第9話 本当の自分を見てくれる人はすぐ近くに

 緊張の空気が教室だけではなく廊下にまで漂う一日。


 誰もが真剣な眼差しで机と睨み合っている。正確に言えば机に置いてあるプリントと、だ。

 

ひたすら配られたプリントに回答を書き込んでいく作業。静かな空間に流れるのはシャーペンと紙がこすれる音のみであり、それ以外は気にも止まらない。


 喋ることなくひたすら書いて、書いて、たまに消してを繰り返す。


 その空間が一日続く。


 今日はテストの当日なのだから。


 一日のテストが終わり、クラスメートがため息と同時にテストが終わったことに喜びの声をあげていた。


 怜もため息をついて背伸びをした。と、そこに渚がやってくる。


「お疲れさま。毎度聞くけどどんな感じだった?」


「やれるだけやったし抜かりはない」


「ならよかった」


 お互い微笑みながら話すが裏としては怜と玲奈が交わしている約束(一方的なやつ)のことを話しているようなものだった。


 玲奈より突如無理難題を押し付けられ仕方なくこの日まで来たが怜は途中でやめることはしなかった。自身でもなぜそうしたのかは理解していないが、自分の中に何か別の想いがあるのではないかと思っている。


「結果が張り出されるのって明後日だよね?」


「ああ、それまでは一度お預けだな」


 怜の通う学校では基本的にテストは翌日またはその次の日に返却されることが大半だ。理由はというと、全生徒のテストを一気に採点するためどうしても教師の人数が足りずに一日では終わらないからである。


 そのため基本的に一日開けて返却されることが多い。


「どうなるかな」


「さあな。どっちでもいいような気もする」


「アハハ、やる気失せてるじゃん」


「まあな」

 この後はすぐにHLをやって下校なため、帰りの用意をしながら他愛もない話で盛り上がっていた。


 クラスの中でも放課後の話がちらほら聞こえてくる。やはり高校に入ってもテストは苦行であり、終わった後の時間は極楽の時間なのだ。


「帰ったらどうする? せっかくだし、どっかで遊ぶ?」


「あー。なら、俺の家でゲームするか」


「お、いいね。久しぶりにやろ」


 ネットを使ってやることはあるが、怜か渚の家に集まってやるのは久しぶりのことだった。


「じゃあ、帰ったらすぐ行くね」


「おー」

 やる気なさげに返事をして渚は自分の席に向かった。


 と、そこに入れ替わりで別の人が来た。

「お疲れ様」


「おつかれ」


 先程までクラスメートと話していた葵が話を終えて戻ってきた。


「どう? 玲奈さんからの課題、クリアできそう?」


「さあな。どう転んでもいいようになってることを祈るだけだな」


「勝てるといいね」


「それは、お前にってことか? それとも玲奈にってことか?」


「さあ? どっちでしょう?」


 微笑み首を傾げる葵を横目に怜は机に突っ伏した。


 久々にテストを真面目に受けた事による疲れが出たのか、それとも……


「夜狼くん、この後の予定は?」


「ん〜渚と俺の家でゲームするぐらいかな」


「へー夜狼くんの家で……」


「どうした?」


「あ、いや、別に……」


 語彙を濁らせながらキョロキョロしてるのを見て怜はすぐに察した。


 この質問は本来であれば普通の男子ならできないがこの男は違う。


「お前も来るか?」


「え?」


 ド直球。


 ただ誘っただけだが、怜は無神経の塊なため何も気にしていない。


 たとえそれが学校のマドンナだろうが、怜の前では全員が平等になってしまう。


 一般男子が躊躇することを、何も考えずにできてしまう。


「人が多いほうがゲームは楽しいからな」


「そ、それはそうなんだけど……いいのか?」


「まあ、お前が嫌じゃないなら問題ない」


「ええ……」


 普通に考えれば問題大有りだ。


 男子の家に一般女子が入ることになんの躊躇もないのかと葵は思ったが、怜は葵以上に玲奈をプライベート空間に入れてしまっているため、今更躊躇も何もない。


「で? どうするんだ?」


「迷惑じゃないなら……」


「わかった。渚にも言っておく」


「どうもです」


 こうして葵が怜の家に来ることが決まった。


「お邪魔します……」


「おう。渚はもう来てるから」


「ども〜」


 怜の声に反応して、リビングから顔だけを出して手を振った。


「入れよ、ここにいても仕方ないだろ」

「お、お邪魔します」


「何回目」


 笑いながらも渚のいるリビングに向かい絨毯の上に座る。


「これでいい? 怜が言ってたやつ」


「ああ」


「これって?」


 渚が準備していたのは最新作のレースゲーム。


 過去作品以上のグラフィックでルール無用のカーレースを味わえるレースゲームで、様々な一流マシンを使って優勝を目指すゲームである。


 怜も買いに行こうか迷っていたが、まさかの渚は先に手に入れていた。


 というのも、渚の父親が偶然売っていたのを見かけたらしくお見上げという体で買ってきてくれたのだ。


「レースゲーム?」


「そ、いろんな車をぶつけ合って破壊しながら一位を目指すってやつ」


「シンプルにストレス発散にもなるって噂のゲームらしいよ」


「早速やるか」


 それぞれマシンを決め、初見ということもあって最初はイージーコースにした。


 やっていく中で怜と渚が思ったのは、葵が意外とうまいということだ。


 コースの曲がり方や、ブーストのタイミング。所見にしては、ほぼ上級者と変わりないくらいだった。


 これまで数多くのゲームをプレイしてきた怜と渚とほぼ互角に戦うことができており、存分に楽しむことができるが、怜のほうが一枚上手だった。


「あ、まじか。そこから出てくる?!」


「あ、壊された」


 ゲームを始めてわずか1時間ほどで怜はコースの攻略法をマスターした。


 近道や、ブーストの使うタイミング、最速のドリフトの仕方などこのレースゲームに必要となってくる技術をすぐに習得してしまった。


「怜と相手すると勝ち目ないね」


 長年、怜とゲームをやってきた渚でさえも怜に勝てたことはほとんどない。


「才能?」


「自覚はないけどな」


「すごい強者のセリフだよね。才能の自覚ないって」


 昔から何でもできてしまったため、自分が才能の塊であることを自覚することがなかった。それゆえに何を言っても強者のセリフになってしまうという、不服でしかない。


 ゲームを始めてから2時間。それぞれ休憩をすることにした。


「なんか入れるけど何がいい?」


「コーヒーで」


「あ、僕も白崎君と同じで」


「ミルクは?」


「「入れる〜」」


 2人仲良くハモリ、ゲームでどうやったら怜を倒せるのか作戦会議している。


 渚も慣れたのかは怜からするとわからないが、学校との雰囲気の違いを特に気にした様子もなく葵と話している。


 3人分のコーヒーを入れたコップを持って行く。


「渚、今日はいつまで入れるんだ?」


「ん〜? 今日は10時前までならいれるよ〜」


「珍しいな、渚の親が許すなんて」


「普段は許されてないの?」


 渚の家はそこそこ門限が厳しく、普段は午後9時前後までには家に帰宅しなければならない。


 原因となったのは渚の姉、白崎美波である。


 高校時代に友達と遊びに行くと言って日をまたいで帰宅したことにより、渚の母親が大激怒したのだ。それからというもの白崎家では外出時の門限が厳しくなったのである。


「今日は怜の家で久しぶりに遊ぶから存分に楽しんできなって言われた」


「侑さんなんか俺には甘いからな」


「夜狼くん気に入られてるんだ」


 渚の母の白崎侑は怜が大のお気に入りである。


 基本無口なのが可愛いのだとか。とはいえ、怜も喋るときは普通に喋る。


 無口なのは話すことがないからである。


 怜が侑さんに問いかけたことはあるが、そのとき毎回、秘密と言われはぐらかされてしまう。


 なので最近では玲奈と同様なのだろうと思い、特に気にしないことにしている。


「あ、でも今日は早く帰ろうかな」


「どうして?」


「今日渚の姉帰ってるんだよ」


「まあ、正確には今週はずっとね」


 渚の姉は大学生であり、割と家から離れたところに通っていのだが基本的に学生寮で生活していて、家に戻ってくることが少ないため1ヶ月か、2ヶ月に一回のペースで規制するのだ。


 そして偶然今週は学校側の都合があるらしく午前中に帰ることができるため今週いっぱいは学校が終わり次第、家に帰ってくるのだとか。


「早く帰らないと帰ったときに色々とめんどくさいから」


「渚の姉もブラコンだしな」


「ふえ〜」


 葵は何かを理解したかのように頷き、怜と渚はお互い大変だなと呆れていた。


 お互いの共通点が多いことが怜と渚が昔から変わらず、仲が良い証拠となっている。お互いの足りないものを互いにカバーができることはいつの時代でもより良い関係を築いていくのには重要なことだ。


 とはいえ、お互い姉のことで苦労しているのは事実でもある。


 その後、何試合かした後に渚は宣言通り早めに帰宅した。


 渚を見送り、部屋に残った怜と葵は軽く息をついた。


 かなりの白熱したためお互い相当な疲れが溜まったのだ。


「まさかここまで盛り上がるなんてね」


「まあ、これくらいは普通だけどな」


「ええ……それはそれですごいね」


 普段渚とゲームをやっているときは今日のような状態以上に盛り上がっている。なにせお互い歴としたゲーマーであり、実力もあれば盛り上がるのは当然のこと。


 葵からすれば想像はつかないことだろうが、それは仕方がないことでもある。


「ふ~……僕もそろそろ帰るかな……」


 ため息を付き、軽く背伸びをした葵を怜は何気に見ていた。


「えっと……夜狼くん、僕になにか付いてるかな?」


「はぁ……お前いい加減素に戻れよ」


「……気づいてたんだ」


 怜が違和感と覚えながら確信していたこと。

 それは葵が素の状態でしゃっべていないことだった。


「いつから気づいていたんですか?」


「割と初めのほう。あの雨の中の公園のとき」


 怜と葵が初めて(実質)出会ったあの公園。


 その時、すでに怜はそこで本当の葵がこっちなのだとほぼ確信した。ただ、それが本当なのかはわからなかったために違和感ということにしておいた。


 学校でのクールキャラなのか、それとも怜の前でのみ見せる真面目キャラなのかは今となっては分かりきったことだった。


「そうですね。私の素はこっちです。まさかあっさりバレるとは思いませんでしたけど」


「お前、あの時必然的に素が出てたこと、考えもしてなかっただろ」


「すごい……そこまでわかっているなんて……」


 あの雨の日に何があったのかは怜は知らないが、これまでに人の心情を簡単に理解してきた怜にとって、その時に見せた葵が素で話していることに気づいていないのはすぐに理解することができた。


 何を思ってあの場所にいたのかは今でも理解できていないが、ただ一つわかるのはあの時の葵の表情は不安と悲しみ以外の絶望をした表情だった。


「お前が何を持ってしてキャラを作ってるのかは俺の知る藩中にないけど、俺の前では素で話してろ、これまでもそうだっただろ」


「……」


 葵は黙ってしまった。


 黙った理由はただ一つ。迷っている。


 これまでも怜と話している時、自ずと敬語になっていたがそれが素だということをバレてしまっていたことを知った今、どうすればいいのか分からなくなっていた。


 このまま素で話していることがいいのか、それとも学校のようなキャラで話すことがいいのか。

 葵は俯きつつ、怜の顔を見た。


 怜はいつものようにそっけないような表情をしていたが、その瞳にはしっかりと自分が写っていることを確認できた。


 そして……


「このままの清楚系女子でもいいですか……?」


「それはお前に任せる。俺が言いたいのは無理してキャラを作るなってことだ。せめて俺の前だけでもいいから素で話せ」


 全て自分の思い通りに進ませるのではなく、あくまでもアドバイスとしての意見を言ってくれる怜は葵にとって何よりも助けになるだろう。


 怜は無自覚だが、自分の中身を見てくれる人なんてどこを探しても滅多に見つからないだろう。


「じゃあ……お言葉に甘えて……」


「おう」

 あいも変わらず俯いたままの葵とそれをどことなく見ている怜。


 なんとも言えない空気が流れるこの空間はこの2人以外の人には知られることはないのだろう。


 表情に変化がない怜とは裏腹に葵は耳を赤らめて恥ずかしがっているようにも、嬉しそうにしているかのようだった。


 いずれ、葵の本性を見てくれる人が増えていくことになる___


 そして……


「今日はもう遅いし、ここで夕飯食べてけよ」


「え? いいんですか?」


「ああ、今から帰って作るのも時間の無駄だろ」

「でもそれだと夜狼さんが作るの大変なんじゃ……」


「まあ、出前のピザでもいいだろ」


「あ、なるほど」


 時刻は夜9時を回っていた。


 これから夕飯を作るとなると時間的にも10時になる可能性がある。そして何より怜は今の状態でご飯を作るきにもならない。


 この時間帯ならギリギリピザ屋も開いているため出前を頼むなら問題はない。


「メニューはこっちで決めていいか?」


「おまかせします」


「了解」


 怜はスマホを取り出すと近くで開いている店を見つけ注文を取った。


 何気にこれが初の同い年の女子との食事になることを怜はまだ気づいていない。

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