第35話 準備にモデルはつきもの
文化祭の準備は何も問題なく順調に進み、各々のクラスで出し物の準備が行われていた。
怜のクラスは申請どおりに喫茶店を行うことになり、クラス全体で教室内の装飾を手分けをして、放課後等を使って制作をしていった。
文化祭の準備と言えば、大体の人はめんどくさいと思うのが当たり前だが、葵や渚の尽力もあってかクラスはやる気に満ちていて、それぞれが自分たちの役割を全力で担当していた。文化系の部活に入部している人が多いのもあってほぼ全員が時間を作ることができ、衣装や教室内の雰囲気のデザインを担当できる人が多く、想像以上の喫茶店のクオリティに仕上がる可能性が出てきた。
葵と怜は企画係担当なため手伝うことは難しいのだが、ある程度の時間があるときは手伝いに入っている。
葵は衣装の調整用のモデル係となって手芸部の手伝いを行っているが、怜は渚が教室の装飾を手伝っていることにより手を話せいないため、代わりに男子のモデルを担当してほしいとお願いされたのだが、それを断って逃げていた。
他の男子にお願いすれば良いものの、手芸部いわく怜が一番信用できるのだといって怜以外の男子に協力を求めていなかった。
教室の様子を眺め、その様子を記録するかかりを担っているのもありそれを理由に断っているのだが、手芸部の女子は協力要請を辞めない。
「お願い! 一度でいいから手伝ってよ〜」
「断る。俺はそういうのは好きじゃない」
「文化祭の準備の様子を記録してるんでしょ? じゃあ、協力してくれてもいいじゃん」
「「「そうだそうだ」」」
「お断りだ」
手芸部の女子4人から詰め寄られてもなお協力することを断る怜。諦めが悪いのは怜も同じだが、怜と違って手芸部員は文化祭に本気なのである。
「まあ、協力してくれてもいいんじゃない? 協力して君に損になることもないだろうに」
「渚にやらせればいいだろ。あいつのほうがモデルにはぴったりだろ? 俺みたいな劣等生にやらせる意味がわからん」
「白崎くんはダメだよ。彼がモデルになったら私たち全員失神しちゃう」
「遠回しにディスられた気がする」
イケメンである渚だと失神して、イケメンでもなく、ただの劣等生の怜だと失神しないとは一体どういうことなのだろうかと疑問が浮かぶが、それなら本当に怜である必要はなくなってくる。
「とにかく、夜狼くんにお願いしたいの! 白崎くんは手が離せないみたいだから今手の空いている君にしか頼めないんだよ」
「ボクからも頼むよ。高校初めての文化祭だから最高のものにしようよ」
「……わかった、やれば良いんだろ」
葵と手芸部の部員に押し切られやむなく了承した。
元々玲奈の押しに弱かったのも会って女子からの圧には負けてしまう事がある怜はこうなった以上は仕方なく受けるしかなくなってしまうのである。
そして、すぐさま手芸部の部室に連行された怜はあれよあれよというままに衣装を渡され、更衣室の中に押し込まれた。
そして、数分経って着替え終わった怜が更衣室のドアを開けると、
「うーん……どう思う?」
「……そうだね。なにか足りないような……」
「服は似合っているんだけど……」
「……どこがダメにしているのか……」
返ってきた感想は手芸部員の何か納得行かないような反応だけだった。
怜は頭の中で手をグーにして今すぐ殴りかかりたいという思いを必死に堪えた。
「夜狼くん、いつも出かける時髪型変えてるからね」
「「「「え?」」」」
怜含めた他5人が一斉に葵に視線を向けた。
突然予想もしていなかったことを葵が口にしたため怜も拍子抜けしてしまった。
「あ、いや、玲奈先輩たちと出かけるときがちょくちょくあるからその時に毎回髪型変えてるんだよ」
「あ、ああ、そういうことね」
「うん。対して変な意味はないよ」
慌てたように葵は自分の言ったことに対してのフォローを入れた。危うく怜と葵が二人だけで出かけていることがバレるところだった。
バレたところで何も問題はないのだが、それからが問題なのだ。葵はこれまで男子とと遊ぶことをしていない。それは女子も同じで、葵は基本的に誰とも遊んだことがなかった。つまり、そんな葵が怜と二人で遊んだことがあると分かればクラス内だけでなく、学年中で話題になることは間違いなしだった。
「まぁ、出かけるときくらいはおしゃれしろって玲奈にも言われてるからな。髪型もその一環だから変えてるんだよ」
「へぇーじゃあ、クラスマッチの時に瞬時にあの髪型にできたのってそれで慣れてたからってこと?」
「髪をかきあげるのになれるってなんだよ」
「まぁまぁ、取り敢えずいつも出かける時の髪型に変えて来て」
それだけ言うと部員の一人が更衣室のカーテンを閉めた。
「なんなんだ」と思いながら怜は渋々いつもの髪型に――となるわけなく、いつも葵と出かける時にしている髪型にすると最悪の事態になる可能性があるため、急遽いつも玲奈と出かける時にしている髪型に変えた。怜の髪型はバリエーション豊富なのだ。(玲奈のせい)
髪型を整え、鏡で確認した怜は振り返り更衣室のカーテンを開けた。
また変な反応されないか若干の心配を抱きながら開けたが反応は――
「おぉ……」
「ちょっとこれは……」
「うん……やばいね……」
「国宝級だ……」
今度の反応は先程よりもよくなった。
「そんな変わらないだろ」
「いや、だいぶ変わってる」
「うん。さっきの陰キャは何処にってくらい似合ってる」
「ちょっと待って、夜狼くんいつの間にイケメンと変わったの?!」
「今もさっきも俺だよ」
「信じられない」
口を揃えて髪型を変え、喫茶店の制服を来ている怜を褒めちぎった。
とはいえ、この程度の褒められてもなんとも思わないのが怜である。葵も目を見開いて驚いているが、その顔をみた怜は「なんで?」と思った。
「これ、写真撮ってクラスラインに貼り付けない?」
「「「さんせーい!」」」
「ふざけんな! やったら二度と協力しない」
「あああ、ごめんってやらないからそれだけは勘弁を〜……」
手芸部の4人は揃って怜に謝り倒した。
怜は溜息をついて葵の方を見ると、葵は軽く視線を反らした。
そして――
「……その、似合ってる」
「そりゃどうも」
「あれ、なんかいい雰囲気」
「はっ倒すぞてめえ」
「ああ、すみませんでした!!」
腑抜けたことを抜かした手芸部の一人を睨むと再び怜は溜息をついた。
「で、もう着替えていいか?」
「えぇーもうちょいその格好でいてよ。あと、着心地はどう?」
「嫌だ、早く着替えさせろ。まあ、着心地は悪くない」
「ほんと? じゃあそれで発注しちゃおうかな」
「発注する数決まったら申請書出しに来てね」
「わかった。ありがとう2人とも。助かった」
「お安い御用」
「あ、夜狼くんありがとうね。もう着替えていいよ」
怜は軽く頷くとカーテンを閉めた。
普段から着慣れない服を着ると落ち着かない性格の怜は一早くいつもの制服に着替えたくて仕方がなかったため、すぐさま制服に着替え始め借りた服を畳んでいった。
外では手芸部の女子たちが怜のことを話しながら部室から遠ざかっていくのを感じた。だが、その音ともう一つ、更衣室の外に誰か残っている気配を感じた。大体の見当はついているが、
「何やってんだ姫野」
「あ、えっと一緒に戻ろうかなって」
「別に待つ必要もない。俺も着替えたらすぐに行くし」
「ううん。君と戻りたくって」
「はぁ……勝手にしてくれ」
「うん。勝手にする」
部室の中には無言の空気だけが流れていた。
ふと葵が口を開いた。
「あの、さっきはかっこよかったです……」
「ん? ああ、ありがとさん」
「ほんとに、本物のモデルかと思いました」
「それは盛り過ぎな気がするが?」
「いや、本当ですよ。下手したら白崎さんよりも似合っていると思いますよ」
「あいつの執事服着てるとこ見たことあるのかよ」
「いや、ないですけど……なんとなく想像できてしまって」
「あはは、なんかわかるわ」
髪型を整えながら葵との会話に耳を傾ける。久しぶりの普通の会話だった。
ここ最近ずっと忙しい日々が続いていたためこうやって何気ない会話をしたのは2週間ぶりでもあった。
「悪い。待たせた」
「いや、ボクが勝手に待ってただけだから気にしてないよ」
「そんじゃ帰りますか」
「うん」
着替えと髪型を整えた怜は葵と一緒に教室に向かって歩き出した。
歩いているときもここ最近の出来事や、少しだけ雑談をして穏やかな時間が流れていた。
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