第18話

 

 

 ********

 

 

【我らの眷属である人間と悪しき神々の眷属たる魔物共が和平を築こうなどと!】

 降臨せし神の一柱は言う。その叫びは荘厳なわが国の中央教会の屋根と装飾された大きなガラス窓を吹き飛ばした。

 私たちの旅の終着点は故郷オリファ。その城にたどり着いた時、待っていたのは両親ではなく教皇。当然不審に思った私たちは教皇に国王夫妻の居場所を尋ねる。

「何、少しお眠り頂いてるだけでございます」

 教皇は不敵に微笑み転移魔法でどこかに消え去り、ハルカとネルが協力して手掛かりを探し、ジョージアはお父様とお母様を探しに行ってくれた。

「…わかりました!」

「ここら辺に大きな十字架のある建物は!?」

「中央教会だわ! 急ぎましょう!」

 急いで中央教会の中へ突入する。入り口には多くの警備がいて少し戸惑ったけど時間はない。茂みの中で様子を伺いつつ、私は言う。

「…私が囮になるわ。仮にもこの国の姫、役割を果たしてみせる」

 私があそこに向かえば、少なくとも殺されることはないと思う。権限をもって誘導すればレンジたちが中に入るくらいの時間は稼げるはず。

「それはやめた方がいい。国王夫妻が不在なのにこれだけの警備が為されてると言うことは、ナターシャが前に出ても偽物と言われるだけだろうから」

 レンジに言葉にはっとする。確かに、もしかしたら私はまだ帰ってきてないことになってるかも知れない。万が一偽物にでも扱われたら最悪だ、最悪殺されてしまう。

「だったらワタシが出るわ」

「!」

 そう言い出したのはハルカだった。

「あたしも行きます…」

「ネルまで!」

 二人だけなんて危ない。向こうの警備はざっと三十人は見てわかるのに。

「心配そうな顔しないでよ。ワタシを誰だと思ってるの? ネル一人が魔法使う間くらい守れるわよ」

「皆さんはどうぞ中へ…ジョージアさんもすぐくると思うから」

「二人とも…」

「わかった、俺とアスタロトとナターシャで突入しよう」

 レンジの言葉にアスタロトが頷く。でも私なんて、連れて行っても役に立つわけではないのに…どうして私を連れて行くんだろう。

「こっちから仕掛けるわ。折を見てさっさと行きなさいよね」

「あたしたちもすぐ行きますね…っ!」

「すまない、二人とも」

 そう謝ったのはアスタロトだった。

 その姿を見て思う。二人を信じていなかったのは私だったかも知れないと。それなら私も覚悟を決めなくちゃ。

「…絶対、またお茶会するんだからね」

「当たり前でしょ、いい茶葉期待してるわ」

「お菓子はスコーンがいいです…」

 せめてもの思いで祈祷をかけた。

「女神アテナよ、これより戦に赴く二人の眷属に加護を与えたまえ…」

 祈りの言葉に魔力がのる。

 その光は二人を包み込むと、暖かい熱となって馴染んだ。

「これで完璧ね。さ、行くわよ」

「…はい」

 ハルカの詠唱で大きな火球が飛んでいく。二人は勢いよく茂みから出て護衛の兵たちに向かっていった。

 私たちはその隙間を縫うようにして建物の中に突入する。中ではまた神官が不敵な笑みでこちらを見ていた。

 少し距離をとって相手を睨む。アスタロトは後ろに居るように言って私を止めたけど、体ごとその前に出た。

「ふふ、ようこそいらっしゃいました…」

「お父様とお母様はどこ!?」

「大丈夫。貴女がここに来てくださればもう用はないのですよ…」

 神官は大きく笑うとその姿を醜く変え始めた。まるで体の内側から膨れ上がるような、水泡が底から水面に上がって行くときのような歪な膨らみ方をして、最後は弾ける。文字通り肉塊になったその体からは、まるで蛹が蝶になるかのように美しい女性が姿を現した。

「…やはり貴様か」

「知っているの?」

 その女性は輝く稲穂のような色の、絹でできたシンプルなドレスを身にまとい、祈る様な仕草で私たちの前に立っている。長く下された金糸の髪からは磨かれた牛の角のようなものが生え、ゆっくりと開かれた赤い瞳は確実にこちらを見ていた。

「信徒をこうも残虐に殺すとは、随分品が上がったものだな——女神アシュトレト」

 私を庇うようにアスタロトが前に出る。その横に並ぶようにしてレンジが前に出て、剣に手をかけた。

 私はアスタロトの発言を聞いて、二人の間にある因縁を勘繰る。

【…アスタロト、よくも妾の前におめおめと顔を出せたものだ。我が眷属を娶ろうなどと戯言を抜かす哀れな魔域の王よ】

「自らの半身を哀れなどとは、神はよく口が回る様だ。貴様などに祝われなくとも俺はナターシャと添い遂げる。結婚式には呼ばんぞ」

 アスタロトの言葉を聞いてか、女神は祈る様な仕草を解くと宙に浮き上がる。不意に手を挙げた瞬間、私は嫌な予感がして反射的に唱えた。

「シールド! 三重となりこの身を守りたまえ!」

 叫んだ声は間に合った様だ、空を裂く鎌鼬が私たちに届くことはなく、大きな音を立てて透明な盾一枚が犠牲になる。

 でもあれは、わかりやすく私を狙っていた。もし本当にそうなら、言い争いをしているアスタロトではなくて私を狙っているというのが気になる。

 そして気になることはもう一つ。目の前の神とアスタロトが半身同士とは一体どういうこと?

「貴様、ナターシャを狙うとはどう言うつもりか!」

【我が眷属は魂となり妾の前に還る。しからば心苦しい…醜く幻覚的な恋はここで終わらせてやるのが神の情けというもの】

 神はもう一度目を閉じる。その視線はこちらを見ているようでどこも見ていないのが伝わってきた。

 そんな態度の神に私は、“なんですって?”と眉間に皺を寄せる。誰が、誰の恋が可哀想ですって?

【魔域の者と交わればその魂が穢れかねん。其方の母もまた同じ穢れをもって其方を産み落とした。汝も神に至れぬ王の地位はその穢れ故だと理解しているだろう】

 その言葉で、私が張った盾は内側から溶け落ちた。教会に差し込む日の光すら飲み込んでしまうその炎は、見えない盾を内側から溶かし地面を這って真っ直ぐ神へとその手を伸ばす。

 神は炎に反応するようにして優雅な舞を見せた。いつか見た豊穣を願う舞は、彼女の周りに広く囲むような稲穂を呼び出す。稲穂は伸びる火の手を受けて僅かに燃え、その場で鎮火させた。一部の稲穂を犠牲にして神の身は守られる。

「“他を犠牲にしてでも一を守る”…その在り方は変わらずか」

【…】

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