第6話
「ばっかじゃないのアンタ」
「!?」
男は眉間に皺を寄せて吐き捨てる。私がそれに少し怒ると、男はやれやれと肩をすくめた。
「アンタねぇ、結婚したいなら綺麗事言ってないで腹括りなさいよ。結婚したら魔王ちゃんは結局人間と交流しないといけないんだから。互いが辛い時に支え合うのが夫婦なのよ! 幸せになるための戦いはもう始まってると思いなさい!」
「!!!」
それは確かにそうだ。私はアスタロトを幸せにしたいあまり自分の気持ちを押し付けていたかもしれない。
アスタロトとの結婚をゴールに見据え、そこから先の生活まで見ることができていない。
…ちょっとドヤ顔なのが気に触るけれど。
「そこの魔王ちゃんもよ! 閉じ込めるだけが幸せと思うんじゃないわよ。“二人”でここから出るの! 『支え合う』と言う言葉をもっと考えなさい!」
「ほ、僕…!?」
「そうよアスタロト! その人の言う通りだわ! 私をここから出して頂戴。今すぐ二人でここを出るわよ!」
「ナターシャ!?」
彼はあからさまに驚いている。
それもそうだとは思うけど、私が間違っていた。二人で人間を知ることに意味があったんだわ。アスタロトは魔族を私に教えてくれた、なら今度は私が人間を教える番なのね。
なんなら私たちのやりとりに勇者一行の他の者たちも押されて戸惑っている。多分どうしていいかわからないんだと思うけれど、私も逆の立場ならそうなる自信があってすこし同情した。
「僕は嫌だよナターシャ! こいつらは同胞を殺したんだ。君を安全に僕といさせてくれるかわからないじゃないか!」
そう彼が叫んだあたりで、神官の女の子が「あの…」と小さく手を挙げた。そちらに向くと、その子は控えめに発言する。
「皆さん死んではないですよ…?」
「「!?」」
その言葉に、私とアスタロトは驚きを隠せない。けどそれに続くように勇者の声が聞こえる。
「そうだ、僕たちは貴方と話し合いにきた。だから他の魔物も出来うる限り殺さず、倒しはしたけど斃しはしていない。死にそうなやつは死なないよう治療もしてある」
「…っ」
それが言葉限りでない確証はない。
彼は執事を呼び状況を確認させる指示を出す。執事は数分とたたず帰ってきてアスタロトに耳打ちで状況を伝えると、その結果に彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ぐっ…ほ、本当らしいな。バラ中将まで重症で済ませるとは…」
バラ中将は名前通り薔薇の魔物だ。人の身の丈を裕に超えるその蔦と薔薇は圧巻の美しさがあり、実際その美しさに囚われた者を捉え死なない程度に養分を吸って生きており実力は折り紙つきで、多くの蔦を使った奇抜な戦術を得意としている。
「わかってもらえたか。俺たちは貴方と話し合いにきたのだと」
「…っ、いいだろう。認めようじゃないか」
アスタロトは一時的に警戒を解いた。そして彼は「それでも」とつける。
「ナターシャは渡さんぞ。彼女は僕の花嫁だ」
「渡さなくていいから貴方も一緒に実家に来て」
「ナターシャ…僕を困らせないでくれ。ここにいる事はナターシャのためになる」
「ならないわよ。貴方と大っぴらに結婚するのが私たちのためなの」
また喧嘩が始まってしまった。話を進めたいだけなのに。困っていると今度は魔法使いの女の子が私たちに話しかける。
「そんなに言うならまずは伝令水晶で国王様と話し合ってみたら?」
魔法使いの女の子はつんけんした態度だけど懐から伝令水晶を取り出してくれた。私はそれに飛びつく。
「幻の伝令水晶!? 貸してくださるの!? なんて素敵な方!」
私は反射的に檻の隙間から手を伸ばす。伝令水晶は国庫のにある希少な水晶で、対になるもう一つと特殊な魔法で通信をすることができる。材料の水晶が非常に希少なもので、オリファ国では一対しか存在しない。
おそらく定期連絡を寄越すように言われて勇者たちは持たされていたんだろう。それを貸してくれるなんて良い人たち。
「アスタロト! 今すぐここ開けて!」
勢いをつけて鳥籠を揺する。金属同士が擦れ合う大きな音を立てながら強く要求した。
「ナターシャ! 何度言ったらわかるんだ! あと揺らすの危ないからやめようね!」
「わかんないわよ!」
大きな声を上げる彼に負けないくらい大きな声で返すと、アスタロトは驚いた顔をして押し黙る。
「わかんないわよ…っ、私は、貴方のご両親の分まで貴方を幸せにしたいの。一緒に歩いて、一緒に歳を重ねて、一緒のお墓に入るの。きっと本当は和平なんてどうでもいい。貴方を絶対私の手で幸せにするんだから…っ」
泣くもんか。
絶対に今泣くもんか。
涙は結婚式まで取っておくんだから。今辛くたって泣かない。絶対に、耐えてみせる。
アスタロトを幸せにするのは、絶対私だって譲らないんだから。
「…だからここから出してアスタロト。一緒に行きましょう? 貴方を愛してるから、ずっと貴方と居たいの」
鳥籠の隙間から再度手を伸ばす。今度は彼に届くように。
「…っ」
アスタロトは一瞬だけ苦しそうな顔をして、気持ちを立て直すとゆっくりとこちらに歩を進め鳥籠の鍵を開けた。差し伸べてくれた手を取ると、彼はゆっくりと私を抱き上げ少し高い台座から下ろす。
地に足をつけて魔法使いの女の子のところに向かう。彼女から伝令水晶を預かって使い方を教わってからお父様に通信を図ると伝えて、付近の部屋に全員で移動後ソファに腰掛けた。勿論勇者たちも一緒に。
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