第16話
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熟した果物をいくつか見けるのは早かった。みんなが待ってるかもしれないと急ぎ足で帰ると、大きな足音のような音が聴こえて走る。
アスタロトは私に果物を任せると私を抱えて飛んだ。目を開けてるのが辛いほどの速度で移動して。起きたのか洞窟の外に出てきたドラゴンに対して叫ぶ。
「やっと目覚めたか! アングドゥリル!」
声に反応したのかこちらを睨むように見上げたアングは、アスタロトを目にした瞬間狼狽えた。
アスタロトは私をそっと地面に降ろすと、武器を構えて戦闘を覚悟していた勇者一行を抑える。その姿を信用しているのか彼らはそっと武器を下ろした。
そこから彼は再び飛び上がるとアングを睨みつけ、狼狽えるドラゴンに不敵な笑みを向ける。
「久しいな、アングドゥリル。三年ほど前に追放してやった時以来ではないか」
「あ、アスタロト様…」
どうやらアングはこんな場所で魔王に出会うとは露ほどにも思っていなかったのだろう。その声音はあからさまに震えている。
「魔界にいた時よりもさらに肥えよって、怠惰な飯はさぞ美味かろうなぁ?」
「そ、それは…」
「人間の領域で不慣れな中一人ならば狩りのひとつも覚えるだろうなどと甘くみた僕が悪かったようだ…人間と余計な諍いを起こすとは僕の眷属としてなんと浅慮かわからないお前ではあるまい」
アスタロトの手に光を吸い込む闇い炎が生み出される。それは脅しなのか本気なのか。
「貴様の怠惰な体では、僕のことを捉えることすらできないだろう」
「…っ、ええい! どうせ死ぬなら諸共!」
逆上したアングが翼を広げ浮き上がる。アスタロトの後ろでレンジたちが武器を構えるけど、彼はそれをもう一度止めた。
「手を出さなくていい。僕の実力を見せよう」
アングが一つ羽ばたきをするだけで暴風が吹いて、私も勇者たちも腕で目を守りながら必死に立ってるのにアスタロトにはその気配すらない。まるでそよ風に吹かれてるような顔をして悠然と滞空している。
そのまま彼は無言でアングを睨みつけた。それを合図にするみたいに向こうが炎を吐きだして、炎はアスタロトに襲いかかる。
私は瞑りかけた目を見開いた。自分の腕の隙間から見える彼が炎に飲まれて燃えてしまいそうで。
「!」
だけどそれは杞憂だった。
炎はアスタロトに届くことすらなく勢いを無くしていき、私たちのところまで届いた熱風の名残りだけが漂う。
彼は自分に向けられた炎という現象を否定するようにそれを見えない壁で拒絶して、まるで何もなかったように悠然と相手を見ている。
「なんとか弱い…その熱すら感じることができぬ。怠惰とは高潔なドラゴンの吐息さえも衰えさえるものなのだな」
「ぐ…っ」
たった一度の攻撃でアングの表情は苦渋に歪んだ。アスタロトはその姿に無機質な表情を返している。その姿はいつも見る彼とは別人の顔で、黒い炎で逆賊を焼き払ったあの日の記憶が私の中をよぎった。
「怠惰な竜よ、貴様は罰を受けなくてはならない。僕の顔に泥を塗り、誇り高き同族の誉を汚した罪を僅かでも償う為に」
「魔王様…怠惰とは七つの大罪が一つ。我ら魔族はその罪を背負いし業深き神の生まれ。さすればこの姿は怠惰たる悪神ベルフェゴール様の御身を体現するもの!」
アングの一言にアスタロトは明確な怒りを露わにした。激しく表情を変え、その手に纏った光すら飲み込む闇い炎を火球に変えて放つ。火球は金属では刃も通らぬほど硬いドラゴンの皮膚を甘い砂糖を焦がすように容易く焼き、焦げたその皮は激しい痛みを訴えたのか浮かんでいたはずの相手は大きな叫びをあげて地に堕ちた。
「信仰を履き違え爛れた愚者め! その名は尊ばない者が安易に口にしていいものではなく、ましてや厚かましく体現などとよく抜かせる! 恥を知れ!」
アスタロトはアングに対して容赦のない言葉を叩きつける。見ている私たちがいっそ殺してしまうのではないかと不安を抱くほどに。
「神は我々の上にあり、同じくと思うことを禁ずる。次に同じことを抜かせると言うのならその口我が炎で溶かしつけてくれる!」
「ぐあぁ…魔王よ、我は…」
「戯言は聞き飽きた、大人しく罪を受け入れよ。貴様が恐れるように殺そうと言うわけではないのだ」
「…っ」
その言葉で諦めたのかアングは大人しくなった。負けを認めたその姿は、いっそ哀れに見える。
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