第5章 青春の5ページ目
第46話 NEXT DAY
「怜くんってさ、葵ちゃんのこと名前で呼ばないの?」
「なんだよいきなり」
「あら、葵ちゃんってもしかして玲奈の後輩の子?」
「そうだよ」
その日、怜は久しぶりに実家に帰っていた。
というのも、文化祭が終わって一息ついていた時に玲奈から急に駆り出されたのだ。
久しぶりに自分の息子が帰ってきて浮かれている二人の親は、怜の育ての親である
明菜の方は一目見ても分かるほどの美人で玲奈と瓜二つ。父の陸斗は穏やかな表情と裏腹にがっちりとしていて、どことなく怜に似ているような雰囲気が漂っている。この二人からいったいどのようにして玲奈と怜が生まれたのかは普通の人には理解不能レベルだろう。
そして、今はその家族団らんの時間というわけなのだが、食事中に玲奈が斜め上の質問をしてきたことにより思わず手を止めてしまったというわけだ。
あいにく陸斗が仕事でいないことが功を奏している。
「で、どうなの? 怜くん的には名前で呼んであげないの?」
「呼ぶつもりはない。第一、あいつが名前で呼ばれたいと思ってるかさえも不明なのに、俺がいきなり名前で呼んだらおかしくなるだろ」
「あれ? でも、確かクラスマッチの時には名前で呼んでなかったっけ?」
「うぐっ」
わざとその話を出さないようにしたのだが、記憶力が怜と同等の玲奈からすれば覚えていないはずもなく、案の定思い出されてしまった。
「あら、言い逃れようとしたのかしら?」
速攻で食いつく母。
「さ、さぁな……なんのことだか知らん」
白を切る怜。
「ちょいちょい、忘れもしないよ? あの時怜くんは確かに実の姉の薫ちゃんの前で葵ちゃんの名前を言っていたよ?」
絶対的記憶力を持つ姉。
怜、絶体絶命。
「あぁ! わかったよ、呼んだよ。でも、あの場ではああするしかなかったろうが。薫先輩も同じ苗字なんだからわからなくなるだろ」
諦めてしまった怜。
軍配は女性の二人に上がった。
「えーでもさーあの時の二人ってそこまで仲いいような雰囲気じゃなかったよね? なんか出会って半年もたってないような感じだったし」
「ぐっ……」
「それなのに咄嗟だからと言って名前なんて呼ぶかなぁ?」
からかう様にちらちらと視線を向けてくる玲奈に、徐々に苛立ちを覚えてくる怜だが、明菜の前では怒りをぶちまけるわけにもいかずに踏みとどまる。
「こら、玲奈? その辺にしておきなさい。何も怜くんが理由もなく人の名前を呼ぶことはないんだし」
「なぁ、それってけなしてないか?」
「ん~? 違うわよ~?」
顔が笑っているのに目の奥が笑っていないように見えるのはきっと怜の気のせいだろう。
玲奈のも明菜に注意されたことにより、再びご飯を食べることにしたが、その裏ではニヤニヤを隠しきれていないのが丸わかりだった。
久しぶりの空間なのにもかかわらず、どうもむず痒い感覚を覚える怜は、それから何も言わずにその日を過ごした。
(夜狼さんに名前で呼ばれたい……)
そんな事を思っているのはつい先日怜に救われた一人の少女だ。
「やっぱ姉さんだけずるい……私は名前呼びされてないのに……」
怜と薫は中学時代からの付き合いで、会った時に名前呼びにしようという話になっていた。
そのため、今でも怜は薫のことを名前呼びしている。
だが、葵は薫と別の中学に通っていたというのもあり、怜が薫を理由あって名前呼びしていることを知らない。というよりも、葵と薫は中学の時には既に仲違いをしていたのもあって、知るすべなどどこにもなかった。
「……でも、いきなり名前呼びされたいなんて言ったらさすがに引かれちゃうかな……」
名前呼びされたいと普通に面と向かって人に言えば本来であればいいリアクションはされないのは当然。
ただ、怜がその普通の人なのかは別として、葵からしてみると気になる部分ではある。
「今度聞いてみようかな……いや、やめた方がいいかな……」
1人ベッドの上で項垂れている学園三大美姫の一人。
「一回、聞いてみるのもありなのかな……」
そう一人で呟き、机の上に置いてあった自身のスマホを手に取る。
そのスマホのロック画面には、文化祭の最後に軍服姿の怜が映っていた――
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