第22話
「…ところでこの音、何?」
「神サマが岩を砕こうとしてる音よ♪」
「早く言ってほしいな…」
「そろそろ砕けるわよ。全員構えて!」
ハルカの声に全員が前を向く。私にできることはなんだろう。次こそはみんなを…彼をあんな酷い有様にさせないために。
「…みんなにお願いがあるの」
私の言葉にみんながこちらを向く。状況は差し迫っている、手早く話さなければ。
「私の『祈祷』でできる限りの加護を授ける。でも詠唱には時間がかかるからその間私を守ってほしいの」
どうだろう。この緊迫した状況で受けてくれるかどうか…私には確信がない。
「…しょうがないわね。自分でシールドは張りなさいよ」
「撹乱なら任せてちょうだい、得意なの⭐︎」
「皆さんのことは、あたしに任せてください…」
「守るのは得意だ、任せてくれ」
みんなの言葉を聞いて、私がふとアスタロトを見た。すると彼はいつもみたいに昏い瞳で微笑んで。
「僕は、いつだってナターシャを守るよ」
そう言うから、やっと自信が出てきた。
「うん、お願い!」
「僕が内側から岩を崩す! 構えろ!」
「初撃は俺が受ける!」
「アタシお先にっ⭐︎」
ジョージアがひと足先に天井代わりの盾をすり抜けて飛び出していく。私は自分を囲むようにまたシールドを張って、それを合図にアスタロトが岩を砕いた。
「『闇は槍となり汝の心の臓を射抜く! ダークストライク!』」
光を侵食する闇の魔法をもって戦闘は再開される。怒りに我を忘れた神に立ち向かうみんなの助けになるように、私は指を絡め詠唱を始めた。
「『闇を払い戦に加護を授けし女神アテナよ』」
目を閉じても音が聞こえる。
大きな風の音、炎の燃え盛る音、爆発音も。
「『眼前で戦いし我が友へその加護を授けたまえ』」
透明な盾の内部で、少しずつ魔力が満ちていく。その中で、他のみんなの魔力の流れを感じた。
「『其れは暖かな光、其れは湧き出す泉、其れは堅牢な鎧、其れは鋭き剣、其れは誇り高き叡智』」
何度も盾に大小さまざまな瓦礫がぶつかっている。盾の限界が来る前に詠唱を終わらせなくては。
「『我らの前に壁は有り、我らは共に手を取り歩き出す。其の道筋を照らしたまえ』」
もう少し、もう少し…!
これで最後だから、どうかみんな持ち堪えて。
「『我はもう一度繰り返す。戦の女神アテナよ、困難に立ち向かいし我が友に誇り高き其の眼を向けたまえ!———オラクル!』」
その祈りは祝福となった。
天から不自然なほど降り注ぐ光が前線にいるみんなを照らし、傷を癒し、体力を回復させ、武器と防具の時間を巻き戻して、魔力を本人の限界より多く漲らせる。これこそが私が使える一番強い祈祷。神の眼そのものをこちらに向けさせ、いくつもの奇跡を起こす。代わりに私の魔力はどれだけ満たされていても必ず尽きる。
私にできるのはこれだけ、あとは見届けることしかできない。盾も張れないから命も危ない。
それでも、できることはしなければ。
私の我儘に付き合ってみんなは命を張ってるのだから。
沈黙と光が収まって、最初に動いたのはアスタロトだった。彼の闇い炎はより勢いを増し、萌え盛る神の稲穂を文字通り焼き尽くす。
その炎に紛れてジョージアが素早く移動し、投げられた短剣はアスタロトの炎を纏って神の創りし風壁を黒い炎の渦に作り替えた。
炎の渦に焼かれた神の叫びが聞こえる。耳を劈くその叫びは大地を揺らしいくつかの瓦礫が崩れ落ちる。
「!」
真上の瓦礫が音を立ててぐらついている。このままでは落ちてしまうけど、今の私には身を守る術がないし走る力は残っていない。
ぐらり、と大きな破片が傾いた。もうだめだと諦めた時、謎の浮遊感が身を包む。
「ジョージア…?」
「アナタの王子様じゃなくてごめんなさいね」
気がつけばジョージアが私を抱えて移動していた。彼は瓦礫のない安全と思われる所に私を下ろすと「アデュ⭐︎」と言って戦線に戻っていく。私は一瞬目を白黒させたけど、大きな爆発音で我に帰った。
「もぉ〜〜〜〜っ! 倒れなさいよ!『氷の大釘よ! 不規則で翻弄し我の敵を貫きたまえ! ランダムアイススパイク!』」
「言ってても仕方ないよ…ナターシャさんのおかげで魔力潤沢だし、がんばろ…『アポロンよ、眼前の敵に疫病の矢を…プレイグ』」
「そこ! おしゃべりしてないで戦いなさいっ!『火遁、豪炎劇!』」
…あれ? 思ったよりみんな余裕があるような。とは思ったけど、話してるのはその三人だけで、レンジとアスタロトは無言で相手を攻撃し続けている。
旅で培われた二人の連携は見事なもので、炎の渦から解かれた神が放つ鋭利な鎌鼬はレンジがいなすか叩き切り、隙をついて上空からアスタロトの炎が降り注ぐ。先ほどと違って勢いを増したアスタロトの炎は神の周囲を囲む稲穂をほとんど焼き尽くし、闇い炎の海へとすげ替えている。
そこへハルカ、ネル、ジョージアの三人が追い風を吹かせ、確実に神を追い込んでいた。
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