第5話



 ********



 翌日、昼頃

 今日は門番のミノタウロスも駆り出されたのか、牢の前にいない。城全体が騒がしいのが地下牢にいても伝わって来る。

 そんな中、中将がやられたと声が聞こえると私の元に迎えが来た。

「姫様、御迎えにあがりました」

「…えぇ、連れて行って頂戴」

 重い空気だ。ここまで血の匂いが漂って来るかのよう。

 足は震えている。手を握りしめていないと挫けそう。アスタロトを失うかもしれないと思ったら、それだけで死んでしまいそう。

 それでも行くしかない。

 牢の柵の前に立って堂々と前を見る。扉が開いて外に出ると、いつもとは違うカゴが用意されていた。

「これは…?」

 不思議思ったのがそのまま言葉になってしまったけど、彼の執事は落ち着いて答えてくれる。

「本日特別にご用意させていただきました。アスタロト様のご活躍がよくご覧になれるかと思います」

 それは大きな鳥籠。形はよくあるドーム型のもので、鉄の格子は腕を伸ばせる程度の隙間ができるように作られている。

「…わかったわ」

 私はその開いた扉の中に入った。底は気遣いなのか座り心地のいいクッションが詰められている。

 ガシャン、と音がして鳥籠が持ち上げられた。そこから地下を抜けて運ばれた先は謁見の間で、玉座の少し前あたりに備え付けられた専用の台に鳥籠は置かれる。

 私の目の前に、彼は居た。

「…ナターシャ」

 彼は振り向かない。

「何?」

 彼は振り向かない。

「愛してるよ」

 彼は、振り向かない。

「当たり前でしょ。だから死なないでね」

 その時、扉の音がした。

 中に入ってきたのは私より少し年下かな、という印象の少年少女三人とオカマっぽい男が一人。

「お前が魔王アスタロトだな!」

 中央いる剣を持った少年が言う、見た目からして彼が勇者なんだろう。その横にいるのは魔法使いの女の子と神官の女の子、オカマっぽい男は短剣を構えていた。

「いかにも」

 アスタロトは低い低い声音で短く答える。その一言だけで、勇者一行が身構えたように思えた。

 でも、勇者は唐突に剣をその背にある鞘へ仕舞う。私が驚いてそれを見ていると、勇者は誠実を絵に描いたような眼差しでこちらを見てきた。

「…俺たちは貴方に問いたいことがある」

「ここまで来たのだ、僕でわかることなら答えよう」

 二人が話し合いをし始めた。これはまずいかもしれない。

「勇者様!!」

 思わず叫んだ。ここで決裂されても和平されて帰られても困る。

 その場にいた全員が私を見た。その視線に少し緊張したけどそのまま口を開く。

「勇者様、お願いがあります」

 息を呑んだ。嫌な緊張からくる鼓動を抑えながら願いを口にする。


「私、魔王様と結婚したいんです!」


 私の言葉にその場にいた全員が固まった。それもそうだろう、攫われて怖い思いをしてるはずの姫がそんなことを言い出したら無理もない。最悪洗脳とかされてるんじゃないかって思われてもおかしくないけど、生憎この気持ちに嘘はないのでそのまま伝える。

「私がこの城にきて一年…たくさんのことがありました。その中で私はアスタロトを愛してしまった。でもこれはチャンスです」

「ちゃ、チャンス…?」

 勇者が恐る恐ると言った感じで問いかけてきた。

「そうです。私と彼が結婚すれば無闇矢鱈と戦争はできなくなる。どちらにせよ国王様へ報告するために一度城には帰らないといけないですし、この人をけちょんけちょんにやっつけて瀕死ぐらいで私をここから連れ出して欲しいんです!」

 鳥籠の隙間から腕を伸ばしてアスタロトを指差す。反射的に振り返った彼が急いで私のそばに来た。

「ナターシャ! 何を言い出すかと思えば! 僕の側に居てって言ったじゃないか!」

「貴方が未来を見据えれないのが悪いんでしょ! 世間知らずと言いたいなら勇者に連れて行ってもらうわよ!」

「そう言う問題じゃないんだって! ナターシャが心配なんだ、僕と居てよ!」

 とんだ痴話喧嘩だ。横目に見える勇者たちが明らかに動揺しているけど、それでもこれだけは譲れない

 すると、ふと思いついたようにアスタロトが勇者たちに振り返る。

「わかった…半端に可能性があるからいけないんだね。今までは僕の気を引きたいんだと思って一緒に遊んでいたけど、本気で僕の元から離れるなんて許さない…」

「アスタロト!」

 私の呼びかけに彼が応じるそぶりはない。

 怒りを背負ったアスタロトからは強い負の感情が黒いもやになって見える。

「剣を抜けよ勇者。今すぐ灰にしてやる」

「…っ」

 勇者が鞘の剣に手をかける。このまま一触即発ではまずい、どちらかが死ぬまで続いてしまったら私は。

「「!!」」

 不意に何かが飛んでくる音がしたかと思うと、オカマの男が隙をついて短剣を投げていたようだ。投げられた短剣はアスタロトのスラックスの裾を射止め、動けないように床と裾を繋ぎ止めている。

「ちょっとお待ちなさいな。アタシ姫ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」

「私…?」

「そうよ。アンタ、自分だけこの城から出ようとしてるのはどうして?」

 結婚したいんでしょう? と男は続けた。

「それは…」

 確かに複数の理由はある。

「アスタロトが急に城へ顔を出したらそれこそ戦争になると思って…」

 自分の母親を奪った種族とこれ以上触れ合えるのだろうか、彼は。それは否だと思った。私は結婚したらここへ帰ってくるつもりだし、不要な接触は減らすに越したことはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る