第13話
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彼と言っていいのか彼女と言うべきなのかわからないけど、とにかく言われるままにジョージアの手伝いをすることになった。そうは言ってもやるのは付近の森で果物を探すこと。
ドラゴンの影響か付近に大きな生き物や人の姿はなく、鬱蒼とした雰囲気の森の中に不自然な空き地や倒れた木がある。恐らくあのアングと言うドラゴンが暴れ回った跡なのだろう。そう思うと自国の城にいる時よりよっぽど魔物に困らされている人間の苦労が垣間見える気がした。
大きさは時としてそれだけで暴力たりうるもの。あんなに大きな身の丈をした生き物が突然やってきたらそれだけで恐ろしい。
では人間はただの被害者なのかと言われれば、それも違う。人間は時に魔物のような力がなくても彼らをあっさりと倒せてしまう。それは特殊な能力ではなく知恵と集団というある種の暴力であり、ある種の叡智。
結局は相互関係だわ。頭ではいくらでもそんなことはわかっていると思っても、感情の天秤の傾きはどうしても状況で変わってしまう時がある。公平な立場を求められると理解しているのに。
「…」
実際に二人でこうして歩いていると肌身で状況を実感する。
私はジョージアの言葉を聞いて、アスタロトに一側面だけでものを決めるような王になってほしくないと思ったから彼を連れ出したけど、私も一緒に勉強しないといけない立場なのね。
そう考えると、自分の傲慢さが鏡のようによく見えると思った。悔しい、人も魔物も見てきたと思っていたから。
「ひどい有様だな…」
アスタロトが呟く。私の前を歩いて周りを見渡す彼は、悲惨な森を見て自分の同胞に何を思うのだろうと考えた。
「これでは僕たちを“蛮族”と言う人間がいるのも頷ける。そう思わない? ナターシャ」
「どうかしら、人間にも同じように森を荒らして人からものを奪う者たちがいるもの」
蛮族、とは元々そんな規律の中で生きていない荒くれ者を指す言葉でもある。
私が彼に本当に求めることは彼に言ったこと以外に、私たちの罪は平等で相互関係にあるという事実を理解してもらうこと。今の私はアスタロトがその事実を理解し、魔物にも人間にも善悪があると考えられるようになることそのものが、私たちの結婚に本当の意味を成すと信じている。表向きには。
魔物の善悪、人間の悪意を知る彼の偏った視点を少しでも広くしてあげられたら、貴方が過去から一つ進めるって思うから。
そんな考えは、我儘かしら。
「…そうだね」
浮かない返答。人が安易に大事なものを奪えると言うことを知っているアスタロトだから、なにか感じるところがあるのかもしれない。
「…人間にいい奴なんていないと思ってたって話、覚えてる?」
「…覚えてるわ」
あれはまだ私たちが友人だった頃のこと。彼の城の庭で、二人きりで星を見上げていたあの時、アスタロトが呟くように「ナターシャは、公平なだけじゃなくて優しいね」と言った。
私は彼の言ってることがわからなくて、素直に疑問を顔に出したのをよく覚えている。
「わからないの?」
そう彼は言った。
「そんなに自分が優しい人間だと思ったことはないわ」
「いつも魔物を公平に見て寄り添って、僕にもこうして付き合ってくれる。ナターシャはいつも他人のことを考えてて素敵だ」
「私って結構我儘よ?」
アスタロトの綺麗に私を見る目に、視線を合わせられなかった。いくら彼が友でも、いくら魔物を学んでも、私は少しでいいから自国の城に帰りたいと思っているしその上でここに、友人のいるこの城に帰りたいと思っているもの。両親に会いたいのに、ここを簡単に捨てられない。どちらも選べない私は我儘だわ。
「僕、人間にいい奴なんていないと思ってた」
「?」
「人間は集団になって強くなった気になって、僕らに理不尽を押し付けてくるだけの奴らだと思ってたんだ。蟻みたいに集まらないと何もできないくせにって」
「…」
その認識は、一つの真実だと思った。
人間は狡猾で、集団意識が強く、時として独占的なくせに己の罪を自分ではないと言う。
この頃はまだ彼の過去を聞いていなくて、人間からの被害や迫害にあう魔物を見てそう思うんだろうと考えていた。実際はそんなに甘いものではなかったけれど。
「でも、ナターシャは優しかった。僕にも、他の魔物にも。僕はこのまま人を…君を少しでも信じていいのかな」
彼は見ているだけでわかるほど不安そうなのに、私はその問いにすぐには答えられなかった。
私が、私だけが人間でも、悪意のある者だけが人間でもないから。もっともっと、それこそ魔物と同じようにいろんな考え方の人がいて、いろんな立場の人がいるのよと説いたところで今の彼にはわからないだろうと思うのは容易なこと。
それでも、私が彼の中で一つ信じられるものになれるのなら。
「人間をみんな信じるなんて、人間でも無理よ。アスタロトは自分の信じたい人を信じたらいいと思うわ」
これが私にできる精一杯の答え。
貴方は私の言葉に「そっか」とだけ答えて、そこから会話はなかった。
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