たったひとつの冴えたやり方

 帰投後、俺たちはひとまず理事長室に直行し、芹沢理事長に今回の定期交流会の顛末を話していた。

 アリムの企てのこと、ライカの暴走のこと、アイシャのこと、エトセトラ。


 特に俺に接触してきた『何か』について、理事長は事細かに聞いてきた。

 これまで全く得体の知れなかったランバーに関わりがあるかもしれないのだから、当然と言えば当然か。

 とは言え、俺も奴について話せることなど、対してないわけだが。


「――報告は以上となります」


 一通りのことを話した天神はそう言って、デブリーフィングに一区切りをつけた。


「……ランバーの侵食は、相当根深いところまできているらしいな」


 理事長は眉間に皺を寄せ、おもむろに腕を組む。

 さすがの狸爺も面食らった、ということだろうか。


「不気味な光景だったわ。さっきまで殺しにかかってきた人たちが、次の瞬間当たり前みたいに話しかけてくるんだもの。ホラー映画の中にでも入った気分だった」


 思い出したのか、あるいはここにきてようやく実感したのか。

 天神も悪寒が走ったような、やや怯えたそぶりを見せた。


「アナタは大丈夫だったの、ニッパー? 操られたアイシャに殺されそうになったんでしょ?」


 すると、天神は横にいる俺を端目に捉え、そう聞いてきた。


「ここにこうしていることが、何よりの答えだ」


 今ここで五体満足で報告に来ているのだから、今更聞くまでもないことだと思うが。


「ああ、いや、そういうことじゃなく……怖くなかったかな、て」

「怖い?」


 が、天神が聞きたいことは別のところにあるらしく、俺は思わずオウム返しに聞き返してしまった。

 ここに来てようやく理解した。要は、彼女はメンタル面に傷はできなかったか、と聞いているのだ。


「どうだろうな、考えてもみなかった」

「アナタって、恐怖を感じたことあるの?」

「さあな、知らない」

「……私が言うのもなんだけど、少しは自分のことにも気を配って欲しいわ」

「必要ならそうするさ」

「どうだか」


 少し呆れたように天神は答えた。

 今のはあまりよくない回答だったかもしれない。


「ともかく、今回はご苦労だった」


 と、理事長。


「詫びというわけではないが、今回のことについては特別手当を支給する。今日明日は休み、疲労回復に努めるように」

「気遣ってもらわなくても、今日からウルフ隊に復帰できるわ。別に疲れてなんか――」

「ダメだ、コンディション維持を優先しろ。これは気遣いではなく、命令だ」

「……了解」


 理事長の命令が不服だったようで、天神は唇を尖らせて渋々と言った様子で了承した。


「お前もだぞ、ニッパー。無用な飛行は控えろ」

「了解。ライカの整備はやっても?」

「好きにしろ。だが、あまり根を詰めるな」

「了解」


 俺の方は、どうやら手持ち無沙汰になることだけは避けれそうだ。

 今回のライカの暴走についてはすぐにでも念入りに調べたいと思っていたから、そこは良かった。

 後で桂木にログデータを見てもらおう。


「以上だ。下がっていい」


 と、理事長から報告終了の旨を言い渡される。

 俺と天神は軽く頭を下げ、部屋から退出した。


「……さて、どうしようかしら」


 部屋のドアを閉めた天神は、困ったようにそう言った。

 おそらく急に入った暇をどうすればいいか、考えあぐねているのだろう。


「休めと命令されたんだ。休めばいいんじゃないか?」


 と提案するも、彼女はどこか納得いっていない顔だ。


「うーん、と言っても、どう休めばいいのか……」

「そこは自分で考えてくれ」

「無責任ね……せっかくだし、どこかに出かけようかしら」


 なんのかんのと言ってある程度休み方のめどは立っていたらしい。

 何よりだ。さて、俺もそろそろ行くとしよう。


「ねえニッパー、良かったら一緒に――」

「俺はライカの整備に行くから、これで――すまん、なんだ、何か言いかけたか?」


 別れの言葉を告げようとしたところ、不意に天神の言葉を遮ってしまった。

 何か用件があったのかと思い、聞き返してみる。


「……別に、なんでもないわ」


 しかしながら、何か用があって話しかけてきたわけではないらしい。

 いやに不機嫌そうな顔をしているが、まあ、本人がなんでもないというのだから、間違いないだろう。


「そうか。じゃあここで」

「ええ、ええ、そうね。整備頑張って」


 そう言うと、彼女は早足でその場を後にした。

 あんなに急ぐとは、なんだかんだ言って行きたいところでもあったのだろう。

 ……さて、じゃあ俺も行くとしよう。


「ニッパーくぅ〜ん?」


 と、突然そんな声が後ろから聞こえた。

 なんだ? と思う間もなく、肩が叩かれる。

 妙に低い声色に気圧され、ゆっくりと振り返った。


 そこには落花と、その後ろにレイがいた。

 二人とも何故かはわからないが、いやに圧の高い雰囲気を纏っている。

 特に落花。顔は笑っているが、目が全く笑っていない。


「……なんだ?」

「ちょぉ〜っとだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな〜?」

「悪いが、これから整備が――」

「ダメ」


 有無を言わさない。と言う言葉がこれ以上ないくらい、今の落花は聞く耳を持っていなかった。

 レイのムスッとした表情を見るに、彼女も同じだろう。


 これはおそらくだが、俺に選択権は無い。

 ここで断ろうモノなら、こいつら多分、ライカのハンガーにまで押しかけてくるだろう。

 抵抗は無意味。ということだ。


「……手短に済ましてもらえるか?」

「ニッパーくん次第かな、それは」


 落花のその言葉を最後に、俺はそのままどこかへと連行された。


 ……恐怖か。今感じたかもしれない。

 先ほど天神から問われたことに、俺は内心で誰にでもなく、そう答えた。





 ところ変わって、ウルフ隊御用達の喫茶店。

 そこで適当に飲み物を頼んで、それを飲みながら落花たちの用件を聞いていた。


 聞いてみれば、なんてことはない。

 俺と天神が妙に仲良くなっていたから、定期交流会の中で何かあったのではないかと勘繰っていたということだ。

 仲良くなったかどうかは甚だ疑問だが、少なくとも彼女らにはそう見えているらしい。


「なんだ、そんなことか」


 俺は拍子抜けしたために、思わずそんな言葉が口から出た。


「別に天神とは何もない。お互いやるべき仕事をやただけだ」

「……とかほざいてますが、どう思います、レイさん?」


 が、俺の答えに納得していないのか、落下はレイに何かの真似事のような口調で聞いていた。


「いやあ、ニッパーさんかなりのクソボケですからね。自覚なしにやってる可能性ありますよ、これ」

「うんうん、クソボケに堕とされた本人が言うと説得力が違うね」

「だから急にこっち刺しにくるのやめてくださいよ! なんなんですか!?」

「とにかくだよ、ニッパーくん」


 落花はなにやら抗議してくるレイも無視して、自分のジュースを一気に飲み干してから、続けた。


「ナナ――こほん、リーダーがだよ? あんなふうに気負いなく誰かと談笑するなんて、私以外にはなかったわけよ」

「ふむ」

「それが急に中東から帰ってきた途端、ニッパーくんのことちょっと揶揄ってみたりしてさ……こっちからすれば、何もないなんてことはあり得ないって感じなのよ」


 なるほど、もっともな意見かもしれない。

 状態に変化があったらその要因があると思うのは、至極真っ当な理屈だろう。


「で、どうなの?」


 と、再び落花が問いかけてくる。

 先ほどの理屈を踏まえた上で、改めて聞かれているのだ、ということがわかった。


 ……正直な話、心当たりが全くないわけではなかった。

 思い出されるのは、天神がアリム・サレハに、過去の、それも家族のトラウマを突かれたこと。

 それ以降、情緒が時々不安定になったり、家族について聞かれたことが、何回かあった。


 結局帰り際に少し話をしたら――少なくとも俺がみたかぎりは、という枕詞の上で――通常通りの天神に戻っていたわけだが、やはり長い間連れ添っている落花には、変化がわかるらしい。


「……話せないの?」


 何か察したのか、落花が神妙な顔でそう聞いてくる。

 俺はそれに、何も答えられないでいた。


 心当たりはある。しかし、あるからといって、話せる内容ではないだろう。

 人間にも機械にも、無闇に開示すべきではない情報というものはある。

 俗に言う、触れてはいけない部分というやつ。

 それの取り扱い方ひとつで死に至ることだって、数多くある。


 今回のことだって、決して例外じゃない。

 まして天神と関係のない他人である俺が、話していいことなど何もないだろう。


「悪いが、俺から言えることは何もない」

「ふぅん、何かあったのは認めるんだ?」

「それに関しても同様に、ノーコメント」


 落花は俺の言葉を、不貞腐れたような表情で聞いていた。

 すると、今度はレイが口を開く。


「い、言えないようなことしたんですか!?」


 顔を真っ赤にして何やら慌てふためいている。

 何かしら認識の齟齬がある気がするが、面倒なので放置することにした。


 そう考えると、落花も同じような発想に至っているのかもしれない、と思った。

 俺が天神に、何か良からぬことをしたのではないかと。


 それであれば彼女が妙に不機嫌な、ともすれば怒っているようなこの状況にも説明がつく。

 まあ、天神の事情を話せない以上、こちらから弁明することもないが。


「……どう受け取ってくれても構わない。どうにしろ、俺から言うことはもう何もない」


 そう言って、俺は退散するべく席を立つ。


「ちょい待ち。全然その答えじゃ納得できないんですけど」


 と、落花が手のひらを向けてきた。


「アンタがどう思おうが、答えは変わらないよ」

「悪いんだけどさ、それで『はいそうですか』で終わらせられるほど、私も聞き分け良くないんだよね」

「知らねえよ」


 思わずそんな言葉が口に出る。

 レイは場の剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、落ち着かない様子で、ストローでジュースを啜っていた。

 沈黙が数秒。


「……よし、じゃあこうしよっか」


 落花が手を叩く。

 またぞろ何か、碌でもないことを思いついたのだろうか。


「正直言ってさ、ニッパーくんもこんなふうにずっと私に突っかかられるの、鬱陶しいでしょ?」

「よくわかってるじゃないか」

「に、ニッパーさん!」


 落花の言葉に同意すると、レイが焦ったように俺を呼んだ。

 俺は特にそれに何かいうでもなく、落花の次の言葉を待つ。


「勝負をしようよ、勝負」


 すると、落花から出てきたのは、そんな突拍子もない提案だった。

 彼女は続ける。


「私が勝ったらニッパーくんはリーダーに何したかをちゃんと言うこと。ニッパーくんが勝ったら、私はこの件に関してもう何も言わない。それでどう?」


 落花が言ってきたのは、そんな内容だった。

 少し考えてみる。


 悪くないと思った。

 さっさとライカの整備に行きたいところにこの状況。正直、かなり辟易しているのが本音だ。


 その勝負とやらに勝てばいいし、負けても彼女たちが誤解しているようなことを、実際にやったこととして話してやればいい。

 今そうしてもいいが、今更とってつけたように理由を話しても、彼女らはきっと納得しないだろう。


 勝負という、説得力を増すための儀式が必要となる。

 どうにしろ、勝っても負けても天神のタブーを触れないようにしつつ、この鬱陶しい状況を解消できるはずだ。


「いいぜ、やろう」

「ふ、二人とも本気ですか!?」


 俺が賛同すると思ってなかったのか、レイが驚いたような顔でそんなことを言ってきた。

 向こうが本気なのだから、俺も自動的に本気にならざるを得ないだろう。


「で、形式はなんだ、模擬戦か? 言っとくが、今日明日飛ぶのは理事長命令で止められてるんだ」

「飛ばずに飛べる方法があるんだよ」

「なに?」


 言ってる言葉の意味がわからないでいると、落花は不敵に笑いながら、こう告げた。


「アリーナって、知ってる?」


 彼女は自分の端末を起動し、俺に画面を見せてくる。


 『VRアリーナ PIXYピクシー


 派手な色彩の画面には、そう表示されていた。

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