第5話 宣戦布告一日前

「どうだった?」


「まあ、良くも悪くもって感じだな」


「そういって意外と二桁順位はキープしてるよな」


 その日は三学期末テストだった。


 最後のテストを終えるとクラス中から「やっと終わった」だの「疲れた」などと声を上げてテストが終わったことを喜ぶ声が聞こえてきた。


 怜と渚のもお互いにお疲れ、と互いを褒め合った。


 おそらく今回も渚は学年一桁に入っているが怜は毎回30位以内には入っている。


「多分今回も姫野さんは一位だろうね」


「まあ、そうだろうな」


 一学期の初めのテストから一切替わることなくトップを維持しているのが姫野葵である。渚はそのひとつ下で毎回2位を維持しているといった状態だ。


 渚としては特に一位を取るつもりもないので、ある程度の成績と結果を残せていればトップが葵の独占状態でも気にしていない。とはいえ、一部の女子からは一位を取らないのは葵がいるからである。というなんともはた迷惑な言いがかりを押し付けているやつもいる。


 大抵そういう人達に限って順位は下なのだ。怜も渚もそういう人たちを密かに嫌っている。でも表には出さない。優しいのだ。


「怜も本気出せば余裕で一位は狙えるでしょ?」


「嫌だよ。めんどいし」


「健気だね〜そこまでの実力があるのに使わないなんて」


「実力云々で言ったら俺は実力の内に入らなくなる。俺を実力とすると俺以外がただの馬鹿になるだろ」


「そういうもんなんかね」


「そうじゃないにしても俺は本気は出さない」


 元の実力でいけば怜は難なく学年一位の取れるくらいではある。中学時代はその実力あってか学年一位を3年間誰にも取られることなく維持し続けてきた。というか誰も怜に挑戦することがなくなったため、必然的に一位になり続けたという形だろう。


 渚はそんな怜を見てきたからこそ、怜のその秘めた実力を隠している理由もなんとなく想像はついている。なぜ突然怜が自分のその実力を隠したのかは渚以外は知らない。あと実の姉。


「あ、そうだ! 怜、帰りにゲーセン行かない?」


「んー。まあ、暇だしいいけどなんかあるのか?」


「姉さんに頼まれて新作のフィギュアを取りにね」


「そういや、美波さんアニオタだっけ?」


「そう。だから取り入ってほしいって頼まれてね」


「わかった。放課後な」


「サンキュー」


 渚の姉___白崎美波は大のアニオタであり、部屋にはアニメのグッズやらがたくさん置いてある。その光景はまさにアニメの世界そのものである。


 普段家になかなか帰ってこないため新作のフィギュアが出たりしたら渚にお使いを頼んでいる。


「まったく美波さんってわざわざめんどくさい事頼むよな」


「まあ、しょうがないよね。近場で一番早く新商品を出してるのうちの近くのゲーセンくらいだし」


「そうなんだよな。近場でってなるとお前の家の近くのが一番手っ取り早いのか」


「そうそう。まあ、ゲーセンにいくぶんには嫌じゃないし。後になってきちんとお金も変換してくれるしね」


「そういうところはちゃんとしてるよな」


 美波は渚にお使いを頼む際立替でお願いしているのだが、週に一度実家に返ってくるとまず立替えてもらった分の料金をきっちり返すのだ。そしてそこにプラスで人経費と言って上乗せしてくれるのだ。


 そういうことをしてくれるからこそ、渚は姉のお願いを引き受けているのだ。



「相変わらずすごい量のクレーンゲームだな」


「まあ、日本一っていうくらいはあるよね」


「これじゃあ、探し出すのも一苦労だな」


「だね……」


 このゲームセンターはクレーンゲーム専門でそれ以外のゲームは置いていない。その数約450台。この中からお目当ての台を見つけるのは至難の業だろう。見つけられたとしても探し出すのに掛かる時間がかかりすぎてやる気にもなれないだろう。


「まあ、そんなときのために毎日更新の電子版の店舗内マップが入り口に置いてあるんだけどね」


「本当に便利なこった」


「これのおかげでだいぶ時間短縮にはなるよね」


「まぁな」


 このゲームセンターができた頃来客した人から広過ぎで目当ての見つけるのに時間がかかるというごもっともなクレームが何十件も寄せられた。


 そのクレームを受けて店側は対策として、毎日店内の台ごとの位置とそこになんの種類の景品が置いてあるかを示した電子マップを入口付近に何台か設置した。それにより入った人はまずそのマップを見てある程度の目星をつけたら、その台のもとに移動をするという形をとったのだ。


 それでも台数は以前変わらないため遠いところにある台に到着するのには多少の時間はかかってしまう。


「あった。これだ」


「サクッと終わらせてさっさと帰るか」


「おーう」


 そうやって気合を入れると怜は持ってきた財布から500円を取り出して作業に取り掛かった。


 渚が取らないのかとも思うが渚より怜のほうが圧倒的にうまいため時間短縮には怜は最適なのである。その実力は500円以内で簡単に景品を取ってしまうくらいだ。


 昔は家の近くにあったゲームセンターに行っては渚と景品を乱獲して中身(クレーンゲーム)がすっからかんになるほどに取りすぎてほぼ怜と渚の景品無料配布大会になったくらいだ。


 そしてその後2ヶ月の出禁をくらい、お店のブラックリストに乗るやいなや店側も対策を立てるが出禁解除後に早速行ってやるとあたかも何もされていなかったように乱獲してしまうという繰り返しになってしまい、しまいには店側が諦めて何もしなくなるという状況に追い込んだほどだ。


「はい、取れた」


「流石だね。あと3回分残ってるけどやるよね?」


「まあ、このままにしててももったいないしな。玲奈の土産にでもするか」


「そのほうがいいね」


 その後店員さんが新しい景品をセットしてくれて見事に3回ぴったりで取り切り2人はそのまま帰宅した。


 あとから思い出したのはこの店では毎回新商品が出るたびにクレーンの設定が鬼難しく設定されているということだ。今までその日の内に取れた人が類を見ないほど少ないということで噂の店でもあるのだが、怜と渚は特に何も考えずに取っているため特に設定がどうとかを気にしたことがない。そのためこの2人が店のブラックリストに乗っていることももちろん知らない。


「怖いね。またブラックリストとかに乗りそうで」


「乗らない程度に加減はしてるし大丈夫だとは思うが……万が一になったら店側にタイマン挑めばいい」


「おぉ……怖いこと言うね」


「割と本気」


 2人はそんな会話をして笑っているが、出禁になりかけたら一般の高校生が店側にタイマンを挑むというのは明らかなる強者だからできる発言なのだろう。そんな日もいずれ来るのだろうが、彼らには関係のないことである。



 帰宅後あたりはすでに暗くなっていた。


 家についた怜は着替えをすることなく制服のままベランダに出た。時刻はいつもの景色が見られる時間帯になっていた。


 この時間帯は帰宅ラッシュの真っ只中。


 この景色こそが怜の好きなもの。ただ何も考えずに余韻に浸れる一番の時間だ。


 とそこに、いつかのお隣さん。


「着替えていないということはどこか行っていたの?」


「まあ、渚とゲーセンに」


「そう。楽しかったようで何より」


「ああ、」


「やっぱこの景色は好き?」


「まあな。この時間にこの景色を見ると何もかも忘れられるような気がする」


「夜狼くんって普段何考えてるかわからないって言われない?」


「言われるな。基本親しい人以外では無口だし、聞かれたことにも相槌打つぐらいで基本口を開くことがないしな。」


「じゃあ、ボクは夜狼くんの親しい人ってことでいいのかい?」


「さあな、俺にもわからない」


 怜にとって親しい人という基準が曖昧になっている。というのも今までまともに人と接したことがないからだ。


 渚や家族間での関わりしか持ってこなかった怜にとって本当に親しくなれる人が一体どんな人なのかは理解できていない。渚は幼い頃からの親友なため親しい以上の関係になっているし家族の間に親しいも何もない。


 だからこそ``わからない``とだけ答えた。関わり始めて数週間の葵を親しい人として認識してもいいのだろうか。怜には迷いがある。


 だが、葵はおそらくそれを理解したのだろう。それ以上何も言わなかった。


「白崎くんとはいつからの仲で?」


「小学4年頃からだな。 渚から話しかけてきたのがきっかけ」


「そんな昔から? よくここまで一緒に来られたね」


「まあ、あいつ俺以上には頭いいしな」


「それはわかる。実際学年2位だし」


「覚えてるのか」


「それはもちろん」


 毎回一位を取っている葵は基本自分より下の階位にいる人には興味がないと思われているが、全くそんなことはない。というのも葵自身いつ自分の順位が抜かれるか内心ヒヤヒヤしている。だからこそ、トップ10に位置している生徒たちのことはある程度記憶している。


 そして、その中で一番葵に近いのが渚であり葵が一番警戒している人物だ。とはいえ、渚は葵に勝ち行くことはしないため一生かかっても抜かれることはありえない。


「お前も大変だな。いつか自分が抜かれるか考えながら努力しなきゃいけなくなるんだから」


「うん、だからこそボクは立ち止まれない。いつか抜かれるかもしれないからこそその怖さを糧に努力する」


「もし抜かれたらどうするんだ?」


「どうもしないよ。少し落ち込むだけ、落ち込んでまた頑張るだけ」


「メンタルが強いようで何よりだ」


 流石といったところだろうか。いつ順位が落ちてもおかしくないのにもかかわらずに、ただ自分の実力が足りないといい落ち込むだけで済ませられるほどのメンタルの持ち主である。


 普通の人であれば一度自分の順位が落ちれば十中八九自信をなくしてしまうものである。高順位を取っていた人ならなおさら。


 だが、葵は違う。自分の実力も努力の大きさをわかっているからこそ落ち込まずに住むのだろう。


「でも……ずっと一位をキープしてると飽きてくるのも事実。足掻くことも競える相手もいない」


「お前は誰かと競いたいのか?」


「それはそうだね。人間なんだから、退屈な毎日を過ごしていればつまらないだけだから」


「そうか?」


「トップに立ち続けているからこそわかること」


 怜には理解できることがある。


 怜もかつては変わることのない一位の座を取り続けた一人の勝者だ。だが、それは怜にとって退屈でしかなかった。


 誰かと接戦になるくらいまでの勝負をしたことがない。


 誰も自分に勝負を挑んでくれない。自分では実力不足だと言い、はなから勝負をしてくれる人なんていたことがあっただろうか。


 怜の毎日は退屈という名の檻の中だった。競える相手もいなければ笑い合える相手もいない。渚がその補佐になっているくらいだった。


 だからこそ怜は葵の退屈な毎日というのにものすごく共感できた。


「退屈が変わればお前も少しは楽になるか?」


「そうだね……一度でいいから、一位以外の結果を取ってみたい。周りからなんと言われようと体験してみたい」


「……一位以外か」


 怜はボソッと呟いた。


 それがかつて自分が抱いていた感情と同じものなのか内心疑った。


 一位ではない、トップ以下のランクを体験してみたい。それが怜が当時抱いていた感情なのだろか。


「夜狼くんが相手になってくれてもいいけどね」


「俺はそういうのに興味ない」


「それは残念」


 そう言うと葵はニッコリと笑い部屋の中に入っていった。


 一人残った怜は考えていた。過去の栄光を捨てた自分がまた一位をとってもいいのだろうかと、自分を咎めた。


 今日渚から言われたその一言が脳裏をよぎった。


『怜も本気を出せば一位を取れる』


 確かに怜は狙えば本気を出さずとも一位を取れる。


 つまり葵にも勝つことができてしまう。


 だが、怜には一つの疑問が残っている。


 本気を出さずに一位を取って葵が納得するだろうか。


「納得はしないよな……」


 なぜ葵の思いに答えようとしているのかわからないまま怜は部屋に入って眠りについた。



「怜くん。二学期最初のテストで学年1位を取って」


「は?」


「いや、「は?」じゃなくて。一位を取って」


「それはわかるんだけど、なんでこのタイミングで?」


 一学期の終了まで残り二週間を切り始めた頃、怜の家に一人の少女がたずねてきた。というのも何を隠そう彼女は怜の姉である波夜瀬玲奈である。


 学園三大美姫の一人でおそらく学校一のマドンナは玲奈である。告白された回数は2年で100は軽く超えている。


 運動部のエースから告られるなんていくらあっただろうか。その度に断っては愚痴を怜に言いに来ている。


 今日はその愚痴を言いに来たのだろうと思ったがそうではなかった。


「怜くん高校に上がってから急激に成績下げたじゃん? 今まで成績学年一位だったのに」


「玲奈には関係ないだろ」


「お姉ちゃんって呼んで!」


「いやです」


 やたら玲奈はお姉ちゃんと呼ばれることに固執している。そんなにも弟から呼ばれることが嬉しいのだろうか。とはいえ怜は生まれてこの方玲奈を名前以外で呼んだことがない。


 そのため玲奈はいつしか怜にお姉ちゃんと呼ばれることに期待している。


「それよりも、俺はもう二度と一位は取らないからな」


「なんでぇ~取ったところで損ないんでしょ?」


「ないからこそ取りたくないんだよ。得をすることもないのになんで取らなきゃいけないんだよ」


「怜くんってそういうところ昔からあるよね」


「うるせえ」


 怜は玲奈にからかわれることを嫌っている。


 というのも玲奈のからかいにはときに過剰なスキンシップが加わるため怜としてはそれが何よりも嫌なのだ。やめるように言ったとしてもやめる気配がないため最近は諦め始めている。


「仕方ない……じゃあ、条件ね」


「条件?」


「そう」


「なんだよ条件って」


「シンプルなものだよ。私が怜くんの家に移住するってだけ」


「は?」


 何気ない笑顔でとんでもないことを言った姉に唐突に疑問と何いってるんだこいつ、と思ってしまった。


 普通に考えて言い訳がない。高校生の姉弟がひとつ屋根の下で暮らすなど。


「怜くんもが次のテストで一位を取らなければ私が怜くんの家に住み着きます」


「うん、ふざけんな?」


 あくまで平常心を保ちつつ状況判断に全神経を注いだ。


 なぜそんなぶっ飛んだ話をそこまでの笑顔で切り出せるのか。怜にはこの姉の考える事がいまいちよくわからなくなることが多々ある。


 これも全ては怜の母から来ているからである。


「どうする? 一位を取らない限り、怜くんの平穏な日常は崩れ去るけど」


「それだけはやめてくれ。玲奈が俺の家に来たら過剰なスキンシップの末に俺が死ぬことになる」


「あら、それいいね。美人のお姉ちゃんに甘やかされてイチャイチャできる毎日を過ごせるなんて、生きていたらそう味わえないよ?」


「味合わなくていいんだよ。この脳内お花畑が」


「ひどい! お姉ちゃんになんてこと言うの!?」


(めんどいな)


 玲奈の甘やかしはとっくに限度を超えている。


 イチャイチャというのもほぼほぼ玲奈が好き勝手に怜のことを物理的にいじりまくるだけだ。怜はいい気分ではない。


 確かに玲奈は美人で綺麗だとは怜も実感しているが、その美貌を弟に押し付けないでほしいと思っている。


「俺はもう二度と一位は取らないって決めたんだ。何を言われてもやらねえ」


「お姉ちゃんが同居するようになっても」


「構わない。全力で無視するから」


「うーん……怜くんってなんで突然成績落としたの? 昔は成績落とすなんてことなかったじゃん」


「理由なんてなんでもいいだろ。単純に一位に飽きたからだ」


「うわっ、強者のセリフじゃん」


「うるせえ」


 高校に上がり成績を落とした理由は単純に飽きたという理由だけではない。


 明確な理由を自身で把握せずにトップを取るのをやめたのだ。


 それが正しいことなのかは今でもわかっていない。だからこそ、その答えを探すために一位を二度と取らないという選択をした。トップを取らなければいずれその答えが見つかると信じて。


「とりあえず、お父さんとお母さんからも取るようにって言われているから。それだけはよろしく」


「なんでそれを早く言わない」


「いや~お姉ちゃんなら怜くんは聞いてくれるかなーって思って」


「根本的に間違ってるよ」


「アハハ、じゃあそういうことだから」


「笑ってんじゃねえよ」


 玲奈は笑いながら立つと玄関に向かって歩き出した。


 怜はそのフワフワした後姿を見ながら呆れの溜め息をついた 。


「なあ、玲奈」


「んー? どしたー?」


「玲奈が告白断ってる理由ってなんだ?」


「え? 怜くんが好きだからだけど」


「悪い、なんか幻聴が聞こえたみたいだ」


「なんか今日やけに酷くない?!」


「いつもだろ」


 そしてこのまま玄関先にいられるとめんどいと思いさっさと家から放り出した。


 自分で引き止めておいて追い出すのはどうかと思うが気になってしまったものはしょうがないのである。


 正直言うと怜は姉のブラコンに少々嫌気が差していた。それでも嫌いにならないのは玲奈が姉としての役目をしっかりと果たしているからでもある。


 だからこそ怜は玲奈がスキンシップをしてきても軽く受け流すだけで引きはがすことはしない。若干自分もシスコンなのではと思いつつも考えるだけで吐き気がするため考えないことにしている。


(かったりぃ……なんで一位取らなきゃいけないんだよ)


 脳内でニコニコ笑っている玲奈に愚痴をこぼして無理やり眠りについた。


 その日の夜。


 玲奈から同居してやる、と言われたからか、夢の中で玲奈がしつこく迫り、誘惑してくる夢を見たが、即座に毛布に包んで梱包し、宛先を実家にして郵送することで解決した。


 そのため、それ以来はぐっすりと寝れたのであった。

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