第17話 まどろみの午後

「うーん、ここにいるのかなぁー?」


 フェアリークラシカルのピンクの空に包まれた村にある小さな家の中からひょこっと顔を出すユミリカ。彼女は空を飛びながら何かを探している様子だった。辺りをきょろきょろしていると、黒い猫を見つける。

 その猫は一見黒猫のように見えるがコウモリのように宙にぶら下がっており、腕には白いレースのような模様がついている。


「見ない猫だ……あんなの居たっけ?」


 すると黒猫はユミリカの視線に気づいたのか、家の扉の方をじっと見つめる。


(あ……もしかしてバレてる!?)


 しばらく家の扉を見つめていた後、黒猫は木に実るりんごを一個だけかじり持ち去って草原の中へと消えていった。


「待って!」


 ユミリカは急いで後を追うが、すでに黒猫の姿はなかった。


「あれれ…どこにもいない……」



___




「もうこんな時間だ、私はそろそろ行くよ」

「…何か用事でもあるんですか?」

「そうだね……吟遊詩人が集まる演奏会に出なくてはならないから……レーチェルによろしく頼むよ」


 トーマは演奏会に出る予定のため森を出る。その際にレーチェルによろしく頼むよと手を振りながら歩いていった。


「あらら、レーチェルのところには行かないのね」


 夜桜は婚約者であるレーチェルの元へは行かずに次の予定のために立ち去るトーマを静かに見送る。

 お互いに予定が合わずなかなか会えないというのはどうやら本当のようだ。


 トーマと別れた御伽の夜光団の団員達は、薔薇の森を抜けた先に見つけた小さな村にたどり着く。牧羊的でありながらもアンティーク調で曲線が特徴のかわいい街灯が立っているクラシックな村だ。


「思っているよりも広いみたいだなぁ、この国って」


 カヨはこの広々とした国に驚いていた。道中には木苺の実がなっている。この村ではたくさんの果実が実っているらしい。果樹園の方をのぞいて見ると村の人が果実を使ったジャムを作っている様子が伺える。


「今日採ったばかりいちごを使ったジャム…二箱分は出来そうだ!」


 団員達は道なりにまっすぐ進んで行くと、ピンクと黄緑の小さな家が見えてきた。その家は村から少し離れた自然あふれる場所に建っている。何か気配を感じたミミは他の団員達よりも先へ進む。


「ミミ、どうした?」

「誰かいる!行ってみようよ!」


 ミミはカヨの手をぐいぐい引っ張る。ハートの型をした扉まで到達する。


「ノックすればいい…のかな?」

「でもいいの?そもそもここで何をするの…?」


 カヨはその家に住む人に声を掛けようとするが、いきなり家を訪ねで大丈夫なのかと後ろからカヨに話しかけるライ。


「私達は確か桃色の薔薇を探しているって夜桜が言っていたよな?」

「まあ…レーチェルがそう頼んできたきたから」

「それにこの国について色々話を聞くことができるかもしれないし」


 あまり抵抗を感じいないカヨは、扉をノックしようとしたら………



ゴンッッッ!!



「っ!」


 いきなり何かがぶつかるような大きな音がしたので、咄嗟に後ろに下がるカヨ。扉から出てきたのは……


「いたたた……」


 頭をぶつけて飛び出してきたユミリカだった。ローラが彼女を指差す。


「アンタ……晩餐会にいたポンコツ妖精じゃないの!」

「ポンコツだなんて…酷いなぁ〜。あたしはユミリカですっ!」


 ローラにポンコツ呼ばわりされて眉をひそめしゅんと落ち込むユミリカ。ここは彼女の別荘みたいだ。



「ささ、中へどうぞ!!」


 ユミリカは団員達を家の中に入れてさっそく台所のキッチンから村の人達がよく作るという自家製ドーナツを皆に配る。


「これ、よかったらどうぞ!ピンク色でかわいいでしょう?この村では有名なベリーソースを使ったドーナツなんですよ!」

「あら、私ベリー系が大好きなの!ありがたくいただくわね♪」


 いちごやラズベリーといったベリー系が大好物だと言う夜桜は満面の笑みを浮かべる。

 早く食べたくて仕方がないミミとロロはすぐに箱の中から取り出してドーナツを口いっぱいに頬張る。


「幸せ〜〜」


 二人は思わず声を揃えてあっという間に自分達の分のドーナツを完食した。


「お前らもう少し落ち着いて食ったらどうなんだ…?

…まあいいや。ところでユミリカ、お前はここに住んでいるのか?」

「住んでいる…と言うか女王様からいただいたあたしの別荘ですね」


 ジョージィがユミリカに質問すると、彼女はこの家は女王レラから特別に別荘をいただいたと答える。従者は基本王宮内にある部屋の一部で仕事をしたり過ごしたりしているのだが、ユミリカのように従者の中で上位の立場である者にはこのように別荘を借りることもある。


 話を聞いていると、カヨが席を立ってレーチェルに頼まれた桃色の薔薇の場所について聞く。


「……あ!ユミリカ!!桃色の薔薇って見たことある?」

「どうしてですか?」

「えっと…レーチェルにここに来たら探してほしいって頼まれたんだ」


 ユミリカはしばらく考え続けて、窓の扉を開けた。そして西側にあるもやがかかった草木を見つめる。


「レーチェルが……多分トーマさんに渡すつもりだったんでしょうね。西の方にある草木のところにならあるかも…そんなに広くないから探すの難しくないと思います!」

「本当に!?わかった、行ってみるよ…ありがとう」

「あ、もう行っちゃうんですね」

「すぐ戻ってくるから、皆は?」


 カヨは桃色の薔薇を探しに行く。他の団員達にどうするか聞くと、ライは一緒に行きたそうな目をしている。


「カヨ、俺も一緒について行ってもいい?どんなところなのか見てみたいな」

「わかった、じゃあ私達で行ってくるから待ってて」



 カヨとライが桃色の薔薇を探しに行き、他の団員達はユミリカの別荘で待機することに。

 二人は家を出て、西の方へと進んで行く。


「結構もやがかかってるね、この先には何があるんだろう」


 ライはもやのせいで先が見えにくい草木を少しづつ歩いて行くと、彼のカバンの中からエミルが顔をひょっこりと出してきた。


「エミルもついてきちゃったのか〜何かわかる?」


 エミルはくんくんと鼻で匂いを嗅ぎ、そのまま前に進むようにとライのカバンの紐を口でぐいぐいと引っ張る。


「わかったって、そんなに引っ張らないで」


「ライ、あれを……!」


 エミルが示した通りに進むと、カヨが立ち止まり何かを発見する。目を開けてよく見ると、女性の天使の石像が置いてある。その周りには美しいピンク色の薔薇があちこちに咲いていた。


「これが……桃色の薔薇か…!」


 淡い光の粒に囲まれた桃色の薔薇は神々しく輝いている。しかしどうしてこの場所じゃないと見つけることができなかったのだろうか。それは天使の石像の手の部分に答えがあった。石像の右手には桃色の薔薇を握っていて、誰かに渡そうとしているようにも見えた。

 もしかしたら、大切な人に贈るものとしてこの桃色の薔薇があげられているのかもしれない。


「俺さ、何か不思議な力があるからなかなか見つからないのかと思ってたけど、こうもあっさり見つかるもんなんだね」

「しかし本当にこれだけなのだろうか?あまりにも単純すぎるというか……」


 案外すぐ見つかった桃色の薔薇に疑ってしまうカヨ。とりあえず一輪持って帰り、団員達が待っているユミリカの別荘へと戻っていく。



 すると………



「あなたは…新しい人かしらね……」


「っ!?」



 突如カヨの脳内に女の子のような声が聞こえた。その声は静かで甘くささやく。


「カヨ、大丈夫…!?」


 カヨはその場でうずくまり動けなかった。声の主は一体誰なのか。

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