お悩み相談
戦いが終わった後、ラヴェルに帰るまでの道のりは、幸運にもこれと言ったトラブルには見舞われなかった。
天神がブラックアウトに陥ったレイを救助し、地上部隊を攻撃していた別動隊と合流。
あとは、天神が
強いてひとつ気になる点を挙げるとすれば、天神に叩き起こされたレイが、終始口を閉じていたことだ。
どこか身体に異常をきたしたのかとも思ったが、そばにいるフェアリィ達が何も言わないところを見るに、そうではないのだろう。
そう思い、特にそれについて触れることはしなかった。
「――以上が、今回の報告となります」
帰投後のデブリーフィングでも、特に問題はなかった。
天神、および来栖の両リーダーによる報告も終わり、全体的に緊張がほぐれたような雰囲気になりつつある。
落花が体を伸ばしだり、駆藤が居眠りしているのが、その証明となるだろう。
いや、駆藤はブリーフィング時も寝ていたので、これは除外すべきか。
「なるほどな……わかった。マーティネス社のUAV群については、こちらで問い合わせておこう」
一通り報告を受けた芹沢理事長が、戦果確認用に表示していたプロジェクタを閉じる。
ブラインドが開き、部屋が明るくなった。
そろそろ、空が赤くなり始めるころだ。
「ご苦労だった。今日のところはこれ以降、休息時間とする。明日からは再び、別命あるまで通常の学園行事に従事すること。以上だ」
解散――その言葉を最後に、理事長は部屋から出て行った。
残ったものは、皆一様に席を立ち、部屋の出口へと歩を進め始めている。
ただ、レイのみは、席に座ったまま微動だにしなかった。
そこに、ゆっくりと近づく人影がひとつ。
天神だ。
「レイ」
無機質な声色だった。
彼女の呼びかけに、レイは怯えるように震えた。
俺はレイを後ろから見てるので表情はわからないが、少なくとも震えているようだった。
「あ……ナナ、さん」
レイは力なく顔を上げる。
その声はひどく弱弱しいと言えるものだった。
「退避しろと、あの時言ったはず。なぜ、命令を聞かなかったの?」
その言葉に、レイは何も言わなかった。
いや、正確には言おうとはしていたが、言葉が正確に出力されない。というのが、正しいように思えた。
口を開けたり閉じたりしながらも、言葉らしい声を発しなかったことから、それは推測できた。
天神が言っているのは、恐らくレイがUAVと交戦していた時のことだろう。
あの時レイは、天神の退避命令を聞かず、UAVとの交戦を続けていた。
その結果が、ブラックアウトに繋がった。
天神は恐らく、そのことについて糾弾しているのだ。
いや、というよりは、叱責と言った方が、表現としては正しいか。
いつの間にか、部屋を出て行こうとしていた他のフェアリィも、その成り行きを見守っていた。
「わ、私……」
「技術や経験が足りないのは仕方ない――けれど、命令無視は看過できない」
やっとの思いで出したレイの言葉を、天神は遮るように喋りだす。
「あの時、アナタが勝手な行動をしたせいで、アナタ自身、死ぬ寸前だった」
「あ、う……」
「それどころか、アナタのせいで、無用なリスクが増えた。それを理解しなさい」
その言葉に、レイは再び言葉を失い、顔を俯かせた。
天神はただそれを見て、淡々と言葉を続けた。
「何を焦っているのかは知らないけれど、今後またこのような兆候が見られた場合は、除隊処分とさせてもらう」
「ッ……」
「以上。何か質問は?」
それに対して、レイは体を震えさせたまま、答えなかった。
怯えているように見えた。
それが数秒間。
レイはゆっくり口を開いた。
「ありません。了解、しました……」
「……もういい。戻って体を休めなさい」
「はい」
レイはそう言って、弱弱しく席を立ち、出口へと向かっていく。
その前に立つフェアリィ達は、何も言わず、沈黙して道を譲った。
出て行く途中、俺は彼女と目が合った。
「ニッパーさん」
か細い声で、彼女は俺の名を呼んだ。
「ごめんなさい。ご迷惑、おかけしました」
「……命令に従事しただけだ。謝罪される謂れはない」
思ったことをそのまま伝えた。
俺としては、彼女の行動に、感情的に思うところはなかった。
天神の言う通りだろう。
ああいったインシデントは、部隊そのものの危機につながる。
レイがそれを自覚し、改めるなら良し。
改めないのなら、除隊されるだけだ。
そうしなければ、死ぬのだから。
俺の言葉を聞くと、彼女はそのまま、つたない足取りで部屋を出て行った。
天神は、ただ出て行くレイを見据え、しかし身動き一つしない。
それを見て、落花や大羽と言った他の面々はどこか、所在なさそうにしている。
「ざまあないわね、ナナ」
そんな中、来栖が一人、天神に話しかけた。
天神は彼女に目を向ける。
「エリサ」
「アナタ、作戦前に自分の言ったこと覚えてるかしら? 『レイは戦闘で無様な真似はしない』――ですって?」
来栖のその問いに、天神は何も答えない。
ただほんの少しだけ、目を細め、何かに耐えているような顔をした。
来栖はそれを見て、ため息を吐いた。
「……ナナ、アナタは確かに最強のフェアリィだわ。それは認めましょう。けれど、それだけよ。隊員の一人も制御できないで、隊長が務まると思って?」
「ナンバー2が随分偉そうじゃん? 人の苦労も知らないで」
すると、来栖の言葉には天神ではなく、落花が答えた。
落花は天神に抱き着くように近づきながら、来栖のほうを睨んでいた。
「何でもかんでもリーダーのせいにしてさ。僻みにしか見えないんだけど」
「そうやってアナタが甘やかすから、いつまでもこの子は成長できないのよ。そもそもね、上に立つ者とは――」
そういった応酬をしばらく眺めていると、そういえば、なんで俺は彼女らの喧嘩を観戦しているのだろう、ということに気づいた。
我ながら随分と間抜けな話だ。
デブリーフィングはとっくに終わったのだから、真っ先に退出すればよかったのに。
彼女らのディベートを見て、時間を潰す必要など、俺には少しもないのだから。
ライカの傷のことも気になる。
ハンガーに行って、修理のめどを整備員に相談する必要もあるだろう。
そう思い、俺はハンガーに向かうべく、席を立った。
「あ、ニッパー待って」
すると、大羽に呼び止められた。
「なんだ?」
「悪いんだけど、レイの様子を見てきてくれない?」
「すまないが、要求の意図が読めない。説明してくれ」
率直にそう聞いた。
レイの様子を俺が見てきたところで、どうだというのか。そう思ったからだ。
今、ここは戦場ではない。
彼女に対して差し迫った危機はないはずだと、俺は認識している。
それともそれは間違いで、彼女は今、攻撃を受けているのだろか?
そんなことを考えていると、大羽は少し呆れたような、ポカンとした表情を俺に向けた。
この顔から察するに、俺の予想は的外れもいいところなのかもしれない。
「意図って……そりゃ、ナナに怒られて、メンタルやられちゃってそうだから、励ましてあげて欲しいって、それだけだよ」
「つまり、俺に桂木のメンタルケアをしろ、ということか?」
それは俺にとって意外な要求だった。
「嫌なの?」
と、大羽。
「嫌とは言わないが、メンタルケアは専門外だ。アンタたちのほうが適任じゃないのか?」
「今、ウルフ隊のメンバーが行っても、レイは遠慮しちゃうと思う。とは言え、作戦のことだから友達にも話せないだろうし」
「ふむ」
「ニッパーは見た感じ、その変わった性格含めて、レイと相性よさそうだしね。この状況じゃ、感情の受け止め役には一番適任だよ」
なるほど、レイと相性が良いかは皆目わからないが、とにかく大羽はそう思ったらしい。
とにかく、そういうことならやってもいいだろう。と思った。
今後作戦を協同する時のリスクを考えれば、レイが不安定になっているよりは、安定している方がいい。
「了解した。可能な限り、メンタルケアに努める」
「固いなぁ、まあいいけど。じゃあ、よろしくね」
そう言って、大羽は手を振って、退出を促した。
片方の手で、駆藤をはたいて起こしている様子が見えた。
俺は何も言わず、いまだ言い合っている妖精たちをしり目に、部屋を出た。
出て行くとき、なぜか天神がこちらを見ていたが、特に何も言われなかったので、言及はしないことにした。
思わぬ痛手だった。
大間抜けもいいところだ。
所謂励ましを行うのは良いが、肝心のレイの居場所を聞いていなかったではないか。
それを思い出したのは、部屋を出てしばらく経った後のことだった。
引き返して大羽に聞こうにも、もう部屋にはいないだろう。行先は知らない。
さて、どうしたものか。
そう思いながら、外に出て十数分。
ここら近辺は、恐らく学園エリアに近いのだろうか。
少し先に見えるグラウンドや、恐らく体育館であろう大きな建物は、それを予測させるに十分な要素だった。
今はもう、フェアリィ達は下校した後なのか、当たりは閑散としていた。
空はもう、だいぶ赤くなっていた。
黄昏時だ。
西日が眩しくて目を太陽のほうから背けると、人影が見えた。
閉鎖されている連絡口らしきところに、フェアリィの制服を着たものが、体育座りをしている。
顔は伏していて見えないが、恐らくレイだ。
何とか見つけることが出来た。
彼女に近づき、話しかける。
「桂木で合っているか?」
そう聞くと、彼女はびくりと震え、顔を上げた。
泣きはらしているようで、顔には大粒の涙がついていた。
「ニッパー、さん? どうして……」
「アンタのメンタルケアだ。大羽に頼まれて来た」
「……そういうの、あんまり本人に言わないほうがいいと思います」
「ふむ、そうか」
難しいものだ。
そう思いながら、俺はレイの隣に座った。
さて、とは言え、メンタルケアというのは何をやればいいのか。
大羽は何をとち狂って俺をアサインしたのだろうか?
皆目見当もつかない。
ひとまず、ハンカチを渡して、涙を拭くよう勧めてみる。
「え? あ、ありがとうございます」
酷く意外そうな顔で、レイはそれを受け取った。
「意外です。ニッパーさん、ハンカチ持ち歩いているんですね」
「出血した際の応急処置に使える。あるに越したことはない」
「私が使っちゃって、いいんですか?」
「そういう使用方法も想定済みだ。問題ない」
「……ふうん」
彼女はどこか、怪しんだような声色だった。
「慣れてるんですね、こういうの」
「ふむ、まあ、そうかもしれない」
「誰かとお付き合いしたことあるんですか?」
「どういうことだ? 誰かしらと恋愛関係になったことはないが」
「ホントかなあ……」
思い返してみると、他人に対してこういった行動ができるのは、ひとえに姉のほうの桂木に教えられたからと言ってもいい。
研究所にいたころ、彼女は何かと俺に女性への接し方だの、コミュニケーションの取り方だのを散々聞かせてきた記憶がある。
ある日、それはライカの実験に何の関係があるのかということを聞いたところ、彼女曰く、『説明したくないけど、絶対必要なの』ということらしかった。
聡明な彼女が言語化できない程複雑な理由とは何なのか、興味がないと言えばウソになるが、結局理由は聞けず終いに終わってしまった。
「……ニッパーさん、ライカちゃんのこと、ごめんなさい」
ひとしきり涙が拭き終わったらしく、彼女は俺に向かってそんなことを言ってきた。
「私のせいで、ケガさせちゃいましたよね。ニッパーさんにとって、大切な存在なのに」
「さっきも言ったが、俺は俺で天神の命令に従っただけだ。アンタには関係ない」
「ありますよ。私が原因を作ったんですから」
レイはそう言いながら、ハンカチを握りしめた。
すると、顔を俺のほうに向ける。
「慰めて、くれるんですよね?」
「ああ、そういう要求を受けた」
「じゃあ、私の話、聞いてくれますか? あとで、修理のお手伝いでも何でもしますから」
修理を手伝ってもらうつもりはないが、俺はただ黙って首肯した。
それでメンタルが回復するのであれば、実に効率がいい。
優秀な自己回復機能と言えるだろう。
「私、ナナさんに憧れて、フェアリィになったんです」
彼女は、ぽつりぽつりと、話し始めた。
「昔、両親が他界してから、姉が唯一の家族で……お姉ちゃんはいつも私を守ってくれたから、私もナナさんみたいに、大勢の人を守れる存在になって、それに報いたかったんです」
「ふむ」
「でも――現実って、うまくいかないですね」
そう言うと、彼女の瞳からは、再び涙がこぼれ始めていた。
彼女はそれをハンカチで拭って、続ける。
「フェアリィになるって言ったら、お姉ちゃんは猛反対してきて、それで大喧嘩になって、それっきり、連絡もつかない……守るはずの存在もいなくなって、もう拠り所は、ナナさんみたいになるってことしかなくて」
レイの言葉は、もはやちぐはぐになっていた。
感情が昂っているのだろう。
俺は黙ってそれを聞くことに徹した。
「お姉ちゃんを守るためだったのが、いつの間にかお姉ちゃんを見返すためになっちゃった気がして、もうなんで頑張っているのかもわからなくて。それで、焦って、今日だって、迷惑かけてッ……」
ついに言葉を形成するのが難しくなったのか、彼女の口からは嗚咽しか聞こえなくなっていた。
この状態から察するに、自分の理想と現実の差異に苦しみ、それがあの命令無視の要因となっているようだ。
「もう、ダメなんです……どんなに頑張ったって、私は、ナナさんみたいにはなれない」
彼女はそう言うと、息を切らして黙りこんだ。
言いたいことが一通り終わったのだろう。
ひとしきり聞いたわけだが、どうだろう、メンタルケアにはなっただろうか?
わからないが、出来ることはやった。
結果が振るわなかったら、ただそれだけの話だ。
「……ニッパーさんは」
そう思っていると、レイがそう呟いた。
「ニッパーさんも、情けないなって思ってますよね。私みたいなのが、ナナさんみたいになれるわけないって」
彼女はどこか自嘲したように、そう言った。
「それはアンタが決めることだろう。俺には関係ない」
「……え?」
レイは俺の言ったことが意外だったらしく、腫れた目を丸くして俺を見た。
表情の忙しい奴だと思った。
「聞いたところによると、アンタは願ったフェアリィになって、ウルフ隊に入れた――その認識で合ってるか?」
「はい、まあ……結果だけ見れば」
「なら、あとは簡単だろう。フェアリィとしての機能を全うするだけだ。ランバーを殺して、人間の護衛をすればいい。天神と近似値になるまで、そうすればいいんだ。それが目的なんだから」
レイの思い悩んでいることが、俺にはいまいち共感できなかった。
だって、今更になって何を悩むというのだ。
天神のように沢山のランバーを屠り、沢山の人間を庇護したいと思うなら、そうすればいいのだ。
それで何を犠牲にしようと、知ったことではない。
俺にとってライカを飛ばすことが至上目的であるように、レイにとっては天神の近似値となるフェアリィになるのがそうなのだ。
至上目的は、自己の存在そのものだ。
ならば、ただそれを遂行するだけだ。
理由は後付けでも、無くてもいい。
自分の存在に理由など、本来必要ない。
ただ在って、全うするだけだ。
それで十分だろう。
「……できるんでしょうか。今日あんなポカした、私に」
「さっきも言ったが、アンタが勝手に決めればいいんだ。俺の知ったことじゃない。一回の失敗でやめるのなら、それもいいだろう」
そう言うと、レイは乱雑に涙を拭き、ハンカチを俺に返してきた。
「やめませんよ」
俺はハンカチを受け取り、彼女を見る。
目は腫れたままだが、その声はもう震えていなかった。
「ニッパーさんって、やっぱり変ですよ」
「そうか。メンタルケアにはなったか?」
「どうでしょうね。でも、吹っ切れた感じはします」
レイはそう言うと、少し笑った。
少なくとも、良い方向に動いたと考えていいだろう。
「ありがとうございます。ニッパーさん」
レイは立ち上がって、俺に振り向いた。
「ライカちゃんの整備、手伝います。雑用でもなんでも言ってください」
「いや要らん。整備士と俺で十分だ」
「そこは頼ってくださいよ……」
「いや、でも、そうだな――桂木シズクの妹なら、案外何か知ってるのか?」
「――え、ま、待ってください!? なんでお姉ちゃんの名前知ってるんですか!」
……ああ、そういえばまだ、言ってなかったっけか。
特に隠していたつもりではないが、どうにもタイミングを逃していた。
「アンタの姉、桂木シズクはな、ライカの生みの親さ」
その言葉を伝えると、レイは響き渡るような、大きな驚嘆の声を上げた。
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