文例7『お飲み物はいかがなさいますか?』 (過去形の多用、共感型)
きみは何か狙いがあって店に寄ったわけではない。単に小腹を満たすために仲間とともにクイーンズサンドに入ったんだ。
すると真正面に彼女が立っているのが見えた。そう、三つあるうちの真ん中のレジに。
「おっと、今日は当たりだ!」
きみは思わず声を出した。それは別に何かの合図とか、合言葉といったものではなかったんだ。
ただ、彼女がいたことに感動して思わずそう叫んでしまったんだ。
「え、何だって?」
後ろから問いかける連れを一番レジに向かわせ、君は浮き浮きしながら二番レジの彼女の前に立った。
「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」
きみにとって彼女の笑顔はとても眩しかった。
「はい」ときみはすっかり純情な男子高校生になっていたはずだ。
「では、ご注文をどうぞ」
「ヒューストンバーガーのセットで」
その頃、店では新商品のヒューストンバーガーがキャンペーン価格で売られていた。
もちろんきみはそれのセットを頼んだ。決してそれは取引の合図などではなかったんだ。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
そう訊かれたきみは、かねてから彼女に見せるつもりだったメモ用紙を取り出して彼女に見せた。
「これで」
そこには彼女をデートに誘う文言が書かれていたんだ。薬物の取引に関するものでは決してなかった。
「承知しました。お会計は六百円です」
彼女が飲み物に何を選んでくれたか。きみは期待半分失望半分の気持ちで待ち続けた。
それは他人には短い時間かもしれなかったが、きみにとっては長い時間だっただろう。
「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
やがてオーダーしたセットが載ったトレイをきみは彼女から受け取った。
半透明の蓋越しに見たドリンクは茶色っぽい色をしていた。少なくともオレンジではなかった。
何となくウーロン茶のように見えたが、きみは諦めずトレイを持って仲間とともにテーブル席に移動した。
仲間たちが能天気にハンバーガーにかぶりつく中、きみはじっとドリンクを見つめた。
そこに他意はなかった。あの若い男がテーブル席に来るのを待っていたわけではないんだ。
なかなか思いきれなかった。だから飲み始めるのに時間がかかったんだ。
しばらくしてからきみは意を決してストローを挿し、ドリンクを思い切り口に含んだ。
それはちょっと苦みのあるウーロン茶の味だった。
「……だよねー」ときみは叫んだ。
「ん?」と首を傾げる仲間をよそに、きみは彼女に断られたことを仕方なく受けとめ、傷心の気持ちを鎮めるために苦みのあるウーロン茶を飲み干したんだ。そこにジンジャーエールが混ぜられているとは全く思いもしないまま。
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同じ過去形の多用でも、前述の裁判型、尋問型と異なり、この共感型では語り手が「きみ」の味方になっていることをあなたは認識する。
二人称が「きみ」でなくて「お前」だったとしても、その語り方から共感していることは読み取れるだろう。
過去を振り返って「きみ」がしたことを同情的に語り、「きみ」に罪がなかったことを語っているのだ。
以上三つの過去形多用の例を見て、あなたは他にもいろいろなパターンがあるだろうと思う。
過去形だけでこれなのだから、次の現在形、未来形の多用がどうなるのか、あなたはますます知りたくなる。
あなたはもう二人称小説の虜だ。いつかあなたも二人称小説を書くことになるだろう。
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