プレゼント突撃

 ブリーフィング終了後、すぐさま装備の換装に取り掛かって、気づけばもう数時間。

 月光もない空はすっかりと暗くなり、滑走路の誘導灯や、基地の電灯ばかりが目立って輝いている。

 目の前にあるハンガーは、ぽっかりとその大きな門を開け、そこから中の様子が見えた。


 そこにいるライカは、明かりに照らされ、ただ静かに佇んでいる。

 もう間もなく、ハードな作戦に駆り出されるというのに。

 俗世のことなど歯牙にもかけず、人間のことなど気にも留めず。

 ただ、そのエンジンに火が入るのを、じっと待っているかのようだった。


 前にレイが、ライカの感情について俺に話した。

 俺が彼女を想うことで、彼女もうれしいはずだ、と。


 そんなことはないだろう、今はそう思う。

 ライカは機械だ。

 人の心情など、気にする機能などなく、またその必要もない。

 彼女が空を飛ぶために、そんな機能はむしろ邪魔とすら感じる。


 あるのは全て、空を飛び、またその邪魔をするものを排除するためのものだけだ。

 俺が彼女についてどう思っているかなど、彼女は知る必要はないし、俺も知ってほしいとも思わない。

 コンピュータが、その部品について考えるときがあるとなれば、それは部品が異常をきたしたときだけだ。

 彼女が俺を考えるとすれば、俺が異常をきたしたときだけだろう。


 俺がライカの障害になったとき、初めて彼女は俺を意識するのだろう。

 コンピュータとは、そういうもののはずだ。

 ならば、思われたくなど、ないものだ。そう感じる。


「ぼうっとしちゃって、どしたの?」


 ふと、横から声が聞こえてきた。

 落花のものだ。

 声の方向を見ると、ウルフ隊の5人が、こちらに歩いてきているのが見えた。


「いつもそうやって、出る前はしてるわけだ」


 落花が指をさし、からかうように話しかけてきた。


「そうやって? 立ってただけだ、何もしていない」

「熱い視線を、ライカちゃんに送ってたよ。自覚ない?」


 反論すると、落花はそう言ってきた。

 そうだったろうか。

 確かにライカのことは見ていたが、熱い視線などしていただろうか。


「そうかもな」


 とは言え、これに対して議論することに興味はなかったので、そう返事することにした。


「あ、テキトー」


 そんな心情を察したのか、落花は不満げに文句を言った。

 否定はできない。

 実際、今の返答は大雑把と呼んで差し障りないだろうから。


「照れてるんですよ、ね?」


 すると、レイが同意を求めるように俺にそう言った。

 ね、と言われても、返答に困る。


「はあ、みんなもう少し緊張感をもって」


 すると、天神がため息をしながら、横目でレイたちを見る。

 レイはしまったとでも言わんばかりに、口を閉じて姿勢を正した。


「はーい」


 落花は天神に対し、子供のようにそう返した。

 天神はそんな彼女に対して何か言いたげだったが、諦めたのか、それはため息として出るに留まった。

 代わりとでも言うように、彼女は俺の方に向き直す。


「間もなく作戦開始よ。準備は?」

「すっかりできてる。後はアンタら待ちさ」

「ん、よろしい」


 天神は俺の答えに満足したように頷いた。

 彼女がライカのほうを見る。


「『アレ』が秘密兵器?」


 彼女はライカにつけられているある武装を見て、俺に聞いてきた。


「そうだ、まあ、あれ自体はそんな大それたもんでもないが」


 今、ライカのハードポイントには、ある特殊兵装が4発分、ぶら下がっている。

 普通のミサイルのような兵装よりも一回りは大きい、ずんぐりとした、円筒のような見た目だ。

 クラスター爆弾を入れるケースなどが、形状としては近いだろうか。


 多目的無誘導弾『AB-12』。

 それが、あの円筒の名称だ。


 通称『なんでも弾』。

 主に、輸送機などが使えない緊急時に、食料などの物資を詰め込んで、目的地に無理やり届ける用途で使われることが多い。

 それ以外にも、正規の爆弾を買えない貧乏国家とかが、あれに爆弾を詰めて攻撃用に転向させたりといった使われ方もされた記録がある。

 まあ、大抵のものが詰め込める、頑丈で安価な筒、という認識で問題ないだろう。


 あれ自体は、特に何か特殊な能力がある兵装、というわけでもない。

 そう、特殊なのは、あれに入るモノだ。


「理事長の作戦を聞いたときは、さすがに驚いたよ」


 と、ライカのほうを見ながら、大羽が言った。


「あんなの、前代未聞だ」

「でも、効果的なのは間違いない」

「まあ、そうなんだけどさ」


 駆藤が大羽の感想に答えて、大羽は乾いた笑いをしながら応答する。

 とは言え、大羽がそう思うのも無理はないだろう。

 なんでも弾はその名の通り、あの筒に入るモノならなんだって入れれるが、だからって限度というものがある。

 あの爺はやはりイカレてる。

 いや、逆に言うと、そうでもなきゃラヴェルの理事長なんて地位につけないのかもしれない。


「で、アンタらのほうはどうなんだ?」

「問題ない」


 俺の問いに、天神は答えた。


「SUの調整はもう終わらせた。後は開始を待つだけ」

「で、でも緊張しますね」


 天神の回答に、レイは少し強張った表情でそう言った。


「これから『ブラックフット』に突っ込んでいくって考えると、うう……」


 作戦のことを考えているのだろう。

 レイは不安を隠せないようで、自分の体を抱いて、震わせていた。


 彼女の不安は真っ当といえる。

 何せこれから向かうは、難攻不落と名高い防衛システム、ブラックフットだ。


 数えきれないSAMと機銃、C-RAMが火薬の豪雨を容赦なく、空に向かって降らせるだろう。

 もしランバーの前で動きさえすれば、有効な防衛手段になったのは間違いない、とすら言われている。

 こいつの防空圏内でもたもたしていたら、いくらフェアリィといえども、あっという間にハチの巣になることは請け合いだ。


「本当に、私たちブラックフットを突破できるんでしょうか……?」

「自信を持ちなさい、レイ。今回はDIRCMの出力を強化しているから、気を付けてさえいれば、そう簡単にはミサイルの餌食にはならない」


 レイの不安を打ち消そうと、天神は彼女を叱咤する。

 『DIRCM』とは、ミサイルの誘導を阻害する、赤外線ジャミング装置のことだ。

 旧時代は輸送機などに装備されるものだったが、近年の小型化、高性能化により、フェアリィの一般的な防御兵装として、SUに標準装備されている。


 全ての航空兵器を過去のものにしたと言わしめるフェアリィの、唯一の欠点といえるのが、積載量ペイロードだろう。

 いくらSUによって、強化されていると言っても、やはりフェアリィも人の形、サイズをしている以上、持てる兵装には限りがある。

 大羽のようなAWACSの役割を持つフェアリィであれば、ある程度のSUの大型化も可能だろうが、強襲、迎撃を主とする天神達のような者たちはそうもいかない。


 そのため、一定用量とディスペンサの設置が必要になるフレアではなく、より設置スペースの少ないDIRCMが採用された、というわけだ。


「ま、出力が増した分、当然効果時間は減ったけどね」

「もたもたしてたら電池切れで滅多打ち」


 落花と駆藤が、補足――あるいは追い打ちをかけるように、レイにそう告げる。


「ひえぇ、神様ッ……」


 レイはいよいよ恐ろしくなったのか、手を合わせてお祈りなんかしだした。

 それを見て、天神は落花と駆藤を睨む。

 余計なこと――とでも言わんばかりだ。


「……まあ、その通り、この作戦は速度が命よ」


 そう言って、天神は再び俺のほうに顔を向けた。


「ニッパー」

「ああ」

「これはアナタの――もとい、ライカがいかに速く動くかで成否が別れる。自信はある?」


 彼女は淡々とした声色で、そう聞いてきた。

 その態度は、質問のそれではない。


「ライカのスペックは知ってるだろう?」


 彼女の問いは、ただの確認作業だ。


「できないと思うなら、天神はこんな作戦に乗らない。そうじゃないか?」

「……肯定と受け取るわ」


 彼女は少しだけ笑って見せた。

 これからの未来に似つかわしくはない、柔和な笑みだった。


「傾聴」


 天神は隊員たちに向き直り、ただ一言そういった。

 その瞬間、先ほどまでの態度とは一変して、ウルフ隊全員が、肌を刺すような視線を天神に向けた。

 ごく一般的な女学生から、獲物を狩る狼へと。

 先ほどまで怯えていたレイですらそうなのだから、やはり彼女たちは、このラヴェル屈指の実力者たちなのだということを、改めて思い知らされた。

 天神は口を開く。


「これより、作戦コード『スプリング・クリスマス』開始を宣言する。時刻合わせ、2330」


 その言葉で、俺を含め全員が時計を確認する。

 時間を23:30に。

 秒針を12時位置に。

 竜頭を引き上げる。


「ハック」


 それと同時に、竜頭を押し込む。

 秒針が動き出す。

 作戦開始だ。


「幸運を」


 天神はそれだけ言った。

 そうして、彼女らはSUがあるハンガーへと駆けていく。

 俺も同じく、ライカに向かって走り出した。


 作戦名、『スプリング・クリスマス』。

 夜更かししている悪い子供に、プレゼントを渡さなければ。





 *





 同時刻、マーティネスアジア圏支社。

 桂木シズクはランバーを目撃して間もなくに避難勧告を受け、すぐさま最低限のデバイスのみを持ち、社員専用の地下シェルターへと避難した。

 ランバーが街に侵入してきてからおおよそ15時間以上が経過したが、明朝にランバーを発見して以降、特にこれといった最新情報も報じられていない。


 シズクは辺りを見渡す。

 そこには彼女と同じように避難してきたマーティネス社の社員がいるわけだが、皆一様に不安で、かつ長時間閉じ込められていることによる疲労が出ているようだった。

 無理もないだろう。ランバーが急に攻めてきたのだ。怖くないほうがどうかしている。


 会社用のシェルターでこれなのだから、民間用はさらにごった返しているはずだ。

 パニックになってなければいいけれど。


 シズクはそう思いながらも、ある疑問が頭をよぎった。

 なぜ警報が鳴らなかったのか。

 ランバーがEMPを照射するとは言っても、それはあくまで指向性だ。

 少なくとも、街全体を停電状態にするほどの出力は持っている個体は、今のところ確認されていない。

 現に、今こうしてシェルターの電気がついていることが、何よりの証明になるだろう。


 では、なぜ警報は鳴らなかったのか。

 ここの防衛システムは、私も見せてもらったことがある。

 あの構造を見た限り、少なくとも今朝のように、肉眼でランバーをみて気づく、ということはない。

 広範囲のレーダーが探知し、必ず警報が鳴るはずだ。

 通常通り警報が鳴れば、社員も市民も十分に街から逃げられるだけの時間があるのだが、今回ならなかったために、皆こうして、シェルターに閉じ込められている。


 考えられることは限られている。

 ランバーに、新たなステルス機能を備えるタイプのものが出現したか。

 そうでなければ、意図的に誰かが警報システムを停止させたか。


「まさか」


 シズクは後者の考えを即座に否定した。

 できないことは決してないだろう。

 しかしそれをやったからといって、一体だれが得をするというのか。

 そう思ったからだ。


 そう考えていると、デバイスに通知が入った。

 メッセージだ。

 デバイスを手に取り、画面を起動すると、送り主がキールであることがわかった。

 メッセージを開いてみる。


『直ちに司令部に出頭せよ』


 メッセージにはそれだけ表示されていた。

 その文を見て、シズクはキールの正気を疑った。

 どういうことだ。ランバーが制空権を握っているのに、今更司令部に行って何になるというのだ、と。


 そういえば、と思い、シズクは改めてあたりを見回す。

 キールの姿がない。

 つまり、シェルターに避難していないということだ。


 シズクは付き合いきれないとばかりに、その出頭命令に否定の意を返信する。

 すると、十秒に満たない間に、返信が返ってきた。


『安全面心配なら無用だ。出頭せよ』


 その文面は、ランバーに攻撃されるから行きたくない、というシズクの意を、言外に察している内容だった。

 それを見て、シズクはパニックになりそうな頭を冷やし、考える。


 そういえば、ランバーに襲撃されて結構な時間が経つというのに、振動ひとつ起こらない。

 それどころか、インターネットがオンライン状態にも関わらず、どこが攻撃されたと言ったニュースが、何一つ入ってこない。

 ランバーがこの街に侵入したという報告をしたきり、新しい情報がないのだ。


「……行くしかないか」


 シズクは諦めたように、そう独り言つ。

 ここに留まっていても、事態は好転しそうになかった。

 ならばせめて、この不可解な事象を少しでも解明しようという、科学者の性が彼女を動かしたのだ。


 彼女は深呼吸をする。

 そして意を決したように、シェルターから出て行った。





「来たかね」


 シズクが司令部に着くと、そこにはコンソールを動かしている従業員が数名と、その中央に佇んでいるキールがいた。

 キールはこんな事態になってなお、いつもの調子を崩さず、これ見よがしに眼鏡の位置を直す。

 それがシズクには不気味に思えた。


「ここに来る途中、特に何もなかっただろう?」


 キールのその問いに、シズクは黙って頷いた。

 彼女は司令部から、街の景色を一望した。

 この場所は支社ビルの特に高い場所に設置されているため、周辺の様子を肉眼で確認できるのだ。


 非常に、静かだった。

 空を見ると、確かに無数のランバーが、我が物顔で空を飛んでいる。

 なのに、彼らは遊覧飛行のように飛んでいるだけで、攻撃はおろか、戦闘機動すらしていない。

 まるでこちらを守っているとでも言うように、ビルの上空を飛んでいた。


「驚きだろう?」


 キールはどこか面白がっているように、シズクに聞いた。

 どろりとした違和感を、彼女は感じた。

 キールは続ける。


「上層部の連中め、まさかいきなり強硬策に出るとは。相当焦っていると見える」

「……どういうことですか?」


 言っている意味がわからず、シズクは思わずキールにそう聞いた。

 キールがシズクの方を振り返る。


「ああ、昨日言ったプランの話だがね、必要なくなったよ」

「え?」

「あの戦闘機、あれを片付けるのは、彼らに任せることになった。上の指示でね」


 そう言いながら、キールは目を細め、ランバーが飛んでいる方向を見つめる。


「何を、言ってるんですか? 意味が……」


 シズクは混乱しそうな頭で、そう聞いた。

 いや、彼女のその頭脳は、彼の言葉から、ある解を導き出していた。

 だが、理性がそれを否定している。

 そんなはずがないと、必死で自分に言い聞かせている。


「わかっているのだろう?」


 そんな彼女の心情も無視して、キールはその答えをもう導き出しているはずだろうと、そう聞いた。

 シズクは気が狂いそうになった。

 今すぐこの場から出ていきたいと、切に願った。

 キールは、その先を口にした。


「ランバーを使うのだ。あの戦闘機狩りにな」


 それを聞いて、シズクは何も、言葉を発することが出来なかった。

 彼女は考える。

 キールの言葉が意味すること。

 それは、明確なランバーとの協力関係だ。


 つまり、この騒動の原因は。

 マーティネス社がしていることは――。


「……裏切ったのですか、人類を」


 ようやくシズクはその言葉を絞り出し、キールを睨んだ。

 明確な、敵意の目だ。


「人聞きの悪いことを言うもんじゃない」


 それに対し、キールはあっけからんと、そう返す。


「ランバーとフェアリィは金になる。これは上流階級の人間なら常識だ。金になるものを、より多くの金を生み出すようにしているだけではないか。これはむしろ、人類経済の活性化だ、違うかね?」

「そんな詭弁――」

「それに、だ」


 キールはシズクの言葉を遮って、言った。


「君も、既にその仲間だ。きれいごとを言うもんじゃない」

「違う、私はッ!」


 私は――その次の言葉を言おうとして、しかし彼女は言葉に詰まった。

 私は、なんだ?

 同じじゃないか。

 自分のしてきたことを思い出せ。

 お前はもう、マーティネス社の一員だ。


 自分の利益のために他者を平気で貪る、化け物の仲間だ。


 彼女の脳は、否定したがる理性とは真逆に、そう結論付けた。


「私は……ッ」


 彼女はもはやそれだけ言い、その場にへたり込んだ。

 それは彼女の心が折れたことを、如実に表していた。


「……安心したまえ、桂木君」


 すると、キールがシズクに近づき、彼女のその頬を撫でる。


「すぐに君も慣れる。その先に待っているのは、巨万の富と、最高級の安全だ。もちろん、妹さんもその恩恵を受けれる」


 まるで言い聞かすように、あるいは洗脳するように、彼はシズクの耳元で囁く。

 シズクはそれに答えない。ただ茫然とした表情で、虚空を見つめていた。


「なあに、実は君の事は、前々から気にかけていたのだよ。私の庇護に入りなさい」


 満足げに、キールは喋り続ける。

 シズクは、何も答えない。


「大丈夫だ、全てが手に入る。もう自分の心配も妹さんの心配もしなくていい。あんな玩具とガキのことなんて、すぐに忘れて――」


 すぐに忘れさせてあげよう。

 そう言うとした、次の瞬間。

 司令部の部屋中に、警告音が鳴り響いた。


「かかりました、ボギー、インバウンド」

「来たか!」


 オペレーターの報告を聞き、キールは不敵に笑った。

 餌に魚が食いついた。

 つまり、これは目当てのトラスニクが来たのだということを、彼は確信していた。


 ならば、あとは堕とせばいい。

 キールは、勝利を確信していた。


「よし、ブラックフットを起動しろ! 射程圏内には入ったか?」


 彼は満を持して、最高の火力をトラスニクに向けるよう指示する。

 これで、全て終わり。

 後に舞い込むのは、さらなるキャリアアップと、桂木シズクだ。


「――待ってください、これは」


 すると、オペレーターが困惑したように、そう声を出す。

 キールは勝利の味に水を差されたような気分になり、そちらを睨んだ。


「なんだ! 余計なことをせず、迎撃を――」

「間に合いません!」



「……なんだと?」



 そんなはずはない、キールはそう思った。

 レーダーに捕捉できたということは、ブラックフットの攻撃可能範囲直前ということだ。

 起動して、制圧するマージンなど十分にある。

 まかり間違っても、迎撃が間に合わない、ということなどないはずだ。


 普通の戦闘機で、あるならば。


「目標、接近しています! 攻撃範囲を抜けて、エリア内に入るまで――5秒!?」

「ふざけるな!」


 思わずキールは声を荒げる。

 そんなことがあるはずがない。

 ブラックフットの攻撃範囲がどれだけあると思っている。

 そんな速度を出せる有人戦闘機など、あるはずがない。

 あってはならない。


「どけ!」


 彼は乱暴にオペレーターをどかし、そのモニタを見る。

 そこには、目標のトラスニクの観測された速度が、表示されていた。

 それを見た瞬間、キールは息をのんだ。


「……バカな」



 その感情は恐怖だった。

 未知のものに対する恐怖。

 そして。


 それは、触れてはいけないものに触れてしまったような。

 人として、超えてはいけない領域を超えたような。

 そんな、発狂にも近い、恐ろしさ。



 8853km/h



 モニタはただ無機質に、ライカの速度を表示していた。

 その速度はなお、上昇している。

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