第7話

「ほら、アスタロトこっちにきて。あと勇者様も」

 呼びつけた二人が私を挟むように伝令水晶の前に来たのを確認して伝令水晶を操作した。そこからは光でできた映像のようなものが浮き出てきて、その向こうにはお父様とお母様が見える。

「お父様、お母様!」

「あぁ…ナターシャ、ナターシャなのか?」

「私たちの愛しい子、もっと顔を見せてちょうだい」

 映像に触れようとしてもその向こうには何もない。わかっていても手を伸ばしてしまう。

 本当に、記憶に違わない両親の顔。また会えたことが奇跡のように感じる。

「ところでナターシャ」

「なんでしょうお父様」

 お父様はそこで、気まずそうに一つ咳をした。私の横にいる人物を左右に瞳で追っては言葉を出しあぐねている。

「その…側にいるのは勇者と…」

「私の婚約者です」

「「!?」」

 二人とも驚いている。その反応は正直考えた通りだ。それでも私は二人に言葉を挟ませないように食い気味に、笑顔を絶やさず言い切る。

「魔王アスタロトは私の恋人であり婚約者です。お父様」

 その言葉を聞いてお母様が倒れた。こうなるとは思ってたけどまさか現実になるとは思ってない。そう思うと、やはり伝令水晶で話ができたのは暁光だったと思える。

「その…本気で言ってるのか?」

 お父様が聞きづらそうに私に問うてくる。

 私は真正面から返した。

「勿論ですお父様。私はこの城で魔族を学びました。魔族は蛮族などではありません。彼らもまた一つの命なのです。私とアスタロトの婚約、結婚は両者の関係に確実な革命を生むと私は信じています」

 お父様はまたもため息をつく。私がそれに返すことはない。何がどうあっても私はこの結婚を成就させたいのだから。

「っていうかほら、私ばっかり話してどうするのよ」

 左右の二人を肘で突く。私の剣幕が悪いと言わんばかりに辿々しく二人は話し始めた。

「えっと…魔王の説得として登城したら姫様が『結婚する』と申し立てておりまして…自分たちとしては平和的解決が一番なので良い案だとは思うんですけど…」

「僕たち魔族の要求は、魔域を正しく『魔国』と言う一つの法治国家であることを認めてもらい、魔族が必ずしも蛮族でないことを証明し、人間側とできる限りフェアなやりとりを行うことだ。ナターシャ姫の誘拐も元はと言えばそこに起因していることはご存知だろう。これは互いの利益になる提案だと思っている」

 真面目な話のところ申し訳ないけど、私には一つ気になることがある。

「その言い分だとアスタロトは私を愛してないってこと?」

「ナターシャ! どうしたんだ急に」

 驚く彼の方に振り向いて眉間に皺を寄せる。

 アスタロトは驚いてたけど、私たちの話はそれだけではいけないの。

「だってそうでしょう? 利益目的の結婚なら私じゃなくても良いもの。アスタロトってば酷いわ」

「ごめんよナターシャ! どこまでも君のことを愛してるのに…君のことを蔑ろにしてしまったね。どう言ったら伝わるのかな…」

「いつもの執着心はどこに消えたのよ。私は貴方と居たいのに」

 問答は続く。

 私の顔はアスタロトの方に向いていたけど、横にいた勇者が呆れ顔でお父様に話してるのが聞こえた。

「こう言う感じなんで…愛はあると思うんです…」

「そうだな…」

 横目に見えたお父様も額に手を当て悩み込んでいる。そこに少しでも私の幸せを願ってくれる心があれば良いけど。

 お父様の方を見ると、一つため息をついて私に言った。

「一先ず帰ってきなさい。話はそれからだ」

「じゃあアスタロトも連れて行きますね!」

「…あぁ、うん。好きにしなさい」

 お父様が呆れ気味とか知ったことではない。一先ず通信を切ると私は勇者の方に向き直った。

「勇者様」

「な、なんでしょうか…」

 私が作ったのは有無を言わさぬ…いえ言わせる気のない笑顔。この提案をここで断られるわけにはいかない。

 勇者はその笑顔に気押されているのか引き攣った声で返してきた。

 そこから真剣に向き直る。

「お願いがあります。私たち二人が国まで帰る間のエスコートを御一行にお願いしたいのです」

「え?」

 勇者は予想もついていないような顔をした。そこに被せるようにアスタロトの意見が飛んでくる。

「オリファに行くまでだけだったら僕の魔法で——」

「アスタロトは少し黙ってて」

「はい…」

 彼に私の気遣いは届いていないようだ。今の返しだって一先ず私の機嫌が悪そうだから黙っただけだろうし、ほかの存在がいる旅など彼はしたくないんだろう。

「アスタロトは人の多様な側面を知りません。魔族に善悪があるように、人もまた立場や個人によって思想も行動も違うと言うことを知らないのです。私は彼に良くも悪くもある人間を教えてあげたい。そのためのお手伝いとして、勇者御一行に付き添いをお願いしたいのです」

 私の真剣な願いが届いたのかもしれない。勇者は少し考えるようにして間を置いたあとで「少し仲間と相談させて欲しい」と言って仲間の方に帰っていった。

 その結論を一旦待つより仕方ないので、アスタロトの方を見る。案の定不貞腐れていたのでその頭を撫でた。

「ごめんね、勝手に決めたりして」

「…僕は君と二人きりが良かった」

 文句を言いながらも撫でる手に擦り付く彼を心から愛しいと思う。こんな彼との永遠があればいいと願うほどに。

「でも、貴方にも学習は必要だわ。国のためにも、私のためにも」

「君のため…?」

「えぇ」

 アスタロトが伏せてた頭を上げる。その目には驚きと疑問が両立しているのが見えた。

「私のためよ。私だけが人間と思わないでほしい、貴方のご両親を殺害した人たちだけが人間だとも思って欲しくないの。沢山の人間を知った上で私を選んで欲しいと思うから」

 とても、わがままを言っていると思う。狭い貴方の視野を広くして、それでも選んでもらおうなんて。

「私を安心させて、アスタロト。どんな誰よりも私が一番なんだって、この旅で証明して見せて」

「ナターシャ…」

 少しは心が動いてくれただろうか。私がその額にキスを落とすと、足音が聞こえたのでそちらに振り向く。そこには勇者一行が居た。

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