第6話 夢から醒めた夢

あまりにも不条理で、悲しい目覚めだった。


竜人にとって、これほどまでに悲しい目覚めは、かつてない事だった。


再び出会えるかわからない、夢の中という世界。


生まれて初めてといっても過言ではないほど、自分の存在を受け入れてくれたと感じられた世界。


「俺からダコイカサを奪ったやつがいる…」


竜人の心には、どす黒い憎しみと、深い悲しみが溢れ、自分をダコイカサから引きずり出そうとした存在を、自分の持てる全ての力をもって消し去ろうと心に決める。


未だ続く、肩口へのユサユサという振動。


腹部への圧迫感まで加わりだし、いよいよ目を開く時が来た。


(俺の理想郷は失われてしまうだろうが、お前の命はダコイカサに添えてやる!!)


かつてないほどの力を相手に向けようと目を見開いた竜人の視界に入ったのは、竜人の腹に跨って肩をゆすっている、夢の中で救った兎の少女だった…


「ヘゥッ!?」


一瞬にして、『力』は霧散し、憎しみに狂いかけていた竜人は、憎しみによる力の開放を行うことなく、むしろ困惑の極みへと導かれていた。


「hbぐいあんるb、ヴぁりえwwてttおdsj!!」


ウサギの少女が竜人に向けて怒りとも照れともつかない表情で何かを言っているが、全くもって何を言っているのか理解出来なかった。


例え通じる言葉で話しかけられていたとしても、直前までの心理状態を鑑みるに、竜人が会話を理解出来るだけの状態であったかと言われれば、答えはノー、だろう。


竜人はダコイカサを失っていなかった喜びを感じつつ、これもまた醒めてしまう夢であると思うと、悲しみを抑えられなかった。


ただ、目の前にいる少女は太ももに新たな包帯を巻いてはいるものの、不思議とやり切ったような表情をしている。


その表情を見て、少女が無事だった事実を噛み締め、ついさっきまで憎しみまみれだった竜人の心は、ダコイカサの夢の延長戦と、その少女が助かってくれた喜びに溢れ、目に涙を浮かべながら、思わず「助かってくれてありがとう!」と言って兎の少女を抱きしめた。



~~~~~



兎獣人の少女アリスは、足の痛みで目を覚ました。


目に映る風景は、アリスにとって見慣れたもので、彼女の部屋で間違いなかった。


いつも寝起きしているベッドから飛び出そうとして、再び足の痛みに意識が集中させられる。


思わず「痛っ!」と声を出し、布団を退かしてみると、そこには綺麗に包帯が巻かれた自分の足が見えた。


ここに至って、アリスは自分の置かれている状況が分からなくなってしまっていた。


「うぅ~ん…」と唸っていると、部屋のドアが開き、見慣れた人物が入ってきた。


「目が覚めたかい?」と声をかけてきたのはアリスの母、イリスだった。


イリスはアリスを軽く抱きしめると、「本当に心配したんだから。」と声を震わせた。


その声を聴き、アリスは何度も「ごめんなさい!」と謝り涙を流し、生きて帰れたことに感謝した。


それから数十分の後、村の戦士たちがアリスの部屋へと事情を聴きにやってきた。


村の戦士長であり、アリスの父でもあるダンクは目を覚ましたアリスを見て安心した様子を見せたが、未だ解決していない問題があるため、アリスに質問を始めた。


ダンクが言うには、怪我をしたアリスを村まで連れてきた人間族の男がいるが、村の入口で倒れたので死んだのかと思ったが、眠っているだけらしい。


何者なのか、アリスの怪我と関係があるのか、何もわからないが、こんなところに人間族が一人でいるのは怪しい、ということで、一応は牢屋に布団を敷いて寝かせている、とのこと。


そこまで聞いて、アリスは自分の身に起こった事をハッキリと思い出し、ダンク達に説明を始めるのだった。



危険だと止められてはいたが、果物欲しさに森に入ったこと。


果物の樹の下に熊がいたが、自分なら逃げ切れると思って挑発したこと。


ソレは魔熊で、自分の想像よりもずっと素早く、逃げ切れずに足を切られたこと。


この辺りまでで、すでにダンクやイリスを含めて大人たちの怒りは相当なものだったが、アリスの続けた話を聞いて、その怒りもどこかへ消えた、といった表情を皆がしていた。


魔熊が近づいてきて、もう駄目だと思った瞬間、目の前に人間族の男が現れたこと。


助けを求めたアタシに応え、魔熊に立ち向かったこと。


魔熊が人間族に襲い掛かったが、目にも留まらぬ速さで攻撃を躱し、魔熊を一撃で倒したこと。


あの人間族の男は、兎族の物語に出てくる伝説の英雄であること、など、途中途中にいまいちハッキリしない点はあるものの、どうやらアリスを助けてくれたことには間違いなさそうだった。


とはいえ、単独で森を徘徊する人間族などまずいないのも事実であり、人間族が一人で魔熊を倒す、しかも一撃で、なんて信憑性に欠けるため、あの男が目を覚ますまでは様子を見よう、という話に落ち着いた。


牢屋のカギと扉は開けておき、扉の外に見張りをおくように、とダンクが指示を出したが、一部の戦士たちは危険性を考えてカギをかけておくべきだと反対した。


しかし、ダンクの「もしアリスの言うことが本当だった場合、恩人を檻に閉じ込めたことになる。それに、もし魔熊を葬れるような奴だったなら、こんな牢で事足りると思うか?」といった言葉に渋々納得したようだった。



~12時間後~



アリスは苛立っていた。


足の傷は、治療魔術が使える母イリスによって数回の癒しを受け、まだ傷跡と痛みは少し残っているが、10日もすれば痕も残らず治るだろう。


村の大人たちに、勝手な行動を叱られたのも、自業自得であり、仕方ない。


目下、アリスを苛立たせているのは、自分を助けた人間族の男である。


「まったく、いつまで寝てるのかしら!!」


アリスが目を覚ましてからかれこれ半日以上が経ち、村に男が到着し、気を失うように眠りだしてからだともうじき丸1日がみえてくるほどになるが、男は一向に目を覚まさない。


時折、苦し気な表情を見せアリスを心配な気持ちにさせたかと思うと、しばらく後にはニヤァとだらしない表情をしていたりもする。


治療と説教を受け終わったアリスは、早く怪我を治すためにもモリモリと食事をとり、ひと眠りまでしたというのに、この男はまだ起きない。


その間に、アリスから話を聞いたダンクの指示で、村の戦士たち数名が魔熊の死体が本当にあるのかを確認しに行き、森の中で頭の潰れた魔熊を発見、死体を回収してきた。


間違いなく魔熊であるその死体を確認し、危険が去ったことに安堵しつつ、人間が魔熊を仕留めたという事実に新たな言いようのない不安を感じるダンクだったが、まるで自分が仕留めたかのように「どうよ!」という態度のアリスを見て、(あの人間は、本当におとぎ話の英雄かもな。)と、何度目かの牢屋訪問に向かうアリスの後姿を眺めながら思う。



~~~~~



「仕方ないわね、こうなったら!!」と、なにがどうなったら、なのかはアリス本人にしか分からないが、ついにアリスが動いた。


村を抜け出し、果物を取りに行ったことからも分かるように、アリスは行動力に優れ、決断力も高いが、忍耐力が低く、「やや」お馬鹿である。


これからアリスが竜人にとる行動も、悪気はどこにもないのだ。


むしろ、アリスは自分の命を救ってくれた竜人に深く感謝し、なんなら伝説の英雄に違いない!とまで思っている。


そう、彼女は早く感謝を伝えたいのだ。


今すぐにお礼が言いたい!


なのに、その相手は眠ったままである。


これではお礼が言えない、感謝の気持ちが伝えられない!!


でも、アタシを助けるのに凄く頑張って、疲れちゃったのかも?


いや、さすがにもう元気になっているはず!!


なんでアタシがこんなに感謝を使えたがっているのに、この男はいつまでも寝ているのだ、と。


アリスのフラストレーションは限界を迎え、強硬手段に出る。


突撃お礼作戦、開始!であった。


見張りがいるとはいえ、父からの指示で牢の扉は開いている。


途中、何度もアリスが様子を見に来ていたので、見張りの戦士もアリスが牢の中に入るのをさして気にしていなかった。


牢に入りこみ、布団を確認すると、男はまだ眠っていた。


なんだか楽しそうにニヤニヤしている気がする。


その表情を見て、アリスは即、行動を開始する。


笑顔が出るのだから、もう元気なはずだ、というのがアリスの意見であった。


元気ならば、さっさと目を覚ましてアタシのお礼を聞いてもいいだろう、ということで、アリスは男の肩をポンポン、と叩いてみる。


男は起きない。


もう一度ポンポン、、、起きない。


いや、男の表情が、嫌そうに変わり、肩を打つアリスの手を押しのけた。


「むぅぅぅぅ~~、もぉ~~~~!!!」


行動派のアリスは、邪険にされたことにより、より強硬な手段に出た。


男の腹の上に跨り、両肩をグワシと掴んで揺すったのである。


さすがに相当な寝坊助でも、これなら起きるでしょ、と、渾身の肩ゆすりをすること数回、男の表情が尚一層険しくなり、ついに目を開けた。


この勝負、勝った!との思いを抱きつつも、念願かなって男は目を覚ました。


既に男の表情からは、先ほどまでの苦々しさは感じられない。


アリスの中に、まだちょっとイライラは残っているものの、やっと命の恩人はアリスのお礼を聞く準備ができたみたいだったので、男に向かって伝える。


「命を救ってくれて、ありがとうございます!!」


(ふぅ、やっと言えたわ!)と満足げに感謝を伝えた余韻に浸っていると、男は驚いたような顔をした後で、うっすらと涙を浮かべている。


「vむえhrt、lあるいwyzxv!」


次の瞬間、何事か分からない言葉を発した男が、アリスを優しく抱きしめていた。

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