第18話 忘れられた魔法組織

「カヨ……カヨ!!」


「…あっ!」


 ライがカヨの肩を揺さぶり、必死に彼女に声を掛ける。そしてようやくハッと我に返るカヨ。


「どうしたの急に……うずくまっちゃって」

「ライ、近くで女の子の声が聞こえなかったか?」

「…え、今ここには俺らしかいないよ?」


 いきなり聞こえてきた謎の少女の声はカヨだけに聞こえてきたようで、急にうずくまり動かなかったカヨにライは激しく動揺していた。


「よくわからないけど急いで戻ろう。ほら、せっかくの綺麗な薔薇を落としたら大変だ」

「……うん」


 ここにずっといたら危険だと判断したライは、桃色の薔薇をカヨの代わりに持ち先頭を歩く。ここは危ない場所なのだろうか…しかしそのようなことは一切聞いていない。あの少女の声と何か関係しているのか。


 こうして来た道を戻り、ユミリカの別荘で待機していた団員達の元へと帰ってきた二人。ライはカヨに起きたことをすぐにジョージィに報告した。


「……それで、いきなりカヨが…」

「誰かの声だと?」

「ボス、あそこには何か…その……悪い言い伝えみたいなものとかあるんですか?」

「そんなはずないだろう、むしろ縁起のいい場所と呼ばれているくらいだ。ちょっくら調べてみたんだが、その薔薇には恋が実るみたいなことが言われているらしい」


 あの場所は恋のパワースポットや恋が叶うといった恋愛に関する言い伝えがされており、感謝の気持ちを込めて恋人へ贈るものとしてフェアリークラシカルでは名高い花なのである。悪い噂というものは誰も耳にしていない。


「ところでカヨ、もういいのか?」

「大丈夫です。ちょっと頭が痛くなっただけで」


 ソファーで横になって休んでいたカヨは、調子が良くなったのでゆっくり起き上がる。彼女の隣にいたユミリカは一輪の桃色の薔薇を紙袋で包み、汚れないように上から透明な袋をかぶせた。


「これ、あたしがレーチェルに渡しておきますね!色々起きて大変だったでしょう?もう〜それなら自分で取りに行けばいいのに…」


 レーチェルの頼みを聞いてくれた団員達にお礼としてユミリカが渡してくれると言う。


「ありがとう」

「いえいえ、皆さんのおかげです!」


 感謝を伝えるカヨににっこり笑顔で役に立てることを喜ぶユミリカ。

 少し家でお茶をして、団員達もユミリカと一緒にエンゼル・エンパイアに戻ることに。


「色々学べてよかったわ!私達もそろそろ戻ろうかしらね」


 夜桜はまた王宮に戻ろうと決意する。するとユミリカが団員達にある情報を伝えにきた。


「そうだ皆さん!明日レラ女王様の娘様のクララ王女がはじめて公の場に出るんですよ!よろしければご一緒にいかがですか」


 ちょうど明日、女王レラの娘であるクララが式に出席される予定であるとのこと。次期女王として、国民の前に姿を見せる大事な式らしい。

 以前彼女と話していたカヨは人の前に出ることが怖いと言っていたを思い出し、内心不安な気持ちだった。


(クララが…?確か一度も人前に出たことがないと言っていたけど……)



 御伽の夜光団の団員達は天使の羽の便に乗り、フェアリークラシカルを出発した。風に揺られながら広い大空を渡り、数時間かけてようやくエンゼル・エンパイアに戻ってきた。


「ただいまーーっ!!」


 ロロは駅に到着し、両手を広げて大きな声で叫んだ。


「お前ん家じゃないだろ」


 後ろから歩いてきた暁に襟を掴まれるロロ。三日ぶりにレラのいる王宮へ向かって行く。


「おかえりなさいませ、楽しかったですか?」


 レラが門まで迎えに来てくれた。中へ入りジョージィは彼女にフェアリークラシカルに滞在している間に起きたことを話した。


「この間にこいつらに色々なことが起きて…」

「そうだったんですね。他の誰かがこの国に来ているということですか……でもここはいわくつきになるものは一切ございません。平和の象徴とも言われているエンゼル・エンパイアでそのようなことは絶対にあってはならないのです」


 真剣な眼差しで関与を否定するレラ。自国の平和の象徴の印象を崩したくないという本気の目だった。どうやら他の魔法使いがこの国に紛れ込んでいるのは事実であり、何らかの形で入国審査を通過しているようだ。

 思えばライを襲撃してきたマルクスや、ユミリカの前に現れた黒猫と突然カヨだけに聞こえてきた謎の少女の声……彼らが御伽の夜光団であることはすでに気づかれているのか。ジョージィは頭の中で考える。


(俺達が御伽の夜光団っていうのはバレてるのか…?)


「何か考え事でもしてるの、パパ?」


 ジョージィの肩に手を置くローラ。彼は顔に出やすいタイプで、レラの話を聞いた後に自分達の存在についてあれこれ考えていたことを娘のローラは気づいていた。


「やっぱり考え事してたでしょ〜?」

「何でわかった…?」

「このアタシに見抜けないものはないのよ!」


 ローラは自慢の黄色いリボンを整え、誇らしげに顔を上げる。仕方なく思っていることを話すジョージィ。


「…思ったんだが、俺達の正体既に知られているんじゃないか?」

「え、何よいきなり……」


そして彼は……


「言ってみないか、住人に。



…俺達が御伽の夜光団であることを」

「……は?」


 他の団員達も一斉にジョージィの方を振り向く。それを隣で聞いていたレラも口を開けびっくりした様子だった。


「ジョージィさん…どうしてですか?」

「女王様、俺達が活動再開したことは他に誰が知っていますか?」

「ええっと……ユミリカとレーチェル、そしてガブリエルの三人にしか伝えていません」


 ジョージィは内心不安に感じており思い切ってエンゼル・エンパイアの国民に自分達の正体を明かすことに。

 やってきたのは、王宮近くにある役所屋。もうしばらく滞在するので手続きを行うことになった。


「すみません…実は俺達、御伽の夜光団というものでして……」


 その答えは………


「…初めて聞く名前ですね、新人さんでしょうか?」

「え………」


 御伽の夜光団を……知らない?

ジョージィの消えないモヤモヤする気持ちは、他の魔法使いに存在を偽っていることが気づかれているのではないかということとそれ以前に自分達の魔法組織の名前すら知られていないという衝撃の事実だった。

 しかし何か変だ…たった数年姿を消していただけで国民全員が忘れているはずがない。何かおかしい…それは団員皆が思っていたことだ。


「ね、ねぇ…ウチらって女王様達以外誰も知らないの…?」

「そんなはずない…!ここには何度も来ているし、住人にもあいさつはしている!」

「と…とりあえず女王様に聞いてみませんか?」


 ライが何かの間違いではないかともう一度王宮へ向かいレラに話しかけることに。心なしか吹いている風も冷たかった。


「誰も…皆様のことを知らないですって?いや、何度も会っているのに…どうして……」

「女王様…あたし、嫌な予感がします……」

「どうしました、ユミリカ?」


 レラに聞いても、誰も団員達のことを知らないということを不思議に思っていた。すると彼女の後ろに立っていたユミリカがある可能性を示唆する。


「精霊たちに聞いたんです、黒兵派には記憶を操作する者がいると…」

「それは?」

「……魔族一家」


 ユミリカが口にした魔族一家。黒兵派を率いている戦闘種族「破皇邪族」…つまりライとは同族だ。御伽の夜光団と直接対面したのはわずかではあるが、活動停止にまで追い込んだとされる因縁深い者達である。


「………見かけてないぞ」


 暁が腕を組み、その人物とは直接会っていないと否定した。


「とにかく今のままじゃわからないわ、もうすぐ式が始まるから急ぎましょ」


 何者かに記憶を消されているかもしれない…国全体の違和感を感じながらも夜桜の指示を受け、先を急ぐ。

 そんな不安な気持ちの中、クララの出席する式場に着いた。

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