落花ミサのヤキモチ

 午後の昼下がり、ウルフ隊の定期訓練が終わった直後。

 同隊である四人の少女たちは更衣室で訓練着から制服へと着替えていた。


「ナナさんとニッパーさん、やっと帰ってきますね!」


 シャツのボタンを閉めながら、人懐こそうな笑顔をしてレイは言った。


「嬉しそうだね〜、レイ?」


 ミサはそれを見て、揶揄うようなニヤケ面で答える。


「この数日間、ニッパー君に会えないで寂しそうだったもんね。そりゃあ、嬉しさもひとしおってもんか」

「さ、寂しくはなってないですよ! そうやってすぐからかうのやめてください!」


 と、レイは慌てるように訂正する。

 そうやってベタな反応をするから、こっちとしても嗜虐心がくすぐられるのだ。からかい甲斐のあるレイが悪い。

 などとミサは彼女を見ながら思ったわけだが、それを口にすることは当然のようになかった。


「寂しかったのはミサもじゃない?」


 すると、すでに着替え終わっていたリリアが会話に入ってきた。


「え?」


 ミサは思わずそんな声を出して、リリアを見る。


「だって、ナナが交流会に出てってからこっち、ずっと元気なさそうだったよ?」

「まるで構ってもらえなくて拗ねる犬のようだった」

「はあ!?」


 リリアとヨーコからの予想外のカウンターに、ミサは顔を赤くして狼狽える。


「んなことないし! ち、小さい子供じゃないんだから!」

「そう? 今日なんてずっとソワソワしながら、何回時計見たのさ?」

「早く授業終わんないかなって思ってただっけだって! 大体それならレイもじゃん!」

「だから私に擦りつけないでくださいってば……」


 もう――と声を出しながら、レイは着替えを終え、衣類をカバンにまとめていた。


「まあ、でも中東で一悶着あったらしいから、心配だったのは私もだけどさ」

「ライカが飛び出してった――て話か」


 リリアとヨーコが思い出したように話す。


「びっくりしました、あれ。それほど大きな被害は無かったらしいですけど」


 と、レイは数日前に起きたトラブルを思い出す。

 ライカが突然、自動操縦でラヴェルから飛び立ったかと思いきや、手品みたいにフッと消えた。

 さらに驚くことに、下手をすればここから地球の反対くらいの距離まである中東圏第1ラヴェルに突然現れたというのだから、夢かなんかじゃないかと思ったほどだ。


「でしょ? そういうトラブルだってあったんだから、帰りを気にするのはとうぜんじゃん」

「さっき自分もからかったくせに……」


 と、レイは拗ねたような口調で呟いたが、ミサはそれに言葉で答えず、露骨に目を逸らすのみであった。

 レイは諦め半分の気持ちで、話題を変えることにした。


「そういえば、ミサさんとナナさんって仲良しですよね。相棒って感じ」

「ん……まあ、リーダーとは小学校からの仲だし」


 と、レイの言葉に照れくさそうにミサは答える。


「へえ、幼馴染だったんですか」

「まね。なんだかんだ、家族以外だと一番付き合い長いかも」


 そう言いながら、ミサはふと一昔前のことを思い出す。


 ナナに初めて会った時のことを、ミサは今でも鮮明に覚えている。

 なんて綺麗な女の子なんだろう、と思った。

 まるで絵本の中に登場する妖精が、現実に出てきたような。

 もはや現実離れしているレベルの可愛さに、思わず見惚れてしまっていた。


 それからというもの、ミサはいつもナナと一緒にいて、何をするにもナナについていった。

 ナナがフェアリィの適性が出た時、自分だけ適性なしだったらどうしよう、なんて思って、自分史上一番不安になった時だったな……なんてことを、ミサは懐かしむように考えていた。


「お」


 すると、ミサの端末に通知が来た。

 周りを見ると、他の三人にも同様の通知。


「あ、ナナたち到着したって」


 と、リリアは端末の画面を皆に見せる。

 彼女のいう通り、画面に映っているグループチャットに、ナナからの帰還メッセージが書かれていた。


「……第二予備格納庫?」


 しかしながら、ミサが口に出した通り、なぜか普段使いされてないハンガーに二人とも降りたようであった。

 ミサはどういうことかと考えたが、少ししてやめた。

 答えの出ないことを考えても仕方ない、ナナに直接聞けばいい。そう思ったからだ。


「よっしゃ、じゃあお出迎えするとしますか」

「急に元気になったな、やっぱり」

「うっさいヨーコ」


 ヨーコに舌を出して悪態をつきながら、ミサはカバンを持ってドアを開ける。


「さて、お土産は何かな?」

「それより、引き継ぎの説明しなきゃでしょ。ちゃんと言われた報告書、書いた?」

「……私は日記をつけない主義だ」

「はぁ、全く」


 などと会話をしながら、それについていくヨーコとリリア。


「ま、待ってくださいよぉ!」


 と、慌てて三人についていくレイ。

 四人はあれやこれやと雑談をしながら、第二予備格納庫へと歩を進めていった。





「……何事?」


 ナナとニッパー、それにライカがいる第二予備格納庫。

 そこに到着した時に、ミサが開口一番に出た言葉が、そんな疑問だった。


 口にこそ出さなかったものの、他の三人も概ね同じことを思っていた。

 当然と言って差し支えないだろう。


 目の前に妙にケロシン臭い、ボロボロに汚れた謎の少女が担架で運ばれているのを見れば、大概の人間はそういう感想になる。


「お疲れ様、アイシャ。空の旅はどうだった?」


 するとが近くにいた、すでにSUを外していたナナがその少女――アイシャに聞いていた。

 ついでにナナの隣にはニッパーもいて、特に何を思うでもなく、静観している。


「お、鬼……悪魔……」


 まるで悪夢にでもうなされているように呟くアイシャに、ナナは無表情だった。


「とりあえず大丈夫そうね。身体を洗ってあげて、精密検査に回してください。後の指示は理事長に」

「了解」


 淡々と出されるナナの指示を聞き終えると、医療班らしきスタッフたちはそれだけ言い、アイシャが乗った啖呵をせっせと運んでいった。


「……あの子、ここではどういう扱いになる思う? ニッパー」

「さあな。こっちにちょっかいかけてこなきゃ、それでいいさ」

「まあ、言えてるわね……あ、みんな、ただいま」


 するとナナはミサたちに気づいたようで、彼女らに駆け寄る。


「ありがとう。迎えにきてくれたの?」

「いや、まあ、そうなんだけど……」


 しかし、ミサは先ほどっまでの意気揚々とした態度とは打って変わって、面食らったような顔をしていた。出鼻をくじかれたような気分になっていた。

 それは他三人も同様で、皆一様に離れてゆく担架を不可解な顔で見ていた。


「一体何がどうしたの?」

「ああ、あの子?」


 ミサの問いに、ナナも何を疑問に思っているのか察したようで、アイシャが運ばれた方角に目をやった。


「えーと、そうね……なんて言えばいいのか」


 だが、事情が事情ゆえに一言で説明しきれないとわかったのか、ナナは悩むように言いあぐねる。


「……ニッパー、なんて言えばいいと思う?」

「あー……理事長へのお土産の女?」

「すごい語弊あるわよ、それ……」


 ニッパーの回答にやや呆れた顔をしながら、少し面白いと思ったのか、ナナは微笑んだ。

 それを見て、ミサは少し違和感を感じた。


「……まあ、元気そうなら良かったよ」

「ありがとう、ミサ」

「うん、おかえり」

「ただいま」


 とはいえ、とミサは思う。

 いろいろとよくわからないことはあるにせよ、何はともあれ、ナナが無事に帰ってきてくれたのだ。

 聞く時間はたっぷりあるんだし、今はこれでよしとしよう。


「ニッパーさんも、おかえりなさい」

「ああ、ただいま」


 と、レイに淡々と返事をするニッパー。

 こっちもいつも通りの調子で何よりだ、とミサは横目で見ながら思った。



「で、ちゃんとサボらず訓練してたわよね?」



 と、ナナから言葉が発せられた瞬間、その場が戦慄に包まれた。


「あーあ……」

「……私はちゃんと注意しましたからね」


 いや、その場が、というのは誇大表現だろう。

 正確には、ミサとヨーコの二人のみである。

 呆れた顔をして二人を見るリリアとレイの姿が、感情のコントラストをより際立たせていた。


「で、でも今日はちゃんとやったから、ホントに!」

「が、頑張った」

「今日『は』?」


 ミサとヨーコの弁明は、しかし却って墓穴を掘っただけの結果となった。

 ナナの目はより鋭くなり、二人を糾弾していた。


「ばかミサ」


 墓穴の原因となる助詞を用いたミサに悪態をつくヨーコ。

 流石にミサも反論できず、諦めたように項垂れてしまった。


「……はぁ、まあいいわ」


 まるでイタズラがバレた子供のように縮こまる二人を見て、ナナは仕様が無いと溜息を吐いた。


「そっちもトラブル対応があっただろうし、今回は不問にする。今回だけよ」

「うわーん! なんだかんだ優しいリーダー大好き、愛してる!」

「こ、こら、くっつかないで」


 オーバーなリアクションで抱きつくミサに、ナナは照れくさそうに言った。

 それを見たリリアは、いつも通りだなと思った。


 幼馴染だからか、なんだかんだと言ってナナは、ミサに対して若干甘いところがある。

 とはいえ、それは単に甘やかしているからではなく、それでもミサがなんだかんだ自分と並ぶベテランで、最低限のやるべきことはやってることを、彼女が誰よりも知ってるからだろう。


 これでサボっていたのがヨーコだけだったら、もう少しくらいは叱責が飛んでたかもしれない。

 それはヨーコも同様に思ったのか、複雑な表情になっていた。

 助かった、とう気持ちが半分。ミサだけ不公平だ、という気持ちがもう半分、と言ったところだろう。

 後で慰めてあげよう。とリリアは思った。


「天神」


 すると、これまで静観していたニッパーが口を開いた。

 ナナがニッパーに顔を向ける。


「とりあえず俺は、報告に行ってくる。アンタから伝えときたいことはあるか?」

「あ、待って。私も一緒に行く」

「別にいい。落花たちと積もる話もあるだろ」

「へえ……」


 ナナは少し、可笑しそうに微笑んだ。

 それを見たニッパーは怪訝な顔をする。


「なんだよ」

「いや、アナタからそんな気遣いが聞けるなんてね」

「これは気遣いなのか?」

「どう思う?」

「からかうなよ」

「ふふ、ごめんごめん。とにかく、私も行くわ」


 そう言って、ナナはミサの拘束から逃れ、ニッパーの元に駆け寄る。


「……へ?」


 それを見て、ミサは素っ頓狂な声をあげる。

 しかしそれに気づくこともなく、ナナは振り向いてこう告げた。


「みんな、とりあえずニッパーと報告に行ってくるから、また後で」

「え? あ、ああ、うん。わかった……」


 ミサの応答を聞いて、ナナはニッパーと共にその場を離れていった。

 その間も二人はずっと、雑談をしながら歩いていた。


「……なんか距離近くなかったですか?」

「だよね!?」


 レイの言葉に、ミサはすぐさま同意した。

 なんなんだ。中東に行ってる間、二人に何があった?

 出発前はあんな感じじゃなかったはずだ。

 少なくとも、あんなお気軽に話し合うような仲ではなかったはず。


「男女二人で旅行だ。そりゃ何もないことはないだろ」


 何の気なしに、ヨーコがそんなことを言った。


「……でもあり得るのかな? ナナはともかく、あのニッパーだよ?」

「いやいや、リーダーだってあり得ないって!」


 リリアの疑問にミサは食い下がった。

 が、それはあくまで自分自身の願望であり、確証のないことであるのは、ミサ自身よくわかっていた。


 ミサは考える。

 ちょっと待って。じゃあ何?

 ニッパーくん、ナナに手ぇ出したってこと?

 あんな戦闘機以外興味ありませんみたいな狂人が、あんな小さい、いたいけなナナに?


 そりゃあ、ナナも興味が全くないわけじゃなかったし、私もそれを何度かからかった。

 でもまさか、本当にそんなことになるなんて、そんな……。


「とりあえずニッパーさん問い詰めません?」

「冴えてる、レイ。そうしよう」


 レイとミサはこうして一時的に結託し、ニッパーに対して尋問することを決意した。

 それぞれベクトルは異なるものの、黒いオーラを放っていることを、リリアは察した。


「……あんまりやりすぎないようにね」

「結果わかったら教えてくれ、隊長から誘ったにプリン二個」

「こら」


 ヨーコを諌めながら、とはいえ、こうなってはもう止めても聞かないだろう。とリリアは思う。

 これからニッパーに降りかかるであろう災難を想いながら、リリアは心の中で合掌したのだった。

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