第36話 やっとの休息
文化祭まで残すところ後1ヶ月半を切ったころ。怜は日に日に葵のことを気にしていた。
それもこれも葵の表情が暗いような気がしていたから。目の下には若干くまができているようにも見えた。
玲奈から葵のことを気にしておいてほしいと言われたこともあり、怜の家で作業しているときにもある程度気にしているのだが、どうにも葵は寝れていないことを隠している節があった。徹夜してまでも企画書の制作をしているのだろう。
翌日に怜の知らないところまで進んでいることを聞いたときには、「夜狼さんのいないところで進めているから」とはぐらかされてしまっていた。むやみに散策して言い合いになるのを避けるため、怜は気にしないふりを続けていたのだが、残すところ1ヶ月半を切っているところでの表情を見るとそうも言ってられなかった。
「なあ、姫野のやつ最近張り詰め過ぎだと思わないか?」
「なんでまた、姫野さん?」
「ほら、明らかにあいつの表情。目の下に隈ができてるし、友達と話しているときも取り繕ってるような感じだろ?」
「これまたよく見てるね」
「お前は気づいてないのか?」
「うーん……言われてみればそんな感じがする気はしなくはないけど……そこまで変だとは思わないよ?」
「……そうか」
ここ最近家や生徒会室で一緒にいることが多い怜だからこそ少しの変化でも気付けるのだが、別の仕事で離れていることが多い渚や、葵の友人からすればそんな些細な変化は気づくも何もないのだろう。
「というか、なんで怜は姫野さんを気にしてるわけ? もしかしてすk……」
「黙れ。その先を言ったらお前の首締めるぞ」
「すみませんでした」
とぼけたことを言おうとした渚に軽く頭にチョップを食らわせつつ教室で友達と話している葵に目を向ける。
「……厄介なことにならないといいが……」
「ん? なにか言った?」
「いや、なんでも」
渚がギリギリに聞こえないくらいの声で呟く。怜にとって最悪の展開は、葵が疲労で倒れることだ。見栄を張っている以上、葵にそうならないようには注意をしているがもしもの場合を考えてある程度、葵から目を離さないようにするのが今の怜の役割と言ったところだろう。
玲奈は生徒会長として仕事で忙しいのもある。かと言って葵の姉である薫に頼むわけにもいかない。二人の仲を考慮しての怜なりの考えだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それから数日経って怜と葵は無事に全ての企画書の制作を終了した。
かれこれ2ヶ月近く制作をしていたが、ようやく無事に全ての申請が通り、企画書の最終確認までたどり着いた。ここからは生徒会長の玲奈と理事長の青葉の仕事である。
「おつかれ。ようやっと一息つけるな」
「そうですね。一通り終わって少しだけ楽になりました」
「まぁ、ここからなんだろうが、後は玲奈たちに任せるとするか。玲奈たちが動いてくれないとこっちもその後のことが決まらないしな」
「ですね」
企画書の制作が終わったところで怜と葵の仕事が全部終わったわけではない。
玲奈には全ての企画書を提出したが、中には運営にあたって難しい部分も当然ある。残すのは生徒会長である玲奈と学校側、職員会議にて怜と葵が制作した企画書の確認と承諾が必要になってくる。
もちろんそこで出た修正点はその日のうちに修正しないと流石に後1ヶ月弱では全部を修正しきれない。
だが、玲奈と青葉の力があれば企画書を提出したその翌日あたりには修正点を記入して戻してくれるだろう。
「お前、寝てないだろ」
「……え?」
「目、くまできてるぞ」
「嘘……」
自覚していなかったのか、それとも自覚している暇がないくらいに徹夜していたのか、そのどちらなのかは怜の気にするところではないが、流石にこれ以上起きているといつ倒れてもおかしくない。
幸いここは怜の家なため、もしなにかの不意に葵が寝てしまったらその日は怜の家に泊めることにすれば良いのだが、強がりの葵はそんなヘマはしないだろう。
「はぁ……体調管理はしっかりしてくれ。お前が倒れたら元も子もないだろ」
「……わかってます。だから、倒れるわけには……」
コーヒーを取りに行こうと立ち上がった怜につられて立ち上がった葵は、案の定バランスを崩し――
「あっぶね……ほら、言ったそばから倒れるなよ」
怜が受け止めたことで大事に至らなかったが、そのまま倒れたら大惨事になっていた。さすがに見過ごせない。
「選べ」
「……え?」
「俺の部屋で寝るか、お前の部屋で寝るか」
「それはその……」
「お前の部屋で寝る場合は俺がお前の部屋に強制的に入ってベッドに放り込むが」
「それはダメです……!」
「じゃあ、俺の部屋な」
「え、ちょっ……!?」
怜は受け止めた状態のままから葵をお姫様抱っこし自室に向かった。
ベッドに入るまで顔を赤くして困惑していたが、一度入ると落ち着いたのか段々と目を細め、挙句の果てには可愛らしい寝息を立てて寝てしまった。
「ほんと、寝るときは無防備だよな……まぁ、信頼でもされてるんだろうな」
そんなことをぼやいたが、本来女子というのは信頼もしていない男の部屋では寝ない。それも学園のマドンナともあろう姫野葵がここまでの無防備状態で寝るということは、よほど怜を信頼してのことだろう。
「……おやすみ姫野。お疲れ様」
それだけ小声でつぶやき、怜は自室を後にした。
かなりの疲労が溜まっていたのか、その日は葵が起きることはなかった。
頑張らなければいけない理由が葵にはある。怜はこの2ヶ月でそれを実感した。
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