第8話 覚悟と葛藤、そして姉の真意

「なんか夜狼くんが生徒会に入らない理由わかった気がする」

「そういうこと。俺が入ればあのなかで浮くだろ?」

「だね」


 怜が生徒会に入らない理由。それは単純に今の生徒会のスペックに劣っていると感じているからである。


 そこに打診も何もない。現生徒会のスペックの中に特に目立ったことをしていない怜が入れば怜には石が投げられる。それを拒むからこそ怜は生徒会に入らないという選択肢を取っている。


「でも、夜狼くんも十分生徒会に入れるとも思うけどな……」

「は? なんで?」

「いやね、今日の夜狼くんの言動を見てたら何も劣ってないと思うんだよね」

「そういうんじゃない。俺はただ人の上に立ちたくないだけだ」

「……?」


 切実な思い。人の上に立ち、自分の下を歩いている人を見てこなかったからこそ怜にとって生徒会というのは虚しいものだった。


 誰かを引っ張っていける自信なんてとうの昔に捨ててきている。


 誰かのため自分の為でもない。怜はただ一つのものを追い求めて人よりも優位に立つことを辞めた。


 弱さへの``依存``。それがずっと怜にしがみついている。


「夜狼くんって笑ったことある?」

「なんだよいきなり」

「夜狼くん笑ったことないよね」

「まあ、中学の頃から笑ったことはないな……」

「見てみたいな……」

「やめろ。頼まれても笑わねえからな」


 葵は頬を膨らましまるで小学生みたいに怒った。


 怜は困った顔をしながら少し小走りをした。


 葵もその後を追うのだった。

 

 家につき葵と別れた怜は玲奈に電話をした。


『はいはい、どしたの怜くん』

「姫野を生徒会に入れたのはどういうつもりだ?」

『どういうってどういうこと?』

「玲奈も知ってるだろ、あいつと薫先輩が不仲だっていうのは」

『だからって言って葵さんを生徒会に誘っちゃいけないわけではないでしょう?』

「あのな……」


 玲奈としては例え葵とその姉が仲が悪かろうが仕事をする中では共通の仲間だと思っている。だからこそ葵だけを仲間外れにすることだけはしたくないというわけだ。


 それでも怜は、懸念している。その理由はただ一つ。


 葵と姉はただ仲が悪いというわけではないということだ。明らかに葵が姉を避けている。


「とにかく、姫野と薫先輩が近づくのはなにかまずい」

『じゃあ、怜くんが葵ちゃんのそばにいればいいんじゃない?』

「は?」


 度々出てくる姉のぶっ飛び発言。


『そんなに薫ちゃんと葵ちゃんの関係が心配なら怜くんが生徒会に入って葵ちゃんのこと見ていればいいじゃない』

「それは……」

『そうすれば私も怜くんに甘えられるし……』

「うん、俺は一生生徒会には入らない」

『なんでよ!?』


 玲奈の叫びを無視し、怜は通話を切った。


 そして、一つの考え事をした。


 葵が生徒会に入ることは問題ではない。だが、その後が問題なのである。


 姫野薫。学園三大美姫の内の一人で、生徒会兼風紀委員の委員長を務める。成績優秀、スポーツ万能。圧倒的イケメン女子として名高い女子生徒だ。


 玲奈の親友であり実質生徒会副会長としても噂されている。


 妹思いで有名だが、葵はというとそうではない。


「何があったのか知らない限り何も言えないよな……」


 どうにかしなければいけないのだが、何も知らないのにとやかくいうのは間違って

 いるのかもしれない……


 怜としても悩むことではあった。

 と、そこに一通のメール。


『今何してる?』


 着信は渚からだった。


 送られてきた時間を見ると時刻は8時近くを回っていた。


『玲奈と通話してた』


『珍しいね。怜ってあまり玲奈さんと通話するのなんて』


『野暮用でな』


『姫野さんのこと?』


 流石は幼なじみ。怜の考えていることはまるわかりなのだろうか。

 いや、そういう訳では無い。


 渚は生徒会庶務の一人であり、当然葵が生徒会に加入したことも知っている。


『俺の考えすぎなのかもしれないけどな』


『怜でも悩むことがあるってだけで僕は安心だよ』


『まあ、な。』


 怜も一人の人間だ。もちろん悩むことはある。


 小さい頃は悩んだことなかったが精神年齢が大人になりつつある怜は考えることは増えている。仕方がないことでもある。


 渚としては怜が悩んでいるというのを知ることができたのはずっとそばにいた身からすれば微笑ましいことである。


『姫野さんのことで悩むのもいいけど、今は今度のテストのことも考えないと』


『あ、やべ。すっかり忘れてた』


『おいおい……』


 今は葵のことを考えるよりも先に玲奈に課された課題を攻略しなければならない。

 二学期初めのテストにて学年一位を取るという目的がある。


 そのため怜が今できる最善策はただ一つ。


「玲奈のミッションを攻略して本当のことを聞き出す……」


『どうやら、スイッチが入ったみたいだね』


 どこかで監視してないか気になるくらいのスピードでメールが送られてきて一瞬、怜の背筋が凍った。


 テストまで残すところ2日となった。



 とある家の一室。


 2人の女子が勉強会をしていた。


 一人は怜の姉である波夜瀬玲奈。もう一人は玲奈の親友であり、葵の姉である姫野薫。


 今日は毎週恒例のお泊りで勉強会の日であり、2人は放課後から玲奈の家に集まって勉強をしていた。黙々と勉強をしていく中でふと、薫が口を開いた。


「ねえ、玲奈?」


「ん〜? どうしたの〜?」


「本当に怜さんテスト満点取れると思う?」


「なんで~?」


「だって……」


 話しながらも手は止めない。


「怜さん、あれだけテストで一位を取ること嫌がっているのに、どうして玲奈の課題に答えたのかなって思って……」


 薫は玲奈と同様、昔から怜のことは見てきている。


 そして、怜が成績一位を取ることを頑なに拒んでいるということももちろん知っている。


 だからこその疑問。なぜ、今になって玲奈からのお願いというより命令に近いものを引き受けたのかは疑問に思うところだった。


「怜くんにとって一位を取ることは多分なんともないことなんだよ。

 じゃなきゃ今でもずっと一位を取り続けてるはずだし。」

「それはそうだけど……」


 薫は言葉をつまらせた。


 玲奈は微笑みながら薫を見た。玲奈は昔から人の目を見て、その人が今何を思って

 いるのかを読み取ることが得意だった。

 そのため、今、薫が何を思ってその質問をしたのか玲奈は瞬時に読み取った。


 結論、今の薫は不安と察した。


「不安? 怜くんが一位を取ったときのことが」


「……うん」


 薫はおぼろげに頷いた。


 玲奈はそれすらも見透かしたかのように薫の後ろに回った。


「そうだよね〜怜くん中学以来一度も一位を取ってなかったもんね」


「うん」


「そっかそっか。そうだよね、怜くんが1位を取ったら葵ちゃん2位になっちゃうもんね」


「うん……」


 薫を後ろから抱きながら玲奈は語った。


 怜が一位を取れば葵は2位に落ちる。当然のことだ。

 だが、姉の薫からすればそれは迷うことだった。怜はおそらく満点を取ることが

 できる。必然的に葵が勝つことができないのは当然。


 そして、もしそうなれば葵は立ち直れるのかということが一番気になっていることだった。昔から負けず嫌いの葵を見てきた姉であるからこその不安だった。


「怜さんはそれをわかっているのかなって……」


「それはわからないな〜私、怜くんの考えてることだけはどうしてもわからないんだ〜」


「怜さん、昔からそうだもんね」


「うん。でも、これだけはわかる」


「?」


 怜は誰にも感情を読み取らせることをしなかった。渚でさえも読み取るのには苦労したくらいだ。


 なぜなら怜は一切笑うことも怒ることもしなかったからである。毎日のように真顔だった。人の表情を見て感情を読み取ることをしている玲奈が怜の感情を読み取れなかったのは怜が無表情であったからである。


 だが、今となっては薄々分かり始めている。


「怜くんはきちんと葵ちゃんのことを考えて私の難題を聞いてくれた……」


「……!」


「なにせ怜くんは私のかわいい弟だから」


 にかっと、笑って見せた。

 薫はその笑顔を見て微笑んだ。実の姉である玲奈が言うのであれば問題ないと思ったから。


「あ、そういえば怜さんが一位を取れなかったら同居ってほんと?」


「さあね、怜くん次第かな〜」


「怜さん、それわかってるのかな?」


「もちろん」


「ならいいけど」


「もう遅いし寝よっか」


「そうだね」


 怜は玲奈の弟。やる気なさそうにしているが、実は玲奈をも超える天才である。

 玲奈が何を持ってして自分に難題を出してきたかなどはよくわかっている。だが、そのことを口にはしない。


 わかっている上で黙っているのはなぜか……


 怜は性格が悪い。これに尽きる。


「もうこんな時間か……」


 時刻は深夜1時。


 何故か寝付けずにスマホのゲームをやっていたのだが、段々と飽きてきた。

 と、外の様子が気になりベランダに向かうことにした。


「夜の景色もいいけど、流石に寒いな」


 夏とはいえこのあたりは風通しがよく、夜はまあまあ冷え込む。

 それでも多少の防寒対策を擦ればなんともない。


 小さくため息を付き、ただなんとなくぼーっと、遠くを見つめる。

 と、隣のベランダの窓が開く音がした。


「っと、さむ~」


「よくこんな時間まで起きてたな」


「テスト勉強をしてたんですよ」


 深夜までテスト勉強をしているとは流石は優等生。


「夜狼さんはテスト勉強なんかしてなさそうですけどね?」


「よくわかってらっしゃる」


「ふふふ。何してたんです?」


「なんか寝れなくてな」


 見透かされていたことに驚きだが、学校での態度からなどでわかったのかもしれない。周りの人をよく見ている点は姉の玲奈と同じだということを知り、なにか背筋が凍るのを覚えた。


「夜狼さん、次のテストの目標は?」


「玲奈から満点を取れって無茶を言われた」


「あらら、それは大変」


「たまにあるんだよ。そういう無理難題」


 今考えても明らかな無理難題だと思ってしまう。


 それでも、引き受けたからにはやらなければならない。たとえ葵に圧勝したとしても……


「まさか、本当に満点狙ってるんですか?」


「まあ、やらない訳にはいかないしな。ここで逃げたら玲奈に何言われるかわかった

 もんじゃない」


「なら、私も全力で勝ちに行きます」


「まあ、お互い頑張ろうや。お前も勝負相手がいるほうがいいだろ?」


「もちろん。夜狼さん相手なら全力で行けます」


 怜相手ならというのが気になったが、気にせず軽くため息を付いた。


「寒いな」


「ですね。入りましょうか」


「そうだな」


 お互いおやすみといいそれぞれ家に入っていった。

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