第37話 心の支えになることを願って
翌日の朝。
葵が怜のベットで寝ているのもあり怜はソファーで寝たため、朝起きてみると微妙に腰が痛かった。どうしてもソファーで寝ると寝つきが悪くなるのか、気持ちのいい朝とまではいかない。
多少の腰の痛みを感じながらソファーから起き上がり、背伸びをしてとりあえず顔を洗いに洗面所に向かう。
それから葵の寝ている寝室に向かい、葵がまだ寝ているかもしれないというのを考慮して部屋の扉をそっと開けることにした。
案の定葵はまだぐっすりと眠っており、起きる気配はなさそうだ。寝返りを何度か打ったのか、横向きになっていた。
あいにくこの日が休日だったのもあり、怜はそのまま寝かせておいて、一人で朝ご飯を買いに行くことにした。
必要なものをささっと集めてレジに向かい会計を済ませ、それから足早に家に帰宅した。
――コンコンッ
「姫野入るぞ?」
「はい」
葵の返事を受けて怜は部屋のドアを開けた。
葵は身体を起こして、上半身だけが見えるようにしてベッドに座っている。どうやら怜が出かけた後に目を覚ましたようだ。
「体調は?」
「まだ気だるいような感じがする……」
「そうか。まあ、もう少し休めば何とかなるだろ」
「ごめんなさい。ベッドを占領してしまって……」
「あーいいよ気にすんな。ここ最近忙しくてまともに休めてないんだろ? 体が限界を迎えたんだろ」
「自己管理できてないですね、私……」
「まあ、気にしてても体調崩すときは崩すだろ」
普段から自分のことを誰よりも気にかけて努力を怠ったことは一度もなかった。だが、この数カ月、文化祭の準備のために生徒会の仕事をいつも以上に張り切って挑んでいたのもあって健康管理を怠ってしまっていた。
そして、一通りが終わっていろいろなことが落ち着いてきたことにより、そこまでため込んでいた疲労が一気に葵の体に降りかかってきたのだ。
「朝食買ってきたから食えるか?」
「……はい」
「そっか。準備してくるからちょっと待ってろ」
か細く葵の返事を受け怜は台所に向かった。
それからコンビニで買った朝食をもって葵の待つ部屋(怜の)に向かった。こういう時は素直というか、いつもは見栄を張っているのに、弱った時には素直に頼ってくるとこがあることに呆れてしまい、準備をしているときは苦笑してしまった。
数分後、葵と話しながらも朝食を食べ終えて一息つく。
ひとまず大分体調がよくなったらしいので、あとは休んで体力を回復するくらいなものだろう。葵も比較的元気そうな顔を見せているので、怜も安心だった。
「あと、何かしてほしい事、あるか?」
「……今は、ない、です」
「そっか。まあ、なんかあったら言えよ」
「はい……」
してほしいことがないのであれば一休みしておいた方がいいだろう、と部屋を後にしようと立ち上がると、葵がゆっくり顔を上向かせた。
揺らいだ瞳がまっすぐ、どこか寂しげなように怜のことを見つめる。
その水色の瞳には、あた不安のようなものが縮こまって収まっているような気がして、怜は一度ため息をついてからその場に座ってしまった。
「……夜狼さん?」
「もう少しだけいてやる」
下手な気遣いをして何か言ったら、葵は確実にそんなことはないと否定して怜から顔を背けるだろう。
だから、怜は黙ってベッドに座ってベッドで上半身を起こしている葵を見上げる。
「暇そうな顔されても俺が困るからな。軽く話でもしてやる」
「……うん」
こくりと小さくうなずいて怜のことを真っ直ぐ見つめる。こんな姿を並みの男子が見たら即殺すること間違いないだろう。怜は葵に関しての恋愛感情を向けることは無いため、葵に見つめられても惚れるなんてことはおそらく一ミリたりともない。
「私、誰かにここまで気にかけてもらったの、初めてです」
「初めてって……親とかには?」
「ないですね……私は朝も、夜も、ずっと一人でしたし……姉さんも習い事やら勉強で家ではまともに会話したことがなかったので」
「……まじか」
先ほどまでの不安の瞳が虚ろな瞳に変わっていった。
薫と話せていないということは分かるのだが、親と話せていない上に気にかけてもらったことすらないというのはどういうことだろうか、と思ったがそのことは密かに胸の中にしまった。
「私には気にかけてくれる人なんて、信頼できる人なんていなんですよ……だから……」
「おーい、ストップストップ。どんどんネガティブ思考に走ってるぞ」
家族との折り合いがよくないのか一度話始めるとネガティブ思考になって目からハイライトすら消えていた。
それに危機感を感じた怜は話をやめるように促した。
「話したくないなら話さなくていい。まあ、俺が聞いたからいけないんだけどさ。今は俺が傍にいてやるから、素直に甘えとけ」
「……はい。ありがとうございます」
怜が葵に真剣な眼差しを向けられたことで葵は安心したのか、虚ろな瞳にハイライトを戻して笑みを浮かべた。
「ほら、寝とけ。今日一日寝とけばいつもの調子に戻るだろ」
「でも、文化祭の企画書は……」
「それは問題ない。俺と玲奈の二人で順調に進めてる。というかたった2日お前が動けないくらいで支障なんて出るわけないだろ」
葵が体調を崩して寝たのはわずか2日。そのくらいの時間は怜と玲奈の二人で何とかすることはできる。それに、怜は青葉からも認められるほどの優秀だから、葵がいなくても何ともならない。
「じゃあ、俺は隣にいるからなんかあったら呼べよ」
「……はい。本当にありがとうございます」
「気にすんな」
それだけ言い残して怜は部屋を後にした。
少しでも葵の傍にいれるならいるようにと玲奈に頼まれたのであれば、怜の役目はそれを実行することだ。葵の不安を完全に取り除くのは無理だとしても寄り添うことはできるのではないかと思うのは、怜が昔に玲奈に同じことをしてもらったからなのだろう。
玲奈と同じことを自分と同じ境遇をもつ人にやり返しているのである。
怜の優しさが少しでも葵の心の支えになることを願って玲奈は怜にお願いをしたのかもしれない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『葵ちゃんの具合はどう?』
「まだ万全じゃない。ここ数週間の疲労が一気に押し寄せてきたようなもんだからな」
葵を一度寝かしつけてから数分後、玲奈から電話がかかってきた。
声のトーンからして寝起きなのは間違いなかった。忙しいから朝起きるのが遅くなるのも頷けるが、寝起きの状態で電話をしてくると何を言っているのか聞き取れないことがあるのが玲奈の悪い癖だ。
『まぁ、怜くんに任せておけば大丈夫だと思うけど、くれぐれも手を出しちゃダメよ?』
「やらねえよ。お前みたいに過度なスキンシップはやらねえし、手を出そうとすら思わない」
『本当に? 葵ちゃんって結構美人だと思うけど」
「学園の3大美姫の一人だからな。てか、美人ってだけで手を出すならもうとっくに手を出してるだろ」
『怜くん慎重だもんね』
実際に怜が葵に手を出そうと思ったことは出会ったときから一度もない。それは葵が美人だから手を出すのには恐れ多いとか思ったわけではなく、単に怜が葵に興味がなかったからというのが大前提だ。それは今も変わらず、こうやって葵を自分の部屋のベッドに寝かせてもなお、葵に触れたいとすら思わない。
並の男子高校生なら学園のマドンナを家に泊めたら少しくらい手を出してもいいだろうと思うのかもしれないが、あいにく怜にはそういった感情、いわゆる欲が全くない。というか耐性がついていた。
それもこれも玲奈のせいなのだが、そのおかげもあったからか理性のコントロールは普通の上くらいにはできるつもりだ。
「ま、具合が良くなるまでは俺の家で匿うわ」
『そうだね、怜くんなら安心かな。ちゃんと診てあげてね』
「あいよ。で、企画書の修正のやつってどんなかんじだ?」
『ああ、昨日送ってもらった時点で青葉さんが1日目と2日目の午前の部のやつは確認してくれたよ〜さっきデータ届いたから後で送っておくね』
「どうも」
流石は敏腕理事長。仕事が早い。
怜と葵が企画書を玲奈に送ったのは昨日の夕方頃。それなのに今日の昼の時点ですでに3分の2の確認を終えている。下手したら怜よりも優秀なのではないかと疑ってしまうほどだ。
その後、玲奈から青葉が修正点が具体的に記入されたデータが届いた。思った以上に修正点が少なかったことと、修正場所の内容がわかりやすいように記入されていたことで怜も取り掛かりやすかった。
あいにく葵は寝たきりで起きてくる気配がなかったため、怜が一人で修正を行うことにした。
「……ここは人員割かなくてもいいってことか……じゃあこっちに回して……」
独り言をつぶやきながら黙々と作業を進めると時刻はすでに夕方になっていた。
「そろそろ姫野起こすか……」
物音がしなかったためまだ寝ていると予想し、夕ご飯も兼ねて葵を起こすために自室に向かった。ずっと正座だったのもあってか若干足にしびれが残っていた。普段は椅子に座って作業しているのだが、今日に限っては葵が部屋にいるため使えない。つまり、床に座ってやらなければならないため、慣れないことをして足が悲鳴を上げたのだろう。もちろん脳はパソコンを使えたことで大喜びになっている。
「姫野? 入るぞ?」
「はい」
返事が来たことで起きていると悟りそのまま部屋のドアを開けた。
「どんな感じだ?」
「結構良くなりました。もう動けそうです」
「そうか。夜飯どうする?」
「食べます」
「わかった。準備してくるから待ってろ」
「はい」
微笑んで返事を返した葵の顔には不安やしんどさを感じさせないくらいに血色が良くなっていることが伝わってきた。
夕ご飯は病み上がりでも食べやすいように市販のうどんにすることにした。
「ん、おいしい」
「といっても市販の冷凍うどんを茹で直しただけだけどな。具材は昨日の残り物を入れただけだし」
「夜狼さんって料理もできるんですか?」
「まぁな。一人暮らしをする時に母さんに叩き込まれた」
「女子力高めな男子高校生……」
「やめろ少し料理ができるだけだ」
「そうかな〜?」
からかうように笑いかけてくる葵に溜息を吐きながらうどんをすする。
元々怜が一人暮らしをしたいというのは中学時代から決めていたため、
そして今に至る。
「お前も料理くらいはできるだろ」
「それはまぁ……」
「歯切れ悪いな」
「あ、いや、できます。できますから」
「……」
「……っ」
怜が葵にジト目を向けると葵をゆっくりと目をそらし、肩を竦めた。怜は深くため息を吐くと持っていた丼をサイドテーブルの上においた。
「はぁ……じゃあ、これからは俺の家で一緒に食うか?」
「え? なぜ?」
「毎日似たような料理、しかも冷凍食品に一手間加えて食べていると言ったところか?」
「うっ、バレてる……」
「せめて否定しろよ」
「……うぅ」
頭を抱えてうなだれる葵に再度溜息をついて、それからもう一度葵に視線を向けた。
何をそんなにムキになるのかは自分でも定かではないが、怜としてはこの提案を受け入れてもらえればいいと思っていた。
「で、どうするんだ?」
「……夜狼さんの家で食べるってことは、夜狼さんの料理が食べられるってことですよね?」
「んー語弊があるけど、お互いこれから忙しくなるからな。帰りも遅くなるだろうし、そういうときはお互いでなんか作るより、どっちかが2人分作ったほうが楽だろってこと」
「なるほど……確かにそれなら食費も浮きますしね」
文化祭まであと1ヶ月を切っている今となっては更に忙しさは激化するだろう。そうなれば帰る時間帯は夕方、場合によっては夜になるだろう。
そうなった場合にお互いが家に帰って双方で別々の夜ご飯を作って食べるよりかは比較的に家に変えると暇になる怜が料理を作って、帰った後に2人でそれを食べると言ったほうが何かと都合がいい。
「じゃあ、お願いします」
「おう」
これによりあくまで隣人としての付き合いが始まった。
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