君の傍で眠らせて

 飛行場のゲート前に到着してみれば、やはりと言えばいいのか、そこに人影はなかった。

 鉄格子でできた門の先に居るのものと言えば、基地を常時稼働状態にさせるための整備ドローンや作業用ロボットくらいだ。


「おい、大丈夫か?」


 後部座席に乗っているアイシャに声をかける。

 返事はないが、息は乱れていない。容態が安定してきたようだ。

 このまま終わるまで寝ててくれれば、楽でいい。


「所属を確認します。顔を出し、数秒こちらを見てください」


 門の前にいる警備ドローンが、こちらに向けてそう言ってきた。

 顔認証か虹彩でのID確認か。

 どちらにしろ、俺は権限を付与されていない。

 となると、こうするしかないだろう。


「悪く思うなよ、急いでるんだ」


 そう言いながら俺は後部座席に移動し、アイシャを抱える。

 彼女の顔を窓から出し、片目を手で開いてドローンに向けた。

 スキャン中を表す光がドローンから発せられ、数秒。


「認証完了。ゲートを開きます」


 ドローンの言葉と共に、鉄格子のゲートが勢いよく開かれた。

 上手くいった。そう思いながら運転席に戻り、アクセルを踏み込む。


 アラートは鳴らない。

 伴連れは許されているようだ。

 杜撰だとは思うが、こちらとしては助かった。


 スピードを出し、大急ぎでスーパーイーグルが格納されたハンガーに向かう。

 途中で爆発音が聞こえた。

 あの音はAAM。恐らくライカに装備されたサイドワインダーだ。


 すでに交戦しているのだ。

 時間がない。


「あれか!」


 飛行場内に入ってから三番目に見つけた格納庫に、スーパーイーグルがあった。

 ねずみ色のクリップトデルタ翼を持つ角ばった形状は、この時世においては珍しい。

 今時のUAVの群れに紛れてても、意外と目立つものだ。


 すぐにそのハンガーの中へと、車を走らせた。

 見たところ、このハンガーは防爆仕様だ。

 万一ライカが再びアイシャを襲撃しても、このハンガーが盾となってくれるだろう。


 車から降り、スーパーイーグルの元へ向かう。

 ラダーを下ろしコクピットへ。

 機体の状態を見る。


「くそ、コールドか」


 期待していたわけではなかったが、やはりエンジンに火は点いていなかった。

 当然と言えば当然か。

 客の戦闘機をスクランブル状態にするわけがない。

 フェアリィに追従するUAVがあるのだから、当然そっちを使う。

 ハンガーの機体列に何機分か空きがあるのが、何よりの証拠だろう。


 仕方がない、コールドスタートだ。


 セーフティ解除

 BATTバッテリ、オン。

 APU補助動力装置起動。


 エンジンの回転音が聞こえた。

 火は点いた。


 スロットル、IDLE。

 各ディスプレイ起動。

 FCSリセット。

 計器確認、異常なし。

 キャノピィロック。

 OBOGS機上酸素発生装置、オン。

 パーキングブレーキ解除。

 フラップHALF。


 操縦桿を傾ける。

 すると、視界がわずかに揺れるとともに、ランディングギアからの振動を感じた。


 ヘルメットを着ける。

 HMD起動。

 スーパーイーグルとデータリンク開始。

 よし、あとは離陸するだけだ。

 操縦桿を操作し、ハンガーから出る。


 その瞬間、視界の上の方で何かが横切った。

 高速で移動する機体と、それを追いかけている、小さい物体が数個。

 低空だからだろう。ソニックブームの振動が、こちらまで来た。


「グッ……あれは!」


 すぐに分かった。

 ライカと、それを追っているフェアリィだ。

 一瞬だが、見覚えのあるシルエットがあった。天神だろう。


 それと同時にヘルメットに無線が入る。

 HMDで確認すると、それは天神だった。


「こちらドギー1。天神か?」

「ニッパー!」


 怒号にも似た声が聞こえた。

 相当焦っている、いや、困惑しているのがわかった。

 天神は続ける。


「現在ライカがエルモア隊と交戦中、そちらの航空支援を求む!」

「了解、現在タキシング中。すぐに合流する」

「どういうこと!? なんでライカがここに……!」


 天神のその疑問はもっともだろう。

 俺だって、あの『何か』に聞いた上でまだ信じられないでいるのだ。


「状況だけ手短に説明するぞ。ライカはアレイコムの人間を殺すつもりだ」

「なん……!? そんな、なんで」

「罠だ。奴ら自分たちを攻撃させて、ライカを手に入れる大義名分を手に入れるつもりだ。連中、俺がライカにモニタリングされているのを、何故か知ってみたいだ」

「……なるほどね。アリムのあれは、そういうこと」


 さすがにウルフ・リーダーなだけあって、理解が早い。

 俺は補足をするため、続けた。


「どうやってここまで来たかは俺もわからない。とにかく、ライカを止める」

「了解。こっちはライカに激しい攻撃を受けている。可及的速やかに合流を」

「ウィルコ。被害状況は?」

「まだ死人は出ていない。でもいつまでもつかはわからないわ。ミサイルを撃ち落とすので精一杯。敵に回すとここまで強いなんてね……」

「わかった。合流まで耐えてくれ」

「エルモア2-7、アウト」


 無線を切り、前を見据える。

 風は無し。障害物なし。

 管制官はいない。自分の間隔を頼りに行くしかない。

 スロットルを傾ける。


 機体が急加速する。

 離陸。

 ランディングギア格納。

 急上昇。エンジェル10。


「どこだ」


 機体を水平に直し、目視にてライカを探す。

 すると、レーダーに反応があった。


 BOGGY 1

 IFF UNKNOWN


 プレゼントエンジェル。

 方位270。

 左斜め後ろを見ると、その機体はあった。


 流線型のブレンデッドウィングボディ。

 特徴的な大型のカナード。

 白とグレーのツートンカラーをした、大型戦闘機。

 それは加速して、真横へと並んだ。


「ライカ……!」


 ライカが、そこにはいた。

 現実味がない光景のように思えた。

 こんな間近で、彼女が飛んでいる姿を見れるなんて。


 なんて綺麗に、泳ぐように飛ぶのだろうか。

 人をたくさん殺しに来たというのに。

 そんなことを忘れさせるような、身をよじるような飛行。


 このまま一緒に飛んでいられたら、どれだけいいだろうか。

 でも、それはできない。

 みんなが彼女を狙っている。

 企業の連中も、ランバーも、みんな。


 冗談じゃない。

 彼女は、誰のものにもならない。

 彼女を支配するものなど、何もあってはならない。

 彼女がその在り様を変えない限り、それに殉ずるのが、俺の役目だ。


「ニッパー!」


 無線が入った。天神だ。


「よかった、合流できたのね」

「ドギー1現着した。これより支援に入る。今の状況は?」

「それは――」

「私から説明する」


 すると、無線に知らない声が割り込んできた。


「こちらはエルモア2-1、ここの隊長だ。貴機にはこちらの指示に従ってもらう」

「……で、その指示とは?」

「スラム地区までバンディットを誘導しろ。そこで堕とす」


 抑揚のない声。

 感情を抑えているのではなく、そもそも無いような無機質さ。

 状況から見て、こいつも『何か』の支配下にあると見て間違いないだろう。


「ネガティブ。人的被害が予想されるため、それはできない」

「命令拒否は受け付けない。やるんだ」

「ライカが誰か殺さないと、困るからか?」

「……発言の意図が不明」


 あえて挑発するように、エルモア隊のリーダーに聞いた。

 すると、彼女はそんな風にしらを切った。

 下手くそな。とぼけ方はまだ学習してないらしい。


「ニッパー、これって……?」


 すると、天神もさすがに不審に思ったのだろう。

 というより、違和感と表現した方が正しいか。

 不自然な受け答えをしたエルモア・リーダー本人にではなく、俺に聞いてきたのが、その証左だ。


「信じられないと思うが、天神。ここのフェアリィは、方法はわからないが恐らく、ランバーに精神支配されている」

「……そんな、バカなこと」


 俺の言ったことが受け入れられないとでも言うように、言葉を失う天神。

 当然か。あまりにも突飛な話だ。

 すぐに受け入れろというほうが無理だろう。


「世迷言だ、エルモア2-7。聞くな」


 と、エルモア・リーダーが天神に話しかける。

 しかし天神は答えない。沈黙を貫くのみ。


「応答しろエルモア2-7、応答しなかった場合、敵対行為とみなす」

「……あぁもう! ニッパー!」


 しかし、数秒経った頃だろうか。

 無線に頭を掻きむしるような音が聞こえたと思ったら、天神は俺の名を呼んだ。


「まだ全然状況を飲み込めてないけれど」

「ああ」

「彼女らは今、私たちの敵っていうことで合ってる?」

「……そうだ」

「了解」


 やはり天神は高性能だ。

 理解できない要素が多数入ったこの複雑な状況で、敵味方の区別をはっきりさせることは、恐らく戦術として何よりも簡単かつ、効果的だろう。

 おかげで俺も動きやすい。


「撃て」


 エルモア・リーダーの声がした直後、無線から銃声が聞こえた。

 恐らく、天神を敵と判断し、攻撃したのだ。


「無事か、天神?」

「ウルフ1からドギー1へ」


 しかし、そんな銃撃などまるでなかったかのように、天神は冷静に応答した。

 いつの間にか、エルモア2-7からウルフ1に戻っている。

 それは恐らく、離別の意思の表明だ。

 明確な敵対を宣言したのだ。


「私がここでフェアリィ達を引き付けていなしておく。アナタはライカに集中を」

了解コピー。大丈夫か? エルモア以外にもフェアリィは多くいるぞ」

「誰に言ってるの」


 すると、天神はただそう答えた。


「最強の肩書は、伊達じゃないのよ」


 それじゃあ――彼女がそう言った直後、けたたましい銃撃音が無線から流れ、そのまま切れた。

 ……心なしか、最後の言葉を言った時の天神が、少し楽しそうに感じたのは、俺の気のせいだろうか。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 集中すべきことは、俺の真横に既にいる。


「ライカ……」


 見ると、ライカは先ほどと変わらない方位でランデブーを維持している。

 レーダーで方向を確認する。

 奇しくもここから真っすぐの位置に、スラム地区があった。

 このままでは、数分もしないうちにそこに到達するだろう。


 『何か』は無線で話していた時、『デコイの準備が出来た』と言っていた。

 恐らくだが、『何か』はアリム達に向かうはずのターゲットタグを、スラムの住民たちに押し付けたのだ。

 どうやってかは知らないが、そうであれば辻褄が合う。


 実際、スラム方面を見ると、遠目にだが車らしきものが何台か動いているのが見える。

 アレイコムの人間が住んでいる富裕層地区がもぬけの殻だったことを見るに、この推測は間違っていないと思う。


 ライカがあそこに到達すれば最後。

 待っているのは、彼女による大量殺戮だ。

 そうなれば、アレイコムにライカを明け渡すことになる。

 それだけは阻止しなければいけない。何をしてでもだ。


 メインディスプレイを入力モードに切り替える。

 この機体のIFF情報をライカにデータリンクさせて、識別を上書きするのが、最も手っ取り早いだろう。


「頼むぞ」


 スーパーイーグルにそう願掛けをして、ライカへデータ共有のリクエストを送った。

 これで識別が上書きされれば、ライカは攻撃をやめるはず……。


 と、思ったその瞬間。

 ライカがバンク。

 ランデブーから抜け出した。


「なんだと……!?」


 すると、メインディスプレイに文字が浮かび上がる。


<request unaccept>


 そこには、データ共有がライカから拒否された旨が記されていた。

 そう簡単にうまくいくとは思ってなかったが、しかしどういうことだ。

 ライカが俺のことをモニタリングしているのならば、この機体に乗っていることも彼女はわかるはず。

 ひょっとして、リアルタイムでの更新じゃないのか?


「……考えてる暇は無いか」


 悩んでいる暇は無いだろう。すぐに次の手を考えなくてはならない。

 機体をロールさせ、ライカのほうへ指針を取る。

 スロットルを上げ、何とか彼女に追いつく。


 しかし次の瞬間、それを見計らったように、ライカは急減速し、視界から消えた。

 レーダー表示はいつの間にか、真後ろに。

 クルビット・マニューバ。


「何のつもりだ……?」


 俺がそう呟いた後も、ライカは不可解な行動を取った。

 ロールして俺の上下を囲むように回る。

 かと思えば真上で背面飛びをして、アクロバットでもするように近づく。

 まるで、コクピットを覗き込まれているような気がした。


 わからない。

 彼女の行動が何を意味しているのか。

 なにかしらの牽制行動か?

 いや、だったらレーダー照射を当てれば済む話だ。

 じゃあ、これはどういう意味だ。


<request:follow me>


 そんな文字が、メインディスプレイに表示された。

 送り主はライカ。

 ついてこい、と言っている。


「言われなくてもそうするさ」


 そう言いつつも、俺は何度もライカに向けて攻撃中止の要請を送った。

 しかし、応答は全て拒否ネガティブ

 取り付く島もない。


「まずい……」


 思わずそう独り言つ。

 現在の位置は、もうスラム地区に入っている。

 いつライカが攻撃してもおかしくない。


 九回目の要請。

 拒否ネガティブ


 それと同時に、警告が鳴る。

 周辺機のマスターアーム起動を知らせるアラート。


「ダメだ、ダメだライカ、やめろ!」


 十回目。

 拒否ネガティブ


 ダメだ。

 どうすればいい。


 ライカは一度敵と決めたら、殲滅するまでやるだろう。

 中止することはない。

 敵の危険性を排除するまで、やめることは――。



 ――ライカは、自身の稼働用デバイスであるSIG-T-28が殺害される可能性を検知した。この一連の行動は、その可能性を排除するため。



「……なんだよ、あるじゃないか」


 脳裏に浮かんだ、ついさっき『何か』に言われた言葉。

 ひとつあった。

 ライカが確実に攻撃をやめる。もっとも簡単な方法が。


 ライカがこの場所に来たのは、敵を排除するため。

 ではなぜ、彼らを敵と判断したのか。


 SIG-T-28が殺されるかもしれなかったからだ。

 俺が殺されないように、ライカはこの場所を攻撃することを決めたのだ。


 となれば、それを止める方法はひとつ。

 その攻撃の意味自体を、失わせればいい。

 そうだ。



 俺が死ねば、ライカは誰も殺さない。



 俺へ攻撃する危険性を孕んだ対象を攻撃するというのであれば、俺という被攻撃対象そのものがなくなれば、もはや危険性も何もない。

 そうすれば、ライカは誰も殺さなくなる。

 攻撃目標を失い、RTB基地帰投へと命令が更新されるはずだ。


 どうやって帰るのか、という不安は残るが、背に腹は代えられない。

 ライカは賢いし、この場所には天神もいる。

 天神がフォローしてやれば、無事に帰ることはできるだろう。

 ライカは、自由に飛べるままだ。


「……こちらドギー1より、ウルフ1」


 リアルタイム通信ではなく、送信日時を指定したボイスメッセージ機能を使い、録音する。


「すまないが、命令は遂行できそうにない。ライカを頼んだ」


 録音完了。

 あとは、やるべきことをやるだけだ。


 機体をバンクさせる。

 無人の地帯を探す。

 もし近くに誰かが隠れてるのなら、それはまあ、すまない。

 近くに無人地帯を見つけて、そこへ機首を向ける。


 機体自動制御システム、オフ。

 イジェクト装置、オフ。

 その他セーフティ機能、全てオフ。


「じゃあな、ライカ」


 地面に激突するまで、残り時間およそ五秒。

 目をつむる。

 PULL UP上昇せよのアラート音が、耳に響いた。

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