ったままそこから全く動かなかった。
と、誰かがこちらへ来る…。母親のレラだ。彼女はクララの部屋のドアの前でそっと声を掛ける。
「クララ…聞こえますか」
クララは声を震わせ間を空けて話す。
「お母様…ごめんなさい。私のせいで…台無しにしてしまって……」
彼女はきっと怒られるだろうと思い目を強くつぶる。ドアの前からレラが口にした言葉は……
「…クララ、よく聞いて。お母様は怒っているんじゃないの…
あなたはずっと人の前に立つのが苦手なのは知ってる。それでも勇気を出して皆の前に出てきたことは決して恥ずべき行為ではない…挑戦したんでしょ?それは無駄なことなんかじゃない……あなたはもっと広い世界を知るべきよ。お母様の代わりにね」
「え…?」
レラはいつもの礼儀正しい口調ではなく敬語を外してクララに語りかける。人前に出ることが苦手な彼女でも、今日勇気を出して前に出ようとしたことは無駄なことではない…と。
優しく話したあと、クララにはもっと世界を知る必要があることも伝えた。クララは少しずつベッドから顔を出していく。
「あなたはまだ、女王を引き継ぐ時ではありません。彼らを見てそう思いました。もっと色々なことを学びなさい…お母様の言いたいことはそれだけです」
彼ら…御伽の夜光団のことだ。レラは娘のクララに対しまだ女王を引き継ぐ時ではない、たくさんのことを学びなさいとだけ告げて静かに立ち去る。
クララは星空が描かれている天井を見上げた。自分には何が必要なのか頭の中で考えている。母親をずっと見てきた彼女はその日々を思い出す。
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