第12話
急なことに私が固まっていると心配した二人が必死に声をかけてくれて、その声に我を取り戻した。
「大丈夫ですか…?」
「ナターシャ!? 気をしっかり持って!」
「あ、えぇ…ありがとう」
「ごめんなさい、変なことを言いました…」
だめだわ、一回聞いてしまったら気になってしまう。相手の過去を探るようなことは失礼なのに。
私だけだって信じたい心があるから、どうしても不安だわ。でも私の前に相手が居たってそれはいけないことじゃないし…。
そこから先はそのことばかり気になって頭に話が入らなかった。依頼をこなすための場所に移動する馬車の中でもどこか上の空になってしまう。それはいけないと、これから行く場所は危険なのだとわかっているのに。
「大丈夫? ナターシャ」
アスタロトが心配そうに声をかけてきた。こっちは彼のことで悩んでいるというのに…なんてわかりやすいほど理不尽な怒りが湧いてくる。
でも私に訊く勇気はなくて、行き場のない気持ちは彼の頬を抓るという形で現れた。本人は「なんでナターシャぁ…」と困った顔をしているけど、顔では相手を睨み内心で謝ることしかできない。
移動に使っていた馬車から現場の付近で降ろされると、当然そこからは歩きで移動することになる。
ドレスより丈の短いスカートは子供の頃依頼だから、ふくらはぎが出るのが慣れなくて気恥ずかしいけど歩きやすい。でも平民の靴は初めてで、布地と底が薄いため足がすぐ痛くなりそうだと、道の悪いところを歩いてみて思った。ハルカが履いているブーツのような少しヒールのある靴なら、まだ底が厚いのかしら。
体感で半刻ほど歩くとそこに辿り着く。
巨大な崖に掘られたと思しき大きな洞窟に“それ”がいるのを確認した。
それは私たちの身の丈より大きな大きな赤いドラゴン。レッドドラゴンと言うだけあって体は燃え盛る炎のように赤い。どうやら今は眠ってるようだけど、その後ろ姿は魔界で見かけた個体より明らかに肥満に見えて、アスタロトの言う通り怠惰な生活をしていたのだろうと思うには容易かった。
「おい、アング。“アングドゥリル”! 怠惰な竜よ、目を覚ませ!」
アスタロトの呼びかけにアングと呼ばれたドラゴンは答えず、どころかその背中がぴくりとでも動く気配はない。王の呼び声に応えない眷属となんだろう。
「なぁ…動く気配ないけど、本当にこれドラゴンなのか?」
なんて戸惑うレンジにアスタロトは怒りを隠さず「間違いない」と答える。
「こいつはそういう奴だ。なんせ狩りもせず怠惰に寝転がり、ましてや他人の獲物を盗んていたことがバレて追放されたような奴だからな。それ故ついた名も“アングドゥリル”…ドラゴンの言葉で『怠惰な罪人』を指す」
「この寝姿を見てると“まさに”って感じね…」
ジョージアがやや引いた顔でアングを見ていて、私も少し呆れた。正直言ってここまで怠惰な魔物は初めて見る。
「じゃあどう起こそうっていうのよ」
「何か食べ物でも…用意したら良いんですかね…?」
「そんな所だろうな。話に聞いてる限りだと人間は食べていないようだし」
「サラッと怖いこと言わないでよ…」
ハルカが少し震えているけど、確かに魔物の中にはなんらかの形で人を栄養源にする種類はいる。
夢魔や淫魔、小悪魔に植物系の一部、肉食、雑食類が主に該当し、被害においても程度の差があるので場合によって死亡する例は少なくない。捕食などで直接栄養を得る種類は人間に限って食べてる場合が少ないので代用がきくけど、夢魔、淫魔、小悪魔に関しては感情や思考に複雑さがある生き物ほど栄養価が高いため人間が選ばれる傾向にある。
ドラゴンは雑食類に当たり、個体や種類によって栄養源は様々な好みがある。野菜や果物を主に食べる者や、火を吹く岩を食べる者、有機的な物ならなんでも食べる者など本当に多種多様。
アングと呼ばれるこのドラゴンは、周囲の村を襲って食物を得ていると依頼の紙に書いてあったので、人は襲わないのだろうとアスタロトは判断したみたい。
「食物か…備蓄を出すか?」
魔法によって作られた異次元備蓄庫を覗きながらレンジが言うけど、個人的にはそれどこで手に入れたのかしら…という感じ。結構高価なものなのだけど。
だけどそれにアスタロトは制止を入れる。
「いや、もっと簡単な方法がある。昼飯がまだだっただろう、洞窟を出てすぐの場所で食べればいい」
「はぁ!? 何よそれそんなんで起きるの!?」
ハルカはあまりにもこのやり方が安易に感じたようで驚きを隠さない。それにアスタロトは頷いて応えた。
「食べ物の匂いがすれば起きる。そうだな…暖かいスープのようなものが望ましい。香りが立つ」
「ジョージアさん…今日のお昼は…?」
「今日は豆と干し肉のスープとバケットかしら? 準備に手間取らない方が良いでしょうし」
「丁度いいな。支度を頼む」
「おっまかせ〜♪」
ジョージアは機嫌よく昼食を作りに行った。残された面々は手分けをして地面に布を引いたりと昼食の準備を始める。
しかし慣れない私とアスタロトは完全に置いて行かれてしまう。どうしたらいいのかしら…?
「あの…私たちにもできることはあるかしら?」
自分の荷物を整理しているネルに話しかけると、彼女は少し考えてからジョージアを呼ぶ。何が起きてるのかわからず眺めていると二人が何やら話していて、何か決まったのかジョージアがこちらを見た。
「二人はアタシのお手伝いをして頂戴♪」
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