第3話
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「…で、彼は私と今の今も付き合ってくれてる。アスタロトったらマメで、勤勉で、背格好もいいから私じゃなくてもモテそうなのにね」
「そこは〜、ヒミツがあるんでしょ? 姫様」
「え〜その話する?」
「何度だって聞きたいに決まってるじゃないですか〜」
ミドリと女子トークが始まってしまった。ノノムラは目をパチクリとさせながら私たちを見ている。
「娘っ子ばっかり話してたらついてけねぇだよ。ヒミツ? ってなんだ?」
「それはね…」
私は机を少し撫でる。部屋の中心に置かれたそれは、アスタロトが私にくれたものの一つだった。
「私とあの人だけの秘密の話があるの。中身は教えられないんだけど、とても大事な話が」
それはまだ友達だった頃、彼の身の上を聞くことがあった。誰にも話していないと言うその話を私が聞いていいものかと少し悩んだけど、その寂しそうな表情の奥を知りたくて聴くことにした。
彼の母親は人間だったそう。強い魔力を持った先代魔王の父親と、魔界から程近い村で出会った一人の女性の子供。父親譲りの魔力を有したアスタロトはすぐに次の世代として期待されることになったけど、母親の女性がいた村の人間が騒ぎ立て、彼女を返すように要求してきた。さもなくば付近にある関係ない魔物の村を焼くと。それを哀れに思った彼の母親は周囲の反対を押し切って村に戻る。すると、村の人間の本来の目的は彼女が帰ることではなく代替に何か物資をよこしてくるだろうと言う薄汚い策だったことがわかり、母親を見せ物にするため殺害。父親はその復讐に駆られ村を焼き払い、国の兵士たちに瀕死まで追い込まれて帰ってきたがそのままアスタロトに遺言を残してこの世を去ったと言う。
この時の父親の行動から魔界と人間界は大きな亀裂を産んだと、言っていた。
更に彼の父親は復讐をよしとせず、彼のできなかったこと…人間との和平を彼に託して死んでいったそうだ。
アスタロトはその遺言を叶えるために今の地位についている。その遺言のために、私を攫ってきたと、そう話していた。
魔王の城も人間の城と変わらない。宰相や貴族たちが、使用人たちがあらゆるところで噂をするのを聞きながら、いつ転覆してもおかしくない政治を数少ない魔物たちでここまで支えてきた。
彼が感情的に心を許せる者はおらず、責務と向き合ってきたこれまでの中で私は初めて友になった人だと言われたのを昨日のように思い出す。
「大事なその話をした時に、このテーブルと椅子をくれたの。とても大事な物なんだって言ってた」
このテーブルとセットになった二つの椅子は、彼の両親が結婚した時に買って大事に使っていたものだと言っていた。そんなに大事なものをくれるほど、アスタロトが私を愛してくれているのだと伝わるのが嬉しい。
「上手く言えないけど、アスタロトと重ねてきたここまでの思い出が秘密かな」
テーブルを見るたびに思い出す。
だから、だから私は絶対に大っぴらな式をあげて結婚しなくてはならない。彼のご両親ができなかった幸せを叶え、彼のご両親の事件を露わにして精算し、改めて魔物と人間の和平を結んで誰よりも幸せにならなくては。
彼と結婚するなら、私は彼を誰よりも幸せにしなくてはいけないの。
それは間違っても破滅じゃない。
「重ねてきた思い出がヒミツかぁ…ロマンチックだなぁ」
「きゃー! 姫様ポエマー!」
「そうかな…?」
わかんないけどそうなんだろうと思うことにした。
「とにかく、これが私とアスタロトの馴れ初めかな」
「ええなぁ魔王様、こんなに思ってくれる姫さんがおって」
そんな話をしていると、もう一体居たミノタウロスがノノムラの方をつつく。無駄話はそこまでだと言うことだろう。
「すまねぇ先輩。じゃ姫様、オラ戻るだ〜」
「はいはい、またね」
ノノムラはそのまま向き直って仕事に戻る。基本的にはしゃべらない仕事なのでそれ以上の会話はない。
「にしても姫様、脱走と結婚がどうしてつながるんです? 気がついたら『結婚だー!』って張り切って脱走されますけど」
ミドリの視線に少し前を思い出してため息をつく。彼の気持ちもわからないではないんだけどな、と考えると尚更。
「まぁその、簡単に言うと…彼を壊してしまったの」
「壊して…?」
「私が人間の領域に帰るのが嫌なのよ、アスタロトは」
そう、彼は魔界は愚かこの城から私を出したがらない。
過去の母親を思い出すからか、単純な執着なのか、わからないけど結婚の為の"帰省"の話を持ち出してから彼はおかしくなってしまった。
「結婚するなら両親の許可も貰って人間と魔域を繋ぐ正式なものにしたくて…それで実家に帰りたいった言ったら…あんな感じになり始めちゃって」
私は視線を逸らす。そう、私が帰ると言ってから純朴で明晰な彼はどこかに消え、昏い昏い瞳で私を見るようになった。「絶対離さない」と毎日のように言われ、やがては城の中を歩いているだけで「どこに行くの?」と言われるようになり、果ては破滅思考に陥るようになってしまった。
勿論彼を残して行くことに後ろめたい気持ちがないわけじゃないし、彼のトラウマも鑑みたいけど、いきなり魔王様を連れて実家に帰ったら両親が侵略かと関して驚いてしまうと思ったらできなかった。それだけでこの話が無かったことにされるどころか状況が悪化しかねない。
だから私だけ帰ってまず両親を説得しようと思ったから話をしたのだけど…。
「最初姫様って城の上の方にいましたよね?」
「うん…脱走を繰り返してたらここに入れられてしまって」
意見の決裂が起きて何度かそれを繰り返した後、私はこの城を脱走してでも人間界に帰ろうと決めた。
最初は塔の上の方に部屋があったので部屋中の布をかき集めて降り、壁をつたって地面に足をつけ魔域の探索まで成功した。
でも見つかってからの脱走は城の敷地から出られず、三回目からは鍵をかけられ、それをテコの原理で破壊してまで脱走したら部屋を変えられ、気がつけば地下牢に入れられていた。
それでも彼から私への愛は尽きてないようで、牢の中は綺麗にファンシーに整えてあり出られないこと以外不自由はない。食事だって朝と昼は持ってきてくれて夜は彼と共に食べる。ちなみにファンシーなのは彼の選択であって私の趣味ではない。
夕食の時に移動すると見せかけて脱走したら見張りを増やされてカゴに入れてから運ばれるようになったけど。今度はカゴから抜け出すしかない。何か策を練らなければ。私は下水を通ってでも脱走してみせる。
魔物のみんなに迷惑をかけるわけにもいかないのでなるべく早く、かつ見つかるわけにもいかない。魔法で位置を把握されてるらしいけど、それでも確証が無いなら諦めた瞬間負けだ。でも本当だと困るから今度宝物庫に使えるものがないか探しに行こう。
「それでも諦めない姫様すごいですよね〜」
「諦めないわよ。私はアスタロトを正々堂々誰よりも幸せにしてみせるわ」
「男前〜」
鍵開けは子供の頃の悪戯でマスターしてるし、なんならミドリが牢を出る時に後ろについてく手もある。見張り番が知らないふりをしてくれるかは運次第だけど。
「私も死にたくないので姫様を応援してますっ」
ミドリは愛らしい声で私にそう言う。彼が結婚したら世界を破滅に導く話はこの城で冗談半分真実半分くらいで知れ渡っているので、私に味方してくれる魔物も少なくない。
そもそんなことをやらせるものかという話なのだけど。
「私も頑張るわ」
そこまで話して、地下牢に足音が響いた。時計を見るとそろそろ夕食の時間なので迎えがきたのだろう。
「ナターシャ様、御夕飯の御時間でございます」
「わかってるわ。今向かいます」
アスタロト専属の執事が牢の鍵を開ける。扉を潜って外に出ると、案の定用意されたカゴの中に入った。
「向かえ」
その声にカゴが持ち上げられて出発する。屈強なリザードマン二人が私の入ったカゴを肩に乗せて食事をする部屋まで運んでいく中、今日はやけに騒がしいと気づいた。耳を傾けると噂話が聞こえて来る。
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