第4話

「!」

 全部が聞き取れるわけじゃないけど…聞こえた噂が本当なら勇者一行が近づいてきてるようだ。明日には着くらしく城の中で魔物の配置どうだとの話している。

 これは好都合だ。

 アスタロトは強い。何度か部屋の窓から魔域内の逆賊を追い払ってるのを見たことがあるけど、彼は涼しい顔をして相手を焼き払っていた。手から出る闇い炎はたくさんの逆賊を燃やし尽くし、そこに何もなかったかのように塵にする。私が安易に脱走して生きて帰れる保証はないのだと、彼を知らなかった時は心底恐ろしかったのを思い出す。

 そう考えると今の今まで彼が私の脱走を途中まで許しているのが不思議で仕方ない。掌の上で踊る私を楽しんでいるのかもしれないと思った。それはそれで癪に障るわね。

 食事をするための部屋に着いてカゴから下ろされる。扉を開けて中に進むと、こちらに気づいた彼が急に顔を明るくして微笑んだ。

「朝以来だねナターシャ!」

「そうね」

 多少不貞腐れて冷たくあしらったところでアスタロトが諦めないのはよく知っている。

 席について運ばれて来る食事を待っていると、彼が私に声をかけた。

「ナターシャ、大事な話がある」

「…うん」

 これもわかってた…と言うか途中で考えついてしまった、本当に勇者が来るのなら彼は明日死んでしまうかもしれないと。

「予測だと、明日勇者が来る。四人のパーティだそうだ、不利な戦いになる」

「そう」

「ナターシャ、僕は弱くない。でも絶対でもない。だから、最後と思ってこの後時間を頂戴」

「…わかってるわ」

 死んでいい恋人が世の中早々いるだろうか、私は否だと思う。本人の言う通りアスタロトは強いけど絶対ではない。改めて聞いてしまうと運ばれてきた食事の味がわからなくなるほど心が枯れた。

 それでも、せっかく来るなら勇者にはやってもらわないといけないことがある。私は自分の目標を忘れるわけにはいかない。

 食後、私は彼に着いて彼の部屋に向かった。テラスで夜風を浴びながら無言の空気を砕く。

「…お願いがあるの」

「お願い?」

 これだけは譲れない願いがある。

「私を、明日貴方と共に勇者のところに連れて行ってほしい」

「!」

「危ないのはわかってる。でも私だって防護魔法くらいは使えるから、だから最後かもしれないと言うのなら最期まで側に居させて」

「…」

 アスタロトは何も答えない。予想はついていた。何かしらで怪我をするといつも一番心配するのは彼だから、今はなにか葛藤があるのかもしれない。

 そこからさらに少しの沈黙があって、彼が口を開く。

「…わかった」

「いいの…?」

「うん。僕のところまで辿り着いた勇者は初めてだから」

「…ありがとう」

 ここまで何人の"勇者"が犠牲になったのだろうと考えた。

 勇者とは、国の神官と主神アシュトレトの裁定により選ばれた妙齢の子供を指す。私の奪還及び魔王の討伐を命じられ、何人か噂では聞いたことがあった。

 彼らは時に一人、時に仲間と挑んでくるが殆どが戦闘に疲れた、狡猾な魔物に仲間を奪われた…中には死んでしまった者もいて、十人近くが派遣されてはここまで辿り着けずにいる。

 その中で、とうとうここまで辿り着いた勇者が現れた。これは魔域にとって大ニュースに決まっていて、みんな悪い意味で浮き足立っている。明日は死人もたくさん出るんだろう。

 そんな中だとわかっていても、たとえ血濡れた廊下を歩くことになっても、私にはやることがある。

 アスタロトが口に出した言葉以外の意味で私を明日そばに置く理由はわからない。それでも彼と居れるなら、明日を作る一歩になるのなら。

 夜風は私たちを包むように吹いていた。明日で全てが決まると言うように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る