第??話 憧れ
王子様。
それが僕の昔から周りの人からつけられた呼び名だ。表立って言われたことはないけれど、裏でたくさんの人から言われていることは知っている。
顔も、頭脳も、運動神経も、人よりはできたし、整っている。だから普通の人からすれば王子のような人なのだろう。そう思っていた。
女子からも沢山告白されたし、男子からは散々妬まれた。同じ男友達なんて一人もいなくて、女子だけが僕の下に寄ってくる。それをのらりくらりとかわすので精一杯だった。
勉強の順位でさえも僕にとっては結果にしかならなかった。持って生まれてしまったのだから仕方がないと割り切るには時間がかかった。
人から褒められるのも、嬉しいという気持ちもなくはないかったけど、それ以上の気持ちは何も感じなかった。当たり前になるのが怖い。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ある日、父さんの仕事上の都合で転校することになった。小学4年生の春だ。
新しい学校での生活に慣れるのか不安だった。だけど、そこで知ったのは同じクラスに天才がいるということだった。
それが彼、夜狼怜だった。
ぱっと見は普通の人だったけど、いざ授業が始まって初めてのテストが行われると僕は彼の凄さを思い知った。
全教科満点。
偶然だと思った。僕でも満点は取れる。でも、彼は違った。怜がすごいのはそこじゃない。テストの回答だ。
もはや小学生が答えるような回答じゃなかった。高校生レベルの回答で、担任の先生も言葉になっていなかった。
だから僕は同じクラスの人に聞いてみた。
「夜狼って人、どういう人なの?」
クラスメイトは答えた。
「何を考えてるか分からない。ただ、本物の天才だよ」
「天才……」
それから僕はことあるごとに怜のことを見ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして体育の授業でバスケの試合があった。そこでさらに衝撃を受ける。
「さて、どう攻めようかな……」
僕が敵チームの様子をうかがっていると、すっと手からボールが消えた。
「え……?」
気づいた時にはその人ボールをゴールに決めていた。
体育館には歓声は沸かなかった。まるで彼が決めることが当たり前のように。
「……次」
点を決めたのは怜だった。冷たく冷め切った視線を僕に向け、ボールを地面についている。
それからは早かった。僕のチームはなすすべなく、怜は次から次へと点を決めていき、最終的に僕のチームは一点も決めることもなく試合は終わった。
みんな暗い表情をしていた。誰にも彼には勝てないんだと、だから挑まないんだと、心の底ではひどく妬んでいるのだろう。
僕には理解できなかった。なぜ怜がそこまでして人から妬まれる行動をするのか。僕と同じではない何かを感じて、僕は怜に聞くことにした。
「ねぇ、夜狼は自分が嫌われてることを知ってるの?」
いきなり安易な質問だけど怜は嫌な顔はしなかった。
「知ってる。あれだけ露骨に表情に出されたら嫌でも伝わってくる」
「なんでそれでも嫌われるような行動をとるの?」
人は誰かから嫌われるのを怖がる。嫌われて何かされたくないから頑張って好感度を保とうとする。
「お前にも分かるはずだ」
「僕にも?」
「自分が容姿が整っているのは自覚してるか?」
「うん、まぁ」
「ここに来る前、お前に興味を示したのは男子じゃなくて女子だけだろ」
全て見透かされていることに驚いた。
「人に妬まれて、嫌われて、お前もその一人だろ」
「……」
怜の言っていることは僕の心に深く刺さった。
怜の視線は僕の瞳の更に奥を見ている。
「ふっ、いい目をしてる。その才能は努力の結晶なんだろうな……」
それだけ言って怜は机に突っ伏してしまう。
そして、「羨ましいよ……」と呟いた。
それから僕は怜に挑むようになった。勝てないのがわかっていても挑み続ける。最初は怜も呆れていたけど、そのうち楽しむようになっていた。何度負けても挑みに来る僕のことが面白いのか、あざ笑うように僕の挑戦を受け入れてくれていた。
そして僕もまた怜に挑みに行くのに楽しんでいた。
それから3年たって僕たちは小学校を卒業した。
でも、違和感があった。
それまで普通に話していた怜の顔から光が消えた。すべてが終わったみたいに死んだような顔をして何も話さなくなった。
何があったのか聞いても一言も答えてくれない。
ただ、あの日は違った。
「渚……ちょっと付き合ってくれ」
「え、うん別にいいけど」
それまで一度も自分から遊びに誘わなかった怜が僕を誘ってきた。
「十本。交互にシュートを打って、先に10本決めた方が勝ち。どうだ?」
「へぇ、面白そう。乗った」
中学に入って2週間経った帰り道に僕に届いた挑戦状。
受けないわけがない。
それから交互にシュートを決めていき、順調に勝負は進んでいった。
結果は――
「勝った……」
僕が9回、怜が8回で僕の勝ちとなった。
1点差でも勝てたことは嬉しかったが、それ以上に衝撃が強かった。あの怜が2回もシュートをミスしたのだ。
これが僕が初めて怜に勝てた瞬間である。
「え、どうしたの……怜?」
「……」
怜は黙ってベンチに腰を下ろした。そして俯き黙り込む。
これまで10本勝負をしたときは一度も勝てたことがなかったのに、今日に限ってなぜ勝てたのか僕には理解できなかった。
僕は待った。怜が自分の口から話してくれるのを。
そして――
「親が交通事故で亡くなったんだ……」
「え……」
怜の口から出たのは僕も目を疑った。
「春休みに入って、2日たった時に俺の親、2泊3日の旅行に出かけたんだ。俺は母さんの母親に預けられた」
それから怜は少しずつ話してくれた。
旅行先で交通事故にあって即死だったこと、そのせいもあってここ最近まともに元気がなかったこと、僕に話せずにいた事をすべて話してくれた。
「初めて自分が無力だって思い知った……人からも妬まれる程の才能を持っておいて、一番大事である自分の親を守ることが出来なかった……」
怜は俯きながら悔しそうに歯を食いしばった。
僕からすれば一緒に行っていないのだから守りようがないのでは? そう思う。おそらく周りの人も同じ感想を抱くだろう。
でも、自分の才能を大切な人を守るために使えなかった怜からすると屈辱なんだと僕は思った。
だからこそ僕はなんと声をかければいいのか分からなかった。
怜からは正解を教えて欲しいと問われているような気がした。天才と言われた怜ですら正解出来ない、この葛藤の答えを僕に、誰かに求めているのだと。
そしてその答えを示すのは他の誰でもない、僕なんだと、強く思った。
だから――
「らしくないよ、怜」
先に出た言葉はそれだった。
らしくない。いつも前だけ向いて振り返らなかった怜が落ち込んでいる姿は見たくない。完璧じゃなくてもいいから、どうか僕の憧れである怜に戻って欲しかった。
「僕の憧れた君は、いつも真っ直ぐで間違いなんてないかのような人で、目の前の壁すら登るのではなくて壊してしまう人だよ」
「でも、壊せなかった……」
「それはそうだよ。その壁は君だけじゃ壊せない」
怜はゆっくりと顔を上げた。
「辛いのは分かる。でも、だからと言って僕との勝負を放棄しないで欲しい。僕はいつでも本気で、君はいつも僕よりも遥か高みにいる人で、僕はそんな君に挑戦するんだ」
僕は思いの縁を溢れんばかりの言葉にしてぶつけた。
「だから、ずっと僕の憧れでいてほしい」
僕は怜の前で膝まづく。
まるで王子に仕える家来のように。
そうだ……僕は王子様じゃない。
僕は――
それから中学では怜は小学校と同じように全教科、全テスト満点、成績オール5をとって中学校最優秀生徒となって卒業した。
多分怜は気づいていないだろうけど、怜のクラスに怜を妬んでいる人は少なくともいなかった。ほとんどの人は怜のことを羨ましいと一緒に尊敬していた。
でも、それは怜には教えてあげない。
だって怜、尊敬されるの嫌いなんだから。
僕は今日も怜の隣で笑う。
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【あとがき】
こんにちは、またはこんばんは作者です。
あとがきの挨拶のレパートリーを増やしたしたくて考えても、何も思いつかない作者です。
まぁそんなことはどうでもよくて。
今回の話は白崎渚のサブストーリーです。前回に引き続き本編からズレていますが、割と今回の話は結構重要です。
これまでに何度か渚が怜に対しての感情を描いていましたが、今回の話が一番渚の心情に近いような気がしてます。
今回の話によってまた一つ渚と怜の関係性と言いますか、渚の見方を変えてもらえればなと思います。
次回は誰のサブストーリーなのかお楽しみください。
ではまた会いましょう。作者でした。
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