勝手に終わらないで

 数秒後、酷い衝撃が身体を襲った。

 恐らく、墜落したのだ。

 地面に叩きつけられるという経験は今までなかったが、こういうものなのだな、なんてことを考える。

 あとコンマ数秒で、機体の爆発がコクピットを襲い、俺はミンチになるのだろう。


 ともかく、これで問題は解決したはずだ。

 俺が死んだことでライカは敵殲滅の理由を失い、基地帰還へと命令が上書きされるだろう。

 

 ふと思う。

 俺が死んだことだし、後任のパイロットは一体だれになるのだろうか。

 また桂木が適当な奴を改造して乗せるだろうか。

 いや、案外フェアリィの誰かが乗ったりするのかもしれない。

 彼女らなら、改造なしでもライカの機動に耐えれるだろうし、案外そちらの方がコストがかからないかも。


 そこまで考えて、そして止めた。

 誰が乗ろうと、俺がその結果を知る術はない。

 ならば考えるだけ無駄だろう。


 重要なのは、ライカが誰にも縛られないこと。

 その性能を十全に発揮し、空を飛び続けられること。

 それさえ為されるのであれば、あとはどうでもいい。


 ライカ。

 空を、見ていてくれ。





 ――瞬間、再び衝撃。


「うぉ!?」


 不意の事態に思わずそんな声が出る。

 いや、衝撃自体はいい。

 地面に激突するのはわかっていたのだから。


 問題は、それが『予想と違うもの』だったことだ。

 地面に叩きつけられるのではなく、逆。

 何かに引きずり上げられるような、そんな――。


 ……まさか。

 そう思い、目を開けた。

 開けることが出来た。



 目の前に広がっているのは、空と、その下に沈むスラムの街並みだった。

 シートに座っているのに、HUDも、計器もディスプレイも見当たらない。

 パイロットスーツ越しに、高所故の強風を感じた。


 それらの要素から、導き出せる結論はひとつ。

 ここは、コクピットの中じゃない。外。

 下を見る。

 キャノピィを失くしたスーパーイーグルが、無人地帯に突っ込んでいくのが見えた。


 つまりこの状況は。

 最初に感じた衝撃は、墜落したからじゃない。

 射出イジェクトされたのだ。

 脱出ベイルアウト


 バカな。

 イジェクト機能はオフにしたはずだ。

 動くはずがない。

 一体なぜ……。


 そう思いながらも、上を向いてみる。

 パラシュートが開かれていた。

 座っていたシートが剥がれ、自由落下していく。


 自分が状況についていけていないのがわかる。

 ひとつだけわかっていることがあるとすれば、俺が自死に失敗したということだけ。


 いや、待て。


 そうだ、ライカはどうなっているんだ。

 俺がまだ死んでいないということは、まさかもう、攻撃を始めてしまったのか?


 ライカのほうへ目を向ける。

 そこで写されたものは、予想とは違う光景。

 彼女はスラム街の上を悠々と飛んでいた。


 そうこうしているうちに、地面に到達する。

 着地姿勢を取り、接地。

 地面に倒れる。


 着地による骨折等のダメージなし。

 よし、動ける。


 すぐに立ち上がり、辺りの様子を調べる。

 どうやら、墜落地点に設定した無人地帯の近くのようだった。

 やや遠くの方に、墜落して煙を立てているスーパーイーグルが見えた。


 ……どういうことだ?

 上を飛んでいるライカとスラム街を交互に見たが、彼女がスラムに攻撃した様子が見受けられなかった。

 飛び方も先ほどとは違う。

 スラム街へ一直線に向かっていた時とは異なり、今は、何と言えばいいのか……そう、ちょうど衛星軌道のように、俺の周りを回っている。


 頭が混乱してくる。

 少なくとも、整理するための時間が必要なことだけは、確かだ。


「なあ、おい」


 すると、不意にそんな声をかけられた。

 振り返ると、こちらを訝しげに見つめている男性がいた。

 場所から推測するに、スラムの住民だろう。

 周りをよく見てみると、彼以外にも遠巻きに様子を眺めている人間がちらほらいた。


「あの墜落した飛行機、お前のか? 困るんだよ、あんなとこに堕とされちゃ」

「……そりゃあ、失礼」

「なんだぁ、その態度? こっちは朝から訳のわからんサイレンで起こされて、気が立ってんだよ」


 そう言いながら、男は俺の胸ぐらをつかむ。

 ちょっと待て。

 こいつ、サイレンの意味を知らないのか?


「空襲のサイレンです。ランバーが来ました。危険なので避難を」


 とりあえず面倒ごとを避けるためにそう言った。

 実際のところ間違いではないはずだ。

 しかし、男はそれを聞くと、意味がわからないと言ったような表情をした。


「はぁ? 何いい加減なこと言ってんだ。ランバーなんかがここまで来るわけねえだろ。フェアリィだか何だかしか狙わねえんだろ、あれって? 俺たちに何の関係があるんだよ」

「なんでまた、そう思うんです?」

「思うも何もそうだろうが! ここの偉いさんだって言ってるんだ!」


 男は断言し、その口調からは一切の不安も感じなかった。

 なるほど、と思った。

 スラムの人間をアリムが生贄に選んだ理由が、わかった気がしたのだ。


 サイレンの意味を知らないのは、この男だけではなく、ここの住民全てがそうなのだろう。

 彼の言い分から考えるに、それは無知だからではなく、恐らく情報統制によるものだ。


 ランバーなど、我々に何も関係がない。

 連中が何をしようと、我々の生死が脅かされることはない。

 このラヴェルに住んでいる限りは。


 恐らくアリムか、それに与する誰かがそう風潮しているのだろう。

 だからこの箱庭から、決して逃げない。

 日常にどんな異変を感じようと、問題なしと断定する。


 世は全てことも無し。

 恐らく、機銃で木端微塵にされるまで、彼らはその考えを崩さないだろう。

 そういうふうにしているのだ。

 こういう時のために。


 敵ながら、なかなか用意周到な奴だ。

 なんてことを思った。


「てめえ、あんまり舐めた口きいてると後悔するぞ」


 随分とご立腹なようで、男は俺の胸ぐらを話さないまま、拳を振り上げる。


「お、おい、あれ」


 すると、そんな声が聞こえた。

 男とは別のやつの声。

 それと同時に、エンジン音がだんだん大きく聞こえてくる。


「……な、何だありゃ!?」


 すると男は明後日の方向を見て、驚愕した声を出す。

 彼と同じ方向に目を向けると、ライカがいた。

 こちらを目指している。


「こっちに来るぞ!」

「う、うわ!」


 向かってくるライカに驚いたようで、男は俺の胸ぐらを離し、他の連中と一緒に逃げて行った。

 とっさに俺が盾になる方向に逃げる辺り、生存能力が高いな。なんてことを思った。


 ライカのほうに向き直すと、彼女はすでに俺の目と鼻の先にいた。

 少し上の方で、ホバリングをしている。

 彼女の推力偏向ノズルが可能にしている、疑似VTOL垂直離着陸機能だ。


 ランディングギアを出してゆっくりと降下し、地面に接地。

 キャノピィが開き、内蔵されているラダーが露出した。

 乗れ、ということだろう。

 断るはずもない。

 彼女に従い、俺はすぐにラダーを登り、ライカのコクピットに入った。


<YOU HAVE CONTROL [SIG-T-28]>


 メインディスプレイにはそれだけの文字が映っている。

 先ほどまでの聞く耳の持たなさぶりとは打って変わって、今はとても大人しい。


「何を考えているんだ、ライカ?」


 思わず、そんなことを呟いた。

 ここの人間を狙った理由はわかる。

 アリムの策略が見事にはまった故だろう。

 だが、何故彼女はそれを突然中止したのか。


 俺が死んだわけではない。

 死を誤認したわけでもないだろう。

 今俺に操縦権を渡したことが、何よりの証拠だ。

 では、なぜ?


「……いや、まずは天神に状況報告か」


 思考の渦が深まりそうになるのを、自身の今の状況を思い出すことで止めた。

 調査は必要だが、今何より優先しなければならないのは、このバカげた騒動を終わらせることだろう。


 無線を天神に繋ぐ。

 相手にしていたフェアリィの数が数だ。

 やられてなきゃあいいが。


「こちらドギー1、ウルフ1聞こえるか?」

「ニッパー?」


 どうやら今のところは無事なようだ。

 さすがは最強の妖精なだけある。


「こちらはライカを掴まえることに成功した。そっちの状況は?」


 とは言え、恐らくまだ交戦中ではあるだろう。

 戦線離脱のために、援護をしに行く必要がある。

 そう思っていた。


「状況……ええと、そうね、何と言えばいいのか」


 すると、予想とは反して、妙に歯切れの悪い返答だった。


「どうした、何かあったのか?」

「ええ、あったわ……いい加減、訳が分からな過ぎて頭がパンクしそう」


 どこかげんなりしたような声のトーンで、天神は言った。

 どういう意味なんだろうか。

 そう思っていると、無線が入った。


「アジア圏第三ラヴェルのニッパー殿ですね?」


 聞こえてきたのは、エルモア2-1。

 先ほど、『何か』に操られていたフェアリィだ。


「お二人とも、今回は特別演習にお付き合いいただき、ありがとうございました!」

「……なんだと?」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 なんだか、彼女の声のトーンが先ほどとは打って変わって違っている。

 先ほどのような淡々とした声色ではない。

 性格が丸々入れ替わってしまったような、そんな感じだ。


「……こういうことよ、ニッパー」


 と、天神が辟易したように言った。

 彼女は続ける。


「ついさっき、突然フェアリィ達の動きが止まったと思ったら、急にこんなことを言いだしたのよ。わかる? ついさっきまで殺しにかかってきた連中が、よ」

「しらばっくれてる可能性は?」

「嘘を言っているようには見えない――というより、今更そんなことをしても意味がないでしょ」

「それはまあ、そうだが……」

「アナタさっき、彼女らがランバーに精神支配されてるって言ってたわよね。それが解けたんじゃ……」


 天神に予測を言われて、そうかもしれないと思った。

 恐らく、何らかの理由で『何か』の精神支配が外れたのだ。

 奴が意図したことかはわからないが、仮にそうだと仮定した場合、今彼女らを操る理由がなくなったのだ。


 先ほどの動きから見るに、ライカの攻撃を邪魔されないよう、俺たちの足止めをすることが彼女らの目的とみていいだろう。

 しかし、それをしなくなった。目的はまだ達成されていないのに。

 つまり、失敗に終わった。そうやつは判断したのだ。

 演習云々の話は、恐らく記憶の改ざんに、整合性を取らせるためだろう。


「いやぁ、しかし感激です! セラフ章の有名人とお話しできるなんて! あとでサイン貰っていいですか?」

「えー、隊長ずるい。私もー」


 そんなことを宣いながら、エルモアの隊員たちは談笑に華を咲かせていた。


「……とりあえず、目下の危機は去ったってことでいいのかしら?」


 と、天神。


「またどこで連中が操られるかわからない。背中は見せないほうがいい」

「わかってるわよ」


 そう言いつつも、天神の疲れ切ったようなため息が、無線から聞こえた。

 彼女は続ける。


「……とにかく、ライカは掴まえたのね?」

「ああ、今はコクピットの中だ。操縦権も俺にある」

「被害は?」

「ない――いや、スーパーイーグルが墜落した。人的被害は無し」

「……ついさっきこっちに届いた録音データがあるんだけど、これは?」


 そう言えば、自死する前に天神に言伝を送ったんだっけか。


「それは――」

「いえいいわ。後でじっくりと聞く。とにかくすぐに帰還するように。アウト」


 彼女は怒気を含んだ口調で言い放ち、通信を切った。


「……兎にも角にも、お前のことを調べないとな。ライカ」


 それが出来るのは、果たしていつになるかはわからないが。

 これからされるであろう天神の説教を思いながら、俺はライカのスロットルを上げた。


「RTB、帰投する」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る