第6話 マドンナと初めての買い物

「聞いたよ、次のテストで一位取らなきゃ玲奈さんと同居だって」


「やめろ、思い出させんな」


「いいの? 一位を取らなきゃいけないんでしょ?」


「じゃなきゃ俺が物理的に死ぬ可能性があるからな」


 怜が一番警戒しているのは、万が一学年トップを取れずに玲奈が怜の家に同居するとしたら怜は玲奈に甘えられることを何よりも警戒している。


 そのためには嫌でも一位を取らなきゃいけなくなった。怜からしたらテストで学年トップを取ることは造作もない。それ以前に怜が気にしているのはそこではなかった。


「姫野さんを差し置いて怜が一位を取るなんて簡単にできることだと思うんだけどどうするの?」


「それが一番の懸念なんだよな。玲奈のことだし俺が姫野でさえも抑えて一位を取ることを見越した上での条件付きなんだよ」


「じゃあ、すでに玲奈さんは姫野さんよりも怜が勝っていることを自覚していたってこと?」


「そうなるな」


 こう見えて玲奈は怜並みに頭はいい。学園一位を取っているのも事実だ。


 超ハイスペック女子ながらブラコンという異常。


「なら選択肢は一つだね」


「ああ、一位でもなんでもとってやる。せっかくやるならはみ出していこうか」


「さすが怜。そうこなくちゃ」


 決心を宿したその狂気的な笑みにこれまでとはまた違う感情が溢れてきた。


 またはみ出すことに対しての喜びからなのか謎のワクワク感に押し寄せられていた。今の怜にある感情はめんどくさいやだるいなどと言ったものではなく久しぶりに爪痕を残せるさこうと言った感情である。


「あ、玲奈さん言い忘れたことあるって言ってたんだけど」


「は?」


「次のテスト昔みたいにノー勉強で受けてだって」


「あの野郎が……!」


 怒りが勝った。


 あれから3週間後怜は長期休みに入り家のソファーで暇を潰しを探していた。


 もちろんゲームをやればいいものを怜はほぼすべてのゲームを極めてしまったため何もやるゲームが無くなってしまった。


 今となってはSNSを見るだけといういかにも暇人がやることであり、そこに至ってしまった怜は究極の暇人である。


「渚誘ってゲームでもやるか」


 あまりにもやることがなさすぎるため家に渚を呼ぼうと考えていたらインターホンが鳴った。


 後一時間程度で昼になるが、この時間帯に来る人とは一体誰なのか。


「はい……? は?」


「こんにちは夜狼くん」


「なんでお前が?」


「別に問題ないでしょ? 家隣だし、訪ねてきても」


「いや、そうなんだけどな?」


 気になってるのはそこではなく明らかに何処かに出かける最中なような服装をしていたからだ。まさか出かけることをわざわざ報告してきたと思いづらいため、もしかしたらと思ったがそれはないなと思い頭から消した。


「夜狼さん、今から少し買い物にいこ」


「は?」


「だから買い物に……」


「嫌だよ?」


「なぜ……?!」


 普通に拒むのが当然。嫌な予感はしていたが本当に的中してしまった。


 なぜかなんて言わなくてもわかる。学校なマドンナと外出し、万が一学校の誰かに見つかりでもしたらとんでもないことになる。


 ただ、問い詰められるだけじゃないのは当然だ。怜としてはそれだけは避けたい。


「お前、警戒心とかないのか? 万が一を考えろよ」


「大丈夫ですよ、変装もして行くし。それに疑われないようにもするから」


「お前なぁ……」


「夜狼くんも変装すればいいのでは?」


「わかってるけどさ、変装してバレるかバレないかは紙一重だからな」


「そこは夜狼くんの技量でなんとかしてもらって」


「投げやりかよ」


 なんの計画性もないその提案を飲むか飲まないか悩んだが、ちょうどいい暇つぶしくらいになると考え葵と出かけることにした。




「待たせた」


「大丈夫です。それより結構張り切っていますね」


「普通だろ。なんせ学園3大美姫と出かけんだからな。簡素な変装じゃバレるだろ」


 普段出かけることがないため服装をまともに考えたことがないため、ここに引っ越す前に母親から布教された洋服の組み合わせを試してみた。ついでにメガネもつけて顔で判断できないくらいの変装はしている。


「君って以外とセンスあるんだね」


「親の入れ知恵だけどな。普段そこまで服装とか気にしないし、基本部屋着か学校の制服だからな」


「たしかに制服と部屋着であろう服しか着ているとこをみたことないな」


 単純に部屋着以外の服を着るのがめんどくさいのもあるが、怜の性格上そんなころころ服を変えるのは不便と思っているというのもある。


 基本的に学校にいる時間が多いため制服しか着ない。私服を丸一日来ていることなど休みの日くらいしかないため、数種類の服さえあれば大体はなんとかなる。外に出ないからなおさら無駄な洋服はいらなくなってくる。


 だが、怜の母親は「せっかくかっこよくなれるのだから少しはかっこいい服を着てみばどうかしら?」と言って次から次へと引っ越す前に服を送り付けてきたのだ。


「お陰様で着そうにない服がたまりすぎて困ってるまである」


「ボクは見てみたいけどね。夜郎くんがいろんな服を着ているところ」


「野郎のファッションショーなんて面白くないだろ。そういうのはイケメンがやることだ」


「イケメンじゃん……」


「なんか言ったか?」


「いや、なんでも」


 怜は学園の中ではそこそこのイケメンだが、怜自身それを自覚してしまうとナルシストになりそうで嫌なため自分を下げてみている。


 そのため怜のことを密かに噂にしている女子がちらほらいることも怜は知らないでいる。ちなみに渚はそれに気づいているため怜をとりあえずの鈍感ということにしている。


 行く宛も分からぬまま町中を歩いていくと、大きなショッピングセンターが見えてきた。


 怜の家の数キロ離れたところにはこの街一番大きなショッピングセンターがある。


 様々なファッション店やレストラン、ゲームセンターなどが集まった巨大ショッピングモールだ。毎日のように大勢の人が出入りしている。


「なに買うんだ? ここに着たってことは何かしらの目当てがあるんだろ?」


「うん、まあ服を見に来たんだ」


「そんなに種類持ってないのか?」


「持ってるには持ってるんだけど流石に同じやつ着ていると飽きるんだよ」


「なるほど……?」


 流石は学校のマドンナといったところか。それだけの種類を持っていながら着飽きるとは……


 そしてこのとき怜は一緒に買物付き合ってくれ、と言われた理由を察した。


「つまり俺は姫野が着た服に感想を言えと?」


「察しが良くて助かる」


「それを俺に要求する意味とは? 別に女友達がいるんならそいつらに頼めばいいんじゃないのか?」


「ボクにはそういう友達がいないので……」


 地雷を踏んだと思ったが、そういうわけではなさそうだ。


 葵には友達がいないわけではない。いるにいるのだが、このように一緒に買い物をできる友達がいないのだ。誘おうにも誘った時点で女子は緊張してしまってまともに受けてくれない。かと言って男子を誘おうものなら間違った解釈をされてめんどくさいことになるのが目に見えるため誘う気にもなれない。


「それに至って俺は平気ってわけか」


「君はボクに色目を使うような人には見えないから」


「そりゃどうも」


 気のおける存在として見て見られていたことには若干の嬉しさを覚えた。ただそれだけ。


 怜は葵のことをなんとも思っておらず、隣人であり顔見知り程度の知り合い……としか思っていない。そのため葵に対して恋愛感情を抱くことはない。というよりも怜は一切そういった感情に興味がない。今までほぼ一人でいたためそのような感情を抱く状況がなかったのだ。


「ここか?」


「そうだよ。ここ普段からいろんな服を買いに来てるんだ」


「ふーん」


 見覚えのあるところだなと思ったが、この店は怜の母親がよく玲奈と買い物来ている店だった。怜はついていくのがめんどくさいため店には入ったことがないが外観だけ走っている。


 店には色とりどりの様々な種類の服が並んでいた。大人っぽい服から子供の着る服まで勢ぞろいだ。確かにここでなら買うものにも困らないのが見て取れた。


 怜も店の中を葵と付き添いながら回った。おしゃれな内装に落ち着きを覚えてしまうほどに綺麗だった。


「数着試着しますので感想を教えてほしい」


「ああ」


 そう言うと葵は服を持って試着室に入っていった。


 近くにあった椅子に座り、スマホをいじって待っていると少ししてからカーテンが開き葵が出てきた。


「どう?」


「ん、おお、大人っぽくなったな。普段からクール系な服着てるから大人っぽいものが似合ってる。姫野のスタイルの良さを更に引き立ててる感じが出てていいんじゃないか?」


「そ、そう……」


 そういうと葵は再び試着室の中に入っていった。


 そしてそのまま鏡に額を付けて顔を赤らめる。


 まさかの返しだった。何もやる気のない人に思っていたのだが、しっかりと葵が褒めてほしかった部分を的確に返してくれた。


 自然と頬が赤らんでしまったことをすぐさま隠し次の服に着替える。


 そして着替え終わるとカーテンを開けた。


「これはどう……?」


「今度は一気に大人らしさからかっこよくなったな。大人らしいかっこよさもいいけどシンプルなかっこよさもありかもな」


「そっか、ありがとう……」


 再び試着室に入り先程よりも頬を赤らめた。嬉しい以前に恥ずかしさが勝っている。なぜ何気ない顔してあそこまで褒めちぎることができるのか。

 普通であれば学校のマドンナと詠われる女子が様々な服を着ているのだから少しはぎこちなくなるのが当然だ。


 それ何もか買わず怜は恥ずかしがることなく「かっこいい」や「かわいい」などと一言で終わらせるだけでなく一言感想をいった上でどこがいいのかをしっかりと教えてくれた。嬉しいのは嬉しいのだがそこまで真顔に近い状態で言われると逆に照れるまである。


「じゃあ、次はこ、れ……」


「えっとな……」


 葵は目を見開いた。なぜなら目の前で自分の連れが逆ナンにあっているのだから。


「いいじゃん! お兄さん暇そうだし一緒に遊ぼうよ!」


「いやですって」


 女子高校生だろうか2人から迫られ困る様子はないものの立ち往生していた。


 葵はすぐさまカーテンを閉め、元々着ていた服に着替えた。


 そして試着室を開けると一直線に怜のもとに突き進み怜の腕を掴んだ。


「行くよ……」


「お、おお」


「あ、ちょっと……!」


 葵は怜の腕を掴みながら女子2人を睨んだ。


 そしてツカツカとレジに向かい支払いを済ませ、すぐさま店を出て次の店に向かって歩き出した。

 ないが起きているのかわからない怜はただ葵についていくだけだった。


 少し歩くと姫野が止まった。


「姫野? どうかしたか?」


「もう少しで夜狼くんの正体バレるところだった?」


「いや、大丈夫だろ。ちょっとやそっとじゃバレないし」


「今の2人明らかにボクたちの学校の生徒だよ」


「ああ、確かにそうだな」


 近くにあったソファーに座りながら淡々と話した。


 先程ナンパしてきた二人の女子は明らかに怜と葵の通う学校の生徒だった。見覚えがある。


 そのため怜はすぐに気づき下手なことがないように断ったのだ。


 葵も気づいていたようだがおそらく気になっているのはそこではないことが予想できた。


「バレていないといいんだけど……」


「まあ、変装はしていても髪色とかでバレる可能性もあるしな」


「そこが一番の問題。特にボクの髪色は特徴的だから……」


 怜は黒髪に若干紫色をしているためそこまで注意深く見ていない限りは正体がバレることはない。


 メガネなどもしているためまずありえないのだが。


 問題としては葵の方だった。わかりやすくらいに藍色のグラデーションを入れているためバレるときは簡単にバレる。何と言っても学校のマドンナ様なのだから。誰もがその姿には見覚えをがあるため学校の人と出会した際は簡単に気づかれてしまう。


「問題はないとは思うがもし学校で問われたらノーコメントを貫くことにするか」


「そうだね。万が一ということもあるし」


(厄介なことにならんといいが……)


 怜のその予感は見事に的中してしまうことになる。

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