第16話 森の奏で人
「君たちは、今の音を聞いていたのかい?」
青年はこちらに気づき優しく微笑む。
彼の名前はトーマ・マルティネス。ペールグリーンの長髪にネイビーの瞳、そして大きな緑色の帽子を被っている神秘的な雰囲気の吟遊詩人。彼は自分の身長程ある縦笛をいつも持ち歩いている。
「えっと……ここで何をしているんだ?」
「見ての通り、演奏しているんだよ。私はトーマ。ところで見ない顔だね…
新しい人かな?」
「わ、私達は魔法学校の編入生として特別に入国を許可されたんだ」
「ふーん…それは校外学習といったところ?」
「…そう!そんな感じ!」
(嘘つくのが下手だ!?)
カヨは魔法学校の編入生としてエンゼル・エンパイアへ校外学習のために来ているとトーマに対して誤魔化しているが、汗がダラダラ出てしまっており言葉の発音も辿々しくなってしまっている。彼女は嘘をつくのが苦手みたいだ。
明らかに無理矢理誤魔化そうとしているカヨの様子に皆の心の声が被ってしまっていた。
「…大丈夫かい?汗すごくかいているけど」
トーマはカヨの顔を覗き込む。カヨは無言で何度も頷いた。
「ああ!それは置いといて…私らは桃色の薔薇を探していて……」
「桃色の薔薇?どうしてそれを探しているの?」
「頼まれていて…」
「誰にかな?」
「エンゼル・エンパイアのレラ女王様の従者レーチェルからね」
夜桜がレーチェルの名前を口にした瞬間、大人しいトーマの表情が変わりハキハキとした口調になる。
「君たち…レーチェルに会ったことがあるの!?」
「ええ…それが何か…?」
「私は彼女の……………婚約者なんだよ!!」
「えっ、えっ………
ええっ!?」
なんとレーチェルがフェアリークラシカルに向かう前に言っていた彼女の婚約者は目の前にいるトーマだった。
「あなたが、レーチェルの婚約者なの?」
「…そうだよ。でもここ最近は会っていなかったから…私も別の国に住んでいたし、レーチェルも忙しくて連絡できないことが多かったんだ。今日久しぶりにこの国に来たんだけど、まさかこんな偶然があるなんて…!」
二人は都合が合わず中々会うことが少なかったため、今回トーマは久しぶりに国へ行きレーチェルに会いに行こうとしようとしていたのだ。
「トーマさんは、レラ女王のところで働いているんじゃないんですね」
「違うよ。私は世界中の自然が多いところで音を奏でる活動をしているんだよ」
ライはトーマがレラの従者だと思っていたが、彼はエンゼル・エンパイアに属しておらず一人でおとぎの星にある自然の多い場所で縦笛を奏でて自然を増やす活動をしている。
「あ、せっかく会えたからひとつだけ見せたいものがあるんだ。君、ちょっと手を貸してくれないか?」
トーマはライに手を貸してほしいとお願いした。ライは右手を差し出す。すると………
「こ、これは…!」
トーマがその手を取ると、周辺から蛍の光が森を包み込む。その景色は美しい薔薇と上手く馴染んでおりフェアリークラシカルの名にふさわしい、まるで妖精が住んでいるかのような神秘性を感じた。
「目を閉じて…」
次はそっと目を閉じてとトーマは静かにささやく。ライは言われた通りに目を閉じる。
「君は……良い友人に会うことができるかもね。ただし絆を深めるまで少々時間がかかるから、焦らずじっくりお互いを理解し合うといい…」
トーマはライにこれからの冒険で良い友人に会えると予言した。ただしそこまでになるのには時間がかかるとも告げた。
「“ 幸運への導き “……私の魔法は運命を導くことが出来るんだ。良い方向に進むためのサポートしかできないけどね……」
「これから俺に起きること…ですか?」
「うん、信じていれば」
そっと手を離し、優しい口調で語るトーマ。
「占い師か何か?」
「いいや、私はただの吟遊詩人だよ。生まれつき目には見えないものを見ることが出来る能力を持っているんだ」
___
幼い頃から目には見えないものや科学的に証明できないことが見える特殊能力を持っていたトーマ。彼はその不思議な力を使い、神秘的な森に現れそこに訪れた人々の運命を導き幸せになるための助言も行っていた。
ある日いつもと同じ日々を過ごしていると、草が揺れる音が聞こえた。トーマはその音の方向へ進んで行くと、ペールオレンジ色の長い髪の少女を見つけた。
彼女は何やら薔薇とツタを使って髪飾りを作っていたようだ。トーマはその様子を木の影から覗く。彼女はただただ黙々と作業を続けていた。
「ん…?」
トーマの視線に気づいた少女は、気配がする方向を向く。まずいと感じたトーマはすぐにその場から離れようと移動しようとするが、後ろから声をかけられる。
「ねぇ、いるんでしょ?隠れてないで出てきなさいよ」
「ご…ごめん。そんなつもりじゃ……」
咄嗟に謝罪の言葉が口に出てしまうトーマ。あぁ……やっぱり怒っているのかな……そう思った彼は少し手が震えていた。
「何よ、私そんな怖い顔しているように見える?」
「え……いや…」
「じゃあいいわ。…作業の邪魔しないでね?」
「わ…かった」
少女は何事もなかったかのように髪飾り作りを再開する。彼女の作業の妨げにならないよう、トーマは足音を立てずに歩く。
それからしばらくして、トーマは花畑の真ん中で笛を吹いていた。すると誰かがこちらへ近づいてきた。先ほどの少女だった。
「そこのあんた…余ったからこれあげる」
薔薇とツタの髪飾りをトーマに渡してきた少女。彼女はトーマの頭に髪飾りを冠のように被せた。
「…いいのかい?ありがとう、大事にするよ」
「大したものじゃないわ。…ただ余分に作りすぎただけ」
少女は素っ気ない態度で手を後ろに回す。それでもトーマは嬉しかったのか、立ち去ろうとする彼女を引き留める。
「君一人で作ったんだよね?すごく上手だね!」
「…そう?」
「せっかく作ってくれたんだから、君も被ってみたらどうかな?」
トーマは少女の手を取り、持っていた髪飾りを今度は彼が少女の頭に被せた。
「…なんて綺麗なんだ…」
思わず声が出るトーマ。薔薇の似合う彼女に徐々に惹かれていく。
「あんた顔真っ赤よ?大丈夫……?」
「…あっ!ごめん……っ!」
「だから何で謝るのよ…」
ついつい謝ってしまうトーマに当惑する少女。二人はしばらく沈黙してしまう。
「そうだ…君はここの人?」
「まあ…生まれも育ちもこのフェアリークラシカルよ」
「へぇ〜〜はじめて来たけど、本当にいいところだね。綺麗な花がたくさんで」
トーマはこの美しい花畑を見渡し、咲いている花に優しく手を触れる。色とりどりの花が青空と合わさった風景は、夢のような世界だった。そしてトーマは少女に名を尋ねる。
「…私はトーマ・マルティネス。君は?」
「レーチェル……レーチェル・ロイローズ…」
「…素敵な名前だね…よろしく、レーチェル」
少女はレーチェルと名乗り、小さい声でトーマの方を向いてなぜ自分に声をかけたのか聞いた。
「変なこと聞くけど、よく陰気臭い私に声をかけたわね」
「その…なんていうのかな。美しい女の子が…いるなあって……」
トーマは照れくさそうにはにかむ。
「ふぅん…」
「…ねぇ!よかったらまた会いに来てくれないかな?そうしてくれると私は…とても嬉しいんだけど」
「……………
あんたがそう言うなら、別にいいけど」
レーチェルは相変わらず素っ気ない態度で彼のお願いを聞き入れる。トーマはよほど嬉しかったのかすっと立ち上がり、彼女の手をぎゅっと握る。
「本当に!?じゃあまた会えるね!」
「はいはい…また今度ね、トーマ」
これが二人の出会いだった___
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