第3話 ずぼら女子

 次の日の放課後、怜は先生から頼まれてプリントをお隣さんの家に届けに行った。


 何やら葵に渡すのを忘れていたため、近所の怜に届けて欲しいとのこと。


 めんどくささを覚えながらも家に帰り、葵の家を訪ねることにした。


 インターホンを鳴らすとすごい音と共に家のドアが開いた。


 少しだけドアを開けて顔を出したのは隣人である姫野葵だった。


「なんかすごい音したけど」


「大丈夫。何の問題もないよ……」


「問題ないならなんでそんな隙間から顔を出してるんだ?」


「女子の部屋を何の気なしに見るのはどうかと思うけど」


 明らかに大丈夫な音ではなかったが、葵の道理は正しい。


 女子の部屋の中を平気で除くのは男としていかがなものかと思い軽く流した。


「これ、先生から渡しといてくれって」


「……ありがとう」


「……ん」


 怜の担任の先生は家庭訪問などでちょくちょく家に来る。そのため怜は怜の隣の家が葵の家だということは知っている。その理由としては、いつ、どこから情報が漏れるのか分からないため、怜がめんどくさいことになる前に話を切り出したからだ。


 先生にもこのことは内密にしてもらっているため、学校でバレることはないが、生徒の個人的なお願いを守れずに担任が務まるはずないと言って半ば脅したのが事実なのだが。


「もう一度聞く。本当に整理整頓できてるんだよな」


「な……なんでそんなこと聞くの? 信用できないってこと?」


「ああ、できないね。さっきの音からしてゴミ屋敷になっているような予感がする」


「失礼な。前にも言った通り掃除くらいしている」

 口だけだろうというのは目に見えてわかった。

 さっきの音からして玄関先にあったゴミ袋か段ボールを蹴飛ばして倒れかけたのだろう。そのため葵の大勢は倒れかけた状態で立つのもままならない状態なのが想像できてしまった。


 怜はため息をつくと少し悪戯したくなった。


「じゃあこのドアを全開にしてもいいよな? 綺麗にしていればドア全開で立っていれるはずだよな」


「……うっ。それは……」


 怜が聞いた途端葵が言葉を濁したのを怜は聞き逃さなかった。


 怜がドアに手をかけた途端に葵が大きな声で止めた。


「ちょっと待って!!」


 突然大きな声を出されてさすがに怜も驚いた。


「分かった……っ! わかったから、少し待って……」


「はいはい」


 怜がそういうと葵はドアを閉めて部屋に入っていった。


 怜は改めてため息をつき隣人が完璧ではないことを実感した。


 数分後、ドアが開き本人が出てきた。


「なんで着替えた?」


「だって、家の中を見せるわけだし」


 見た感じ先程とは明らかに服装が違ったのでこの数分の間に私服であろうものに着替えたのだろう。というかさっきのはほぼ部屋着でもなければ制服でもなかったため、確実のパジャマだったのだろう。


「見るのは玄関先だけだ。部屋までは見ない」


「え? あっ、そうなの?」


 なぜかに肩をすくめているのはのは気のせいだろうか。


 それ以前に予想は見事に的中していた。見ただけで呆れるくらいの汚さだった。


 壁際には段ボールが積み上げられており、反対側にはズラッと空のペットボトルの入ったゴミ袋が並んでいた。


 その人一人通れるか通れないかくらいの廊下の狭さに怜は呆れるしかなかった。


「……その、なんというか」


「目も当てられんな」


「すみません……」


「別に謝る必要はない。というかひとり暮らしを始めるのにズボラって当たり前なんだよな……」


 実際にそうだ。実際のものを見れば葵の家は中の下だろう。


「まあ、方法なんていくらでもある。一番の問題はお前がどうにかしたいと思うかどうかだな。」


「もちろん思ってるよ……」


「ならよし」


 基本的に片付けようと思わない限りとりかかるのには苦労する。


 慣れてしまえばなおさらやる気は起きなくなる一方だ。これは人によるがやる気がなかったとしても一度やって体になじませたら誰でも簡単にできてしまうのも間違いではない。


「なら、今週の金曜日休みだしそこでやるか」


「え、いいの? お願いしても……?」


「自己満足」


 怜としては自分の自己満足でやろうとしているのだが、それにも訳がある。


 ただ隣人が汚い部屋で生活していると考えると気分がいいものではない。それ以前として、葵が整理整頓ができないことには驚いたものの心配が勝ってしまったというのもある。


「シンプルに居心地が悪いってのもあるけどそれ以前に完璧超人と思いこまれているやつが、まさか部屋の掃除ができないダメ人間だと知られたらどうなることやら……」


「……うぅっ」


「そうなるとみて見ぬ振りした俺がいたたまれなくなるから素直に頼れ」


「……お願いします」


「ん」


 葵は学校のマドンナであり、そんな彼女のこんなのが表沙汰になりどこからか噂が広がれば葵の今の立ち位置は完全に地の底に落ちることになる。


 それを見ても怜が見て何も思わないといえばそれは嘘になる。だからこそ世話焼きだろうがなんだろうが防がなければならない。


 今週の金曜日に約束をした二人はお互いに分かれて家に戻った。


 その後、互いに家に帰ったが、怜は首を傾げていた。


 なぜ自分が葵の家の、他人の家の整理整頓を手伝わなければならないのか。しかも、つい数日前に初めて話した相手の家に入るというのは大丈夫なのだろうか。


 今になってそんなことが頭に浮かんできた。


 だが、それを気にしたらおそらく負けるのだろうと思い、深く飲み込んだ。

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