第14話
今思い出しても、この答えでよかったのかはわからない。でも、まだその気持ちは変わっていないからこそ彼の信じたいと思える存在が増えたらいいと願う。
「…僕、あの時君が“信じたい人を信じたらいい”って言ってくれたことに今でも感謝してるんだ」
「大した言葉じゃないわ」
「いいや、それは違うよ」
急に足を止めたアスタロトは私の方に振り返った。いつもより真剣なその表情は、滅多に見られるものではない故に少し緊張する。
「ナターシャ、僕はあの時君を間口にして“人間”を好きにならないといけないと思っていたんだ」
「…」
「でも君はそんな必要はないと教えてくれた。君を君として信じていいんだって思わせてくれた。とても心が軽くなったんだ、今でも感謝してる」
彼の目が、いつも私を見る時昏い彼の目が、木漏れ日から漏れる光を受けて真っ直ぐ私を見ている。
「君はいつだって僕の味方だ。僕に新しい視点をくれて、僕を見てくれる。だからナターシャ、自分をそんなに卑下しないで」
「アスタロト…」
何も言えなかった。自分を褒める言葉も、貶す言葉も、彼に対するいっそ偉そうな綺麗事すら。
確かにアスタロトは私を褒めてくれる、認めてくれる、いつだって肯定してくれる。
人間の規律で結婚したいって私が我儘を言うまで喧嘩なんてしたがことなかったし、二人でいる時間はいつだって柔らかくて温かいもの。私を包む綺麗な時間。
「…ごめんね、アスタロト」
彼の視線に、俯いてしまった。
目が合わせられない。
彼はいつも私が綺麗だと言ってくれるけど、私から見たら。
「私はそんなに綺麗じゃないわ」
私から見たら、彼の方がよっぽど綺麗に見える。
「貴方はいつも私を見てくれる。私だけが好きだって言ってくれる。でも私は? 私はそうやってのしかかってくれる貴方に依存して、偉そうに説教してるだけの女なの。貴方みたいに真っ直ぐで在れない」
どんなにそれっぽい事を言ってアスタロトを引っ張っていたって、彼が好きって言ってくれなかったらその実不安なのは私の方。
彼の声で呼ばれる自分の名前が一番好き。
彼は自分の気持ちに真っ直ぐだから好き。
…彼が私を昏い目で、私しか見てない目で見てくるのが好き。
お父様とお母様が愛してくれなかったわけじゃない。不自由を感じたこともないし、姫であることをプレッシャーだと強く思ったこともない。
それでも、私は彼の愛し方が好き。
理由は簡単。彼には私しかいないって、彼本人が言ってくれるから。
そんなもの安い自己陶酔だわ。
私は彼が好きなんじゃなくて、自分が好きなのかもしれないと思わないでいられない。
それが、何よりも怖い。
「貴方には私だけって思いたいの。わざわざ貴方を外に連れ出して、他人と見比べさせて選んでって我儘を言ってる」
自分が汚く見える。
貴方が何も答えないのが恐ろしく感じる。
全部自分勝手だわ。本当に、貴方が見てくれるほど私は綺麗じゃない。
「今日、他の人と話しながら貴方が私を見た時。ハルカとネルが言ってたの、“手慣れてる”って。私、怖かったわ。貴方が私以外の人といるところなんて想像もしたくなかった。汚い、汚いの」
こうやって話してるのだって言い訳かもしれない。言葉の一つ一つが薄い紙のように感じる。今にも吐き戻しそう。
「ナターシャは…どうして僕と結婚したいって思ったの? 前に言ってた以外にもきっと思ってることがあるよね」
「…あるわ」
貴方に言ったのは表向きの理由。姫であるための、
本当は、本当は世界平和なんて“かもしれない”どころじゃないくらい二の次で、彼を誰から見ても幸せにするなんて当たり前のことだからどちらも目標じゃない。私たちが一緒にいるための建前、綺麗事。
「…私は、誰の目から見たって貴方が私のものだって言いたい! 貴方が、アスタロトが簡単に浮気できないように外堀を埋めて、嘘でも一生私だけだって言わせたいの!」
おかしいわ、こんなヘドロみたいな気持ちを言いたくて選んだ言葉じゃないのに。
感情が崩壊して子供みたいに泣いてしまいそう。本当に汚い、汚い。
彼を、アスタロトを誰よりも愛しているのに。彼のように真っ直ぐ見つめ返せないの。
理性が全くなくて、いつもみたいに他人のことが考えられない。
「!」
そんな私を貴方は抱きしめてくれて、私の中で時間がほんの少し止まる。
「いいよ」
彼はそれだけ、最初に言った。
「やっぱりナターシャは僕の嬉しいことばかりしてくれる。僕の在り方を受け入れてくれるんだね」
「そんな、そんなことないわ。私は貴方に自分の我儘を押し付けているの」
どうしてこうなったのかしら。
ただ果物を探しに来ただけだったはずなのに。綺麗な顔をしていられなくなってしまった。貴方のことが、一度気になったら抑えきれないほど不安で仕方なくなってしまったの。
「僕は嬉しいよ。ナターシャは僕と同じだけ僕を愛してくれているんだね」
「…」
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