第38話 文化祭当日の暇人の役割

それから数日たって学校の中は一気に文化祭ムードになってきていた。


中には文化祭を一緒に女子と一緒に回りたいと思って、こぞって予約を取りに行っている男子が校内でちらほら見えている。そして女子はというと渚に次から次々と予約を取り付けようとしていたが、あいにく渚は実行委員の仕事があり、なかなか抜け出すことができないという理由を作り断っていた。


それは葵も同じで、他クラスの男子からの誘いに困り果てていた。病み上がりなのにもかかわらず可哀そうな人だと怜は呆れの目を向けていた。


一方怜はというとそういった誘いは一切なく、あったとしても玲奈からの一方的な取り付けだけだった。だが、それもさりげなく断った。


美男美女は大変だな、と純粋な感想を持ちながらもその日は一人で過ごすことにしていたのだが、そういうわけにもいかず……


「夜狼くん、また着付けお願いしもいい?」


「は?」


一人で過ごせると思っていたのだが、手芸部の4人の餌食になってしまった。それもまた衣装のモデル係として。


「渚くんはいろんな女子から誘われるのに忙しそうだし、姫野ちゃんも同じく忙しそうだから、あと頼れる人なんて君くらいしかいなくて」


「ああ、そういうことか」


着付けのモデルが忙しい今で学年の中で一番暇を持て余しているのは怜一人というわけである。皮肉にも渚や怜以外にまともな素材がいないということにもなるが、あいにく男子は男子で葵に玉砕されて落ち込んでいるため、使い物にならないというわけだろう。


「頼ってもらえて喜んでいいのかわからんけど、まぁいいや。で、今回は何が目的で着せ替え人形にされるんだ?」


「あ、協力してくれるんだ。意外と素直?」


「うるせぇ」


いやいやながら4人と共に教室を後にした。


前回はクラスの出し物で行う喫茶店のメイド服の着付けだったのだが、今回は何を着せられるのか危機感しか感じていなかった。


「文化祭の最後にさファッションショーがあるじゃん? そこで一年生の担当に私たちも入ってるんだけどさ、そのためのモデルを探してたんだー」


「でも、渚と姫野が忙しくてなかなかお願いできなかったってわけね」


「そうなんだよ~二人ともクラスだけじゃなくて学校中からすごい人気あるし……だから、素材がよくて暇そうにしてる君にお願いしに来たってわけ」


確かに怜は暇しているが、それを理由にお願いしに来るのはいったいどういう理屈なのか、と思ったが考えたらおしまいだと思い、速攻で考えるのを放棄した。


それから手芸部の部室にていくつかの衣装の着付けをされたが、なぜだか知らないが、すべての衣装は手芸部の部員に好印象で終わった。


怜は何がそんなにいいのかわからず、そんなに陰キャの着付けが愉しかったのか、と頭に疑問符を浮かべていた。



それから、どこからともなく玲奈の耳に怜がモデル役をしたという情報が入り、玲奈からのメールの着信音が鳴りやまないという事態に発展したが、途中からめんどくさくなった怜は既読スルーをするようにした。


『(玲奈)いいなぁっ!!』


『(玲奈)私も怜くんのかっこいい衣装姿見てみたい!!』


『(怜)いや、俺に言われても』


『(玲奈)写真とかないの?!』


『(怜)手芸部のやつが持ってると思う』


『(玲奈)ほんと!?』


『(玲奈)じゃあ聞きに行ってくる!』


『(怜)迷惑かけんなよ』


『(玲奈)わかった!』


どちらが子供なのかわからなくなるほどにあほみたいな会話をして玲奈からの着信は途絶えた。


そしてその次は――


「どんな感じ? うまくいきそう?」


「今日はやけに人に呼ばれるんですけど……」


「あら、お忙しそうで」


「渚と姫野に比べたらって感じですけど」


談笑しながら理事長室のソファーに腰を掛けると、青葉も同じように反対側のソファーに腰を掛けた。


「で、文化祭の件で君の意見を聞いておきたいのだけれど」


「俺の? なんでまた」


「君には見届人を担ってもらいたいのよ。文化祭の裏役者としてね」


「見届人……つまり、俺は文化祭当日は特に仕事するなと?」


「そういうこと。君はただ文化祭の様子を見て回ってもらいたい。今年はあくまで運営は生徒会の仕事だから、君は成功を願って裏役者として動いてほしい」


「なるほど。わかりました」


「あれ、いさぎいいね」


「まあ、元々仕事したくなかったでから。これといったことしなくていいなら喜んで引き受けます」


「それはどうも。じゃあ、お願いね」


それだけ聞いて怜は理事長室を後にした。何か悪い話でもされると思っていたものの、実際には自分にとっても利になる話だったことに内心安堵した。


もとから目立つことを嫌って生徒会の仕事も陰から支えてきた身としては、文化祭という晴れ舞台で目立つことなく仕事ができるのはありがたい限りだった。自分にとって得のあることを率先してこなす怜には今回の提案は喉から手が出るほどありがたい話でもあり、青葉に対しての株が上がる話でもある。


色々な恩を返すにはとっておきというわけだ。


「まぁ、頑張りますか」


歩きながら背伸びをして、昨日まで溜まっていた眠気に襲われつつも教室に戻った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「これは……困ったね……」


「どうする……?」


「うーん……」


生徒会室、玲奈と薫は頭を抱えていた。


送られてきた企画書の中に玲奈と薫の力だけではどうにもならないことが記入されていたからだ。

それも怜の力がないとどうにもできないような内容。2人は当日は怜が運営の仕事に入らないということを知っている。つまり、生徒会のメンバーだけでこなさなければならないのだが、あいにく書かれていた内容はほぼ無理難題だった。


そして追い打ちをかけるように青葉にも手がつけられないようなことなため、2人は行き詰まっていた。


一言で言えば詰みだ。


「これは……無理だね……」


「うーん……」


その日は一日玲奈の頭に湯気が立ち上っていた。

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