第4話 マドンナと部屋掃除
翌日、怜は葵の家を訪れていた。と言ってもすぐ隣が葵の家なため家を出て隣に移動すれば簡単に着いてしまう。
まさか学校一のマドンナの家が自分の家の隣だなんて未だに実感がわかない。
インターホンを鳴らすとその家の主が出てきた。今日はつまずかなかったらしい。
「おはよう。寝起きか?」
「おはよう……」
「悪いな、寝起きの時に来て」
「いいや、待ってたから」
寝起きの状態でよく躓かずに玄関までこれたなと思ったが、見た感じ少し道は開いていた。
というよりいまは昼間なのだが、寝起きということは昼寝の真っ最中だったのだろう。
「どうぞ入って」
「お邪魔しまーす」
「どうぞどうぞ」
怜は葵の家の中に招き入れられるや否やその部屋の散らかり具合を改めて実感した。足の踏み場もないくらいもあるかないかくらいの散らかり具合だった。もはやあきれる以前の問題だ。
「よくもまあ、ここまで散らかすことができるな」
「うるさいなぁもう……」
「同情はする。俺も元々掃除は苦手だったしな」
「え?」
実のところ怜は中学二年生の頃までは掃除も出来ないというか家事全般ができないダメ人間だった。部屋は散らかり放題であり、親に注意をされたとしても片付けることはないほどにはダメ人間だった。
「無理やりやらされたのが半分だけど、もう半分は自分を嫌いにならないためにどうしたいかを考えた結果片付けようと決意したのが始まりだな」
「……自分を嫌いにならないため?」
「これは俺が勝手に思ってることだけど、自分がダメ人間になると自分自身の心まで陥落していく」
たとえどんな人でもまともな生活をせずに生きていればいつのまにかその生活が影響されるのは間違いない。大人になろうがたとえ人生を変える出来事が起きたところで、その生活が身についていたらいとも簡単に自分を変えることなんてできるはずがない。
そしてそうした生活を子供のころから繰り返した人が向かうのは至ってどん底である。
どん底に落ちた人は生活習慣を直すことができず周りから人が消え、孤独を味わう。そしてそうなってしまった人は自己嫌悪に陥り、何もできなくなってしまう。人によるが基本がどん底というのは変わらない。
「だから今後お前がこんな生活を送れば、お前は間違いなく何もできない大人になるだろうな」
「そんなの嫌だな」
きっぱり拒んだ。
少なくとも葵自身が自分から部屋を片付ける決心をしてくれるのであれば願ったり叶ったりでもあった。
「手伝ってくれるんだよね?」
「昨日も言ったが俺は自己満足でやる。ここまで来てやめるなんて真似はしない。というかそこまで俺は廃ってない」
「……ありがとう」
葵からの救済を改めて受け、怜はさっそく作業に取り掛かった。
「言っておくが妥協は許さない。徹底的にきれいにしてお前の顔に恥じないくらいには綺麗にしてやる」
「……! ありがとう……お願いします」
「ああ」
葵は弾かれたように笑顔でお礼を言った。その顔を見た怜は可愛い笑顔も出来るじゃん、と思い微笑み返事を返した。
それから約五時間が経過した。外はすでに真っ暗である。時計を見ると6時を過ぎていた。
部屋はすっかり綺麗になり、ゴミ一つ落ちていないくらいにキレイになっていた。あちこちに散らかっていた本などは必要なものを除き縛ってまとめ、そこかしこにあった服はとりあえず洗濯籠にまとめ個別洗濯機入れて洗濯した。
わずか五時間でホントにやったのか思うくらいの綺麗さだった。
「まあ、こんなもんか」
怜は深いため息をついて達成感に浸った。
フローリングは愚か窓ガラスやサッシは元の綺麗さを取り戻している。
太陽が姿を隠していることが怜と葵の奮闘の時間を物語っている。
「姫野は……寝てるか……」
スース―、と寝息を立てて寝ている葵を見て怜は呆れたが叩き起こしたりはしない。
理由はただ一つ。この時間まで休むことなく動き続けた葵を見ていたからだ。ほぼ無言状態で進んでいった大掃除だが、基本は怜の指示の下、葵がそれをこなしていくの繰り返し。さぞ疲労がたまっているに違いない。
普段慣れないことをするといつもの倍以上の疲労を感じるというのはこういうことなのだろう。というか怜は感心した。
これまで整理整頓をしてこなかった人がわずか五時間足らずで見違えるほどに綺麗にしたことがありえないまであった。怜の加減の知らない指示に嫌な顔一つせずにやり遂げた。
「さすがは運動神経抜群ってだけあるな」
葵は運動神経は学年一であり、体力だけは通常よりもあるほうである。そのため大掃除は体力的に問題はずだが、慣れないことをすれば体は悲鳴を上げる。
夕方になるまでひたすら大掃除をしていたのだから仕方がない。
「……てか、無防備すぎるだろ。少しは警戒してから寝ろよ。まあ、俺は何もしないけど」
完全に疲れ切っているのか無防備の状態でぐっすりと寝ている葵を見て怜は呆れるしかなかった。もちろん怜が何かすることはない。というより怜はそういうことにまったく興味がない。
学校のマドンナが寝ている隙に襲ってやろうとも思わないし、怜は自分に得になることしかやらない主義者なのである。
それにしても無防備すぎた。少しは警戒してから寝ればいいものを一切起きることなく、ぐっすりと寝ている。疲れが抜けたからなのはわかるが。
「ハア……学校とは大違いじゃねえか」
その学校とは明らかに違う姿に呆れているのか意外性に驚いているのか、自分でもよくわかっていなかった。だが、一つ言えるのは学校の態度より今のほうが圧倒的に可愛らしさがあるということだ。
「……この嘘つき」
怜は微笑み、自分の家に毛布を取りに行くのであった。
翌朝、怜の家に葵が訪ねてきた。
「お……おはよう……」
「なんでそんな歯切れが悪いんだ?」
「あぁいや……その、昨日はありがとう……」
「ああ、別にいいよ。自己満足だし。それよりよく寝れたか? ソファーで寝たからそのまま放置状態にしたけど」
「あ、うん……その、タオルケットありがとう。お陰でぐっすり寝れたよ」
「ん」
怜の自己満足でやるとは言っておいたのにもかかわらずきちんと俺を言いに来るところ律儀だなと思ってしまうが、どうやら優等生などと自分を持ち上げられることは好きではなさそうなためすぐに頭から消した。
タオルケットを受け取ると怜は昨夜、帰って玄関に置いておいた葵の家の鍵を手に取った。
「これ、お前の家の鍵。致し方なく持ち帰らせてもらった」
「あ、ごめん。預かってもらって」
(預かる……まあ、そうなるのか?)
預かったという単語に疑問を抱きつつ、何も考えなかったことにした。
「もう部屋を散らかすなよ。次は手伝わないからな」
「わかってるよ。ボクそこまで甘くないので」
「そうかよ。まあ、しばらくは大丈夫だと思うが」
「そうです。ボクにだってやろうと思えば片付けくらいはできるし」
「そう思うならなぜ初めからやらなかった……」
「うぅっ……」
淡々と信用性ゼロの言葉を発せられ、葵のMP<メンタルポイント>はほぼゼロに近かった。
怜はというと内心面白がっていた。学校のマドンナだとか言われている彼女をこうも簡単にからかえるのが愉しくて仕方なかった。
というのも、怜は大の悪ガキでもある。普段は真顔で素っ気ない態度をしているが、いじられたり煽られたりなどと調子に乗った奴らが怜に対してちょっかいを掛けた後、怜はタガが外れ相手が二度と怜に手を出せなくなるほどの地獄を見せるくらいだ。
いたずらの域を軽く超え、もはややり返しという名のいじめだ。
そのため面白いことが好きな怜にとって最高のシチュエーションなのである。
「一週間今の状態が保てたら上出来ってところだな」
「一週間でいいの?」
「まあ、初めのうちはな。できるなら永久的がいいが」
「わかった。頑張る」
何を頑張るのかわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
おそらく葵なら大丈夫だろうと思いつつ、これ以上彼女をからかうのはやめることにした。
「そういえば、夜狼くんって料理もできたりするの?」
「どうした急に」
「あーと、あそこまで生活能力が高いとなると料理もできるのかなと思って」
「まあ、できなくはない」
「すごい。滅多に男子で料理をする人はいないって聞いたんだけど」
どこ情報なのかはわからないが、基本的にずぼら男子はめんどくさがって一人暮らしでも料理はしない。というか一人暮らしすらしないだろう。
そうなると怜は異例中の異例となる。高1で一人暮らしをしているうえに生活能力は一般男子を上回るほどだ。怜がいかに生活能力叩き込まれて来たのかは言わずもがなである。
「まあ、昔から私生活を整えろとは言われ続けたからな。そのうち身についたと思ってもらっていい」
「なるほど。それはいいことを聞いた」
「は? 今のどこがいいことなんだ?」
「いや、お気になさらず」
「……?」
この前もそうだったが、葵は時折不思議なことを聞いてくる。
聞いてくる分にはまだいいのだが、その内容が明らかにマドンナの聞いてくることじゃない。とはいえ、マドンナも中身は一般の女子だ。気になれば聞きたくなるのも無理はない。それにしても好きでもない男子の私生活を聞いてくるものだろうか。
怜にはわからないことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます