第2話 サーチアンドデストロイ
『とにかく、まずはスキルを発動してみたら?』
「うう……嫌な予感しかしないんだよな」
スキルを取得できるチュートリアルダンジョンは、ダンジョン攻略の基礎を覚えるための場所で、出現するモンスターは全て幻影となっている。
つまり、戦っても傷ついたり死んだりすることはない。
だが、本物のダンジョンは違う。
どれほど低レベルのダンジョンにも、本物のモンスターが出現するし、罠もある。
弱いモンスター相手でもケガは覚悟しなければならない。
運が悪ければ死ぬこともあるのだ。
今俺がいるのは、地下鉄に出現した、モンスターはネズミとかコウモリなんかのさほど脅威にはならないとされるものしか出現しない、という触れ込みの初心者向けダンジョンだった。
協会の人から『攻略者になった人が最初に行くダンジョンだから安心ですよ』と、うさんくさい笑顔でオススメされた場所でもある。
俺としては、そもそもダンジョンに興味なんかなかったし、堅実な人生設計に攻略者という職種を組み込むバカもいない。
つまりダンジョンについては何も知らないようなものだった。
協会の人の言葉を信じるしかないが、信じたくない気持ちが強い。
ようするに不安しかないのだ。
『ミコト、スキルの使い方、わかる?』
「……わかる、けど……」
スキルの使い方は、授かった瞬間から理解できるようになっている。
俺も、このスキルを取得したときから、ものを見るには目を開いて注目する、みたいに、言わずともわかる感じで理解できた。
だけど、使えるのと、ちゃんと使いこなせるのとは、天と地ほど違う。
「サーチ」
口に出す必要はないのだけど、俺は自分のスキルの使用を開始した。
瞬間、俺は周辺の全ての状況を認識する。
周辺、というのは具体的な距離感はよくわからないが、俺が通っていた高校の敷地全域ぐらいの広さはある、と思う。
そんな広さの場所の情報が一気に頭に入ってきたのだ、俺は思わず混乱しそうになり、足元がおぼつかなくなってふらりと体を揺らして、慌てて数歩歩くような形で立て直した。
が、自分のスキルですぐに理解する。
そこは罠床だ、と。
罠床とは、文字通り罠がある床で、特定の場所を踏むことで罠が発動する仕掛けだ。
ダンジョンを作った魔法使いが何のゲームを参考にしたのかは知らないが、今回のような低レベルダンジョンにもちゃんと罠があったりする。
「あっ」
認識した瞬間に避けられるなら、その人はきっと超人だろう。
俺はもちろんスキル以外は普通の人間だ。
慌てた声を発すると同時に、床から炎が吹き出したが、避けることはできなかった。
『きゃあ! ミコト! 大丈夫っ!?』
大丈夫ではもちろんなかったが、さすが低レベルダンジョン、火力はそれほど高くはないようだ。
対ダンジョン協会から支給された装備一式は、初心者用としてはそこそこ性能がいいため、装備が焦げることもなく、火傷もしていない。
……いや、装備に守られていない手の甲が少し赤くなっているな。
まぁ、その程度だ。
「大丈夫。平気だよ」
一応男の子らしく強がりは言う。
小心者と評判の俺にもプライドはあるのだ。
『お、おい、大丈夫か?』
そのとき、知らない声が届いた。
いや、正確に言えば、その声は機械的な読み上げ音声で、俺自身が設定したものだったけど、まさか今聞くとは思っていなかった声だ。
ダンジョン配信の場合、いちいちコメントを見て対応することなんて無理なシチュエーションが多いため、コメントには読み上げ音声をつけるのが一般的とされている。
少なくとも、俺はアサミねえちゃんからそう説明された。
そこで、俺は身内からのコメントにはわかりやすく固定読み上げ音声を充てることにしたのだ。
読み上げ音声は機械的なものだけど、調整すればそれなりに実際の声に似せることはできる。
なので、本人に寄せた声を聞いて安心したい気持ちからそうした。
だけど、今聞こえた声は、無調整の、まさに機械的な声でしかない。
つまり知らない人、ということになる。
『ああ、すまない。俺は初見の視聴者だ。初めてのダンジョン配信を観るのが好きで、そういうのを巡回してるんだ』
「そう、なんですね」
身内以外が観に来るのは意外だったけど、別に俺は人嫌いという訳ではない。
むしろダンジョン攻略の怖さをごまかすために、にぎやかなほうが嬉しいぐらいだ。
だからその視聴者さんに対して嫌な気持ちは持たなかった。
「心配していただいてありがとうございます。ちょっとスキルを使い慣れないので、ふらついちゃって」
『ああ、初心者だとそういうのあるよな。そういうときは手のひらにモンスターって書いて飲み込むといいぜ』
なるほど、この人はダンジョン配信初心者にアドバイスするのが好きなのかもしれない。
そういう人は、いわゆるアドバイス厨として、ダンジョンに限らず配信者界隈では嫌われる傾向にあるんだけど、俺を怒ったりするのではなく、純粋に心配してくれているようなので、俺は逆に温かい気持ちになった。
「いいですね。それ」
手のひらにモンスターって書くのはちょっとスペースの関係で難しかったけど、見えない文字のモンスターを飲み込んだ真似事をしてみる。
不思議と気持ちが落ち着いた。
「続けていきます」
第一段階のサーチが終わって、スキルの次の段階が、飛び出そうとする子どものような落ち着きのなさで待機している。
「デストロイ」
静かにそう呟く。
途端に爆音が響いた。
マイクが拾えないほどの爆音に、少しの間音声がミュート状態になっていたようだ。
『ミコト、何があったの? 見えないし、聞こえないよ?』
『うおっ! なんじゃこりゃあ!』
解析した敵対の可能性がある存在をそれに対応した攻撃で殲滅する。
それが、サーチアンドデストロイというスキルの力なのだ。
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