強引な男は嫌い

「なんだ?」


 思わずそんな声を出した。

 敵勢力の半分以上を撃破し、敵の猛攻がようやく収まり始めたころ。

 弾も半分以上消費したところで、レーダーに新しい反応が出たのだ。


 IFF ALLY 12


 それは友軍機を示す表示だった。

 11時方向より、12機の味方。

 フェアリィの増援か?

 聞いていた話とは違うが……。


「ウルフリーダーより、ドギー1」


 すると、天神から無線が入った。


「作戦領域に友軍機が進入した。そちらで確認できる?」

「こちらドギー1、レーダーで確認済みだ。こいつらはなんだ、フェアリィか?」

「いいえ、UAVよ。マーティネス社のものらしい」


 UAVだと?

 どういうことだ。

 なぜUAVがフェアリィも連れず、こんな場所を飛んでいるんだ?


 いや、そもそもなぜ、飛べている?

 UAVのような兵器がランバーの前で飛べるのは、フェアリィがそばにいて、その影響下に入った場合だけだ、と聞いている。

 それなのに、フェアリィも連れていないUAVが、ランバーの占領空域を12機も並んで飛んでいるというのだ。


 そんなもの、撃ち落としてくださいと言っているようなものだ。

 天敵の前に、わざわざ首を差し出すような行為だ。

 不可解、としか言いようがない。


 メインディスプレイに文字が表示される。


<Reqest:Contact from [MC-F-33:Huginn]>


 それは、何者かがライカと通信したがっていることを示すものだった。

 状況的に、件の友軍機とみていいだろう。

 それに、この名前には見覚えがある。


「こちらドギー1。ウルフリーダー、マーティネス社製というのは、間違いないみたいだ」


 俺は再び、天神に連絡を入れる。


「どういうこと?」


 と、天神。


「今しがた、その友軍機と思われるものから、通信要請が来た」

「確かなの?」

「間違いない。機種はMC-F-33、識別名フギン」


 MC-F-33。

 通称『グリズリーⅢ』。


 マーティネス社のベストセラーUAVだ。

 コストパフォーマンスが高く、空対地、空対空の両方に対応できるマルチロール戦闘機だが、一番の売りは、数々の電子装備と、それを駆る優秀な人工知能だろう。


 随時アップデートされる膨大なビッグデータを有しており、その時の状況や、随伴するフェアリィの戦い方をインプットしたうえで、最適な行動をとるよう設定されている。

 加えて、機体に搭載されている複数のデータリンク機能と長距離ミサイルによる、先制発見、先制攻撃性能に優れており、同型機で群れて情報共有をすることで、その性能を十全に発揮する。


 ランバーの攻撃を予知してフェアリィを庇った、という話も数多あるくらいなものだから、その信頼性の高さが窺い知れるだろう。


 そんな優秀な頭を持つ無人戦闘機が、今こちらにコンタクトを試みている。

 そこにいられるはずのない航空機からの、目的不明の通信要求。

 お世辞にも良い兆候とは言えないだろう。


「ウルフ1、どうする? 要求に応えるか?」


 通信要求に対しどう対応するかを、俺は天神に聞いた。

 面倒だから撃ち落としちまえ、という思いがないわけでもないが、さすがに所属の割れている友軍機にその対応は、決してよろしくはないだろう。


 俺の問いに、天神は少しの間沈黙し、そして答えた。


「……ドギー1、通信によってライカがハッキングされる可能性は?」

「ない、と考えられる。通信でこちらが許可する領域は、電子系統を統制するコア・コンピュータの外側だ。マルウェア等によるハッキングは、構造的に不可能と言っていい」

「了解した――マーティネス社が何かの手違いで、機体をこの空域に入れた可能性もある。ハッキリさせて」

「了解、通信を試みる」


 それを最後に、天神との無線を終えた。

 ふと、キャノピィ越しに周囲の状況を見てみる。


 気が付くと、あれだけ激しかったランバーの猛攻が、嘘のように収まっている。

 確かに、今は残存勢力から距離を取っており、辛うじて攻撃範囲外にいると言えるだろう。

 だが、どうにもそれだけではないような、そんな気がした。


 散々鳴っていたアラートも聞こえない。

 エンジンと、電子機器の音のみ。

 静寂があった。


 ディスプレイに目を向け、通信を許諾する。

 返信が来た。


<Thanks>


 ありがとう、ときたものだ。

 要求を受け入れた際の定型文だろうが、なんだか少し皮肉ってみたくなるような、そんな気分になる返答だった。


「ドギー1へ、こちらウルフ4」


 すると、大羽から無線が入る。


「UAVが貴機に接近中。11時方向」

「了解――こちらも目視で確認した」


 言われた方角を見ると、編隊飛行をした一群が、こちらに向かっているのが見えた。

 グリズリーⅢ・フギンだ。

 彼らは一糸乱れぬ動きでこちらに近づき、その矢先に方向を転換。

 こちらとランデブーをするように並んだ。

 ちょうど真ん中あたりに、ライカが飲み込まれた形となった。

 怪物に飲み込まれたような、そんな気がした。


<Request:Follow me>


 ついてこい、という要求。

 『何故?』という質問を投げかける。


<ERROR:54>


 エラーコード54。

 これはつまり、要求に対して、必要な権限がないことを示すものだ。


 ふざけている。あちらの要求に対し、こちらが質問する資格はないと言っているのだ。

 であればと、アプローチのやり方を変えてみることにする。

 『お前は何者だ?』という質問に変更。

 しばしの沈黙の後、文字が表示された。


<We are your friends>


 君の友達だ――だと?

 随分と抽象的で、曖昧な回答だ。

 いや、それよりも、なんだ?

 回答に違和感がある。


<We need LAIKA>


 立て続けに、そう表示される。

 悪寒が走った。

 ライカ、と、表示された。

 通信でのこちらの識別名は、SIG-T-NO:28と表示されるはずだ。

 こいつらは、ライカを知っている。



<Request:eject pilot>



 パイロットを排除しろ。そう返ってきた。

 ようやく理解した。

 こいつらは、最初から俺と受け答えをしているんじゃない。


 ライカと、話していたのだ。


 途端に、警告が鳴った。

 このパターンは、コア・コンピュータが周囲の状況から独自に危険であると判断し、パイロットに退避行動を要求する時のものだ。


 文字が表示された。

 フギン達のものじゃない。

 ライカからのメッセージ。


<order:Shoot ALLY [MC-F-33:Huginn]>


 フギン達を撃て。

 ライカはそう言った。


 瞬間、何かが衝突する音。

 キャノピィの右側に、ヒビが入った。


 攻撃だ。アラートは鳴らなかった。

 ライカにじゃない。

 パイロットを、俺だけを狙った、攻撃。


 ピッチアップ。

 仰角90度。

 ポストストール。

 急減速機動を行い、大急ぎでフギンの編隊から離脱。


「こちらドギー1」


 そのまま離脱行動をしながら、天神達に無線を入れる。


「こちらウルフ1、どうしたの? こちらは間も無く到着するけど――」

「UAVに攻撃された。撃墜許可を求む」

「なんッ――どういうこと、無事なの!?」

「キャノピィをかすっただけだ。もう一度言う、撃墜許可を――」


 言いかけたそのとき、UAVの群れが反転。

 こちらへと迫ってきていた。

 すると、ディスプレイの表示に、変化が見られた。


 IFF ENMY 12


 UAVの表示が、味方から敵になった。

 このIFF判別は、前回のような、データリンクによる表示ではない。

 ライカが、判別を上書きしたものだ。

 つまり――。


<order:Shoot>


 ライカが言っている。

 ランバーか否かなど、関係ない。

 奴らは撃ってきた。

 こちらに向けて、攻撃してきた。


 攻撃してきたものは敵だ。

 敵は撃ち殺せ、と。


 瞬間、ミサイルアラート。

 レーダー照射の元は、言わずもがな、グリズリーⅢの群れだ。

 先ほどの態度から一変して、ライカに対して暴力的だ。

 手に入らないならば、いっそ殺してしまえ、とでも言うのか。


「ハッ」


 思わず、吹き出してしまった。

 無作法なハイイログマどもめ。

 根気よく俺だけ殺してりゃよかったものを。


 ダメだとわかった途端、すぐに掌返しか。

 そんなことだから、振られるのだ。

 誰に向かって、無礼を働いている。

 それは、ライカへの侮辱だ。


 マスターアーム・オン。

 AAM    4 RDY

 GUN 1850 RDY


 目標、グリズリーⅢ。

 ロックオン。



 発射。

 FOX2。



 瞬間、グリズリーⅢの群れに、高速でサイドワインダーが迫る。

 近距離での高速ミサイルは、回避行動をとらせることなく、相手の懐に迫る。

 熊どもが、慌てたようにありったけのフレアを焚く。

 もう遅い。


 着弾。

 4発。全弾命中。

 直撃した4機と、それに巻き込まれた1機が、黒煙を吐いて堕ちて行く。


 高速でグリズリーの群れと交差する。

 ターン。

 そのまま、奴らとシザーズに移行した。


 残り7機。

 使用できる対空武装は、機銃のみ。


 ミサイルアラート。

 迫ってきている。

 後ろを取られたのだ。


 まずい。

 そう思って、回避行動をとろうとした。


 しかし、次の瞬間、ミサイルアラートが鳴り止んだ。

 何事かと思い、レーダーを確認する。


 IFF ALLY 2


 気づけば、ライカの左右に1機ずつ、並ぶように映っていた。

 左右を見る。

 コウモリのような翼があった。

 つまり、ようやくご到着というわけだ。


「ウルフリーダーより、作戦領域現着」


 天神から、そう無線が入った。

 レーダーがALLYを示した方角を見てみる。

 天神とレイが、こちらに救援にきてくれたようだ。


「ニッパーさん、ごめんなさい! 遅くなりました!」


 と、レイが無線を入れる。


「問題ない。ほかのやつはどうした?」

「地上部隊に足止めされています! ひとまず私たちが、ニッパーさんの救援に来ました!」

「ニッパー」


 レイに被せるように、天神が俺を呼んだ。


「まだ、戦える?」

「機銃がある、何とかなるだろう」

「そう」


 それだけ言って、彼女はスラスターの翼を翻した。


「ライカが強いことは、十分に分かった。もう逃げろとは言わない。共に戦ってもらう」

「了解」

「ウルフリーダーより各員――」


 すると彼女は、全体に向かって指令を出した。


「マーティネス社のUAVが明確な敵対行動を取っている。このため、特例ながらUAVの撃墜を許可する。地上部隊を掃討しつつ、余裕のあるものはUAV撃破に参加されたし、以上」


 天神はそう言うと、こちらに向き直る。


「これより、作戦行動を開始する。準備は良い?」

「問題ない」

「よし」


 エンゲージ――天神はそう言って、速度を上げて飛んで行った。

 俺とレイも、それに続く。

 各々狙いを定め、空戦機動に入る。


 そこからは早かった。

 レーダーを見ると、天神に狙われたグリズリー達が、1機、また1機と堕とされていった。

 天神の機動は、まさに泳いでいるようだった。


 フェアリィ独特のマニューバで相手を翻弄し、近づいたと思ったら、あっという間に装備している銃で、UAVを穴だらけにしていた。

 まるで得物を見つけた鮫のように、容赦なく、次々と。


 そうこうしているうちに、気づけばもう、残り3機だ。

 ほとんど天神が仕留めている。


「ウルフ4より各員」


 と、大羽から通信。


「地上部隊、およびコロニーはハウンドとウルフで軒並み片付けた。もうすぐそちらに合流できるよ」


 それは、本来の目的であるコロニー破壊が完了したことの報告だった。

 終わりが、近づいている。


 グリズリーの一機が、背後に付いた。

 レーダー照射、やる気だ。


 だが、その位置は都合がいい。


 急減速。

 ピッチアップ。

 カナードを最大限に動かす。

 揚力が操作され、機体が、空中で一回転。

 クルビット。


 目の前は、がら空きの熊の背中。


 GUN FIRE


 連続した重低音が鳴る。

 目の前には、みるみる穴だらけになって、黒ずんでゆくUAV。

 コンマ数秒。

 そして、UAVは回転しながら堕ちていき、空中で爆散した。

 あと、2機。


 そう思った、その矢先だった。


「うぐッ――」


 そんな、うめき声のようなものが、無線から聞こえた。

 レイの声だ。


「ウルフ5、どうしたの?」


 天神も聞こえていたらしく、レイに問いかける。

 だが、レイは答えない。


「応答しなさい、ウルフ5」

「だ、大丈夫です……!」


 レイがようやくした返答は、その言葉とは裏腹に、辛うじて絞り出したような、そんな声だった。

 俺は気になって、レイが戦っている方向を見てみた。


「大丈夫です。模擬戦で、何度も戦ったんですから、これくらい……」


 その姿は、とても言葉通りに受け取れないほど、逼迫したものだと言えるだろう。

 UAVに対して、シザーズを繰り返してはいるが、なかなか振り払えないでいるようだった。

 背面撃ちのようなものはまだできないのだろうか、反撃に転じることが出来ないでいる。


 あの動きでは、堕とされる。


 直感的に、そう感じた。


「レイ、無理しないで! 私が行くまで回避に徹しなさい!」


 天神が、ほとんど怒鳴るようにレイに言った。

 しかし、当の本人は、ほとんど聞こえていないようだった。


「大丈夫、大丈夫です……ウルフ5なんだ。このくらいできなきゃ」


 それはもはや、天神に対する返答ですらないだろう。

 ほとんど自分に言い聞かせているような、うわ言と言っていいものだ。


「ニッパー!」


 すかさず、天神に呼ばれる。

 天神はもう一機のUAVを相手にしていて、とてもレイを助けられる状態ではない。

 それが指す意味は、恐らくひとつ。


「命令か?」

「そうよ、レイの援護を」

了解ウィルコ


 アフターバーナー点火。

 レイについているランバーに追従する形で、攻撃態勢に入る。


「ウルフ5、ミサイル!」


 その最中、大羽から、警告が入る。

 さすがにそれは聞こえたのか、レイは回避行動を取った。

 反転しているタイミングが見つからなかったのか、ループに入る。

 それで、辛うじてミサイルを避けた。


「ッ……!」


 だが、あれはまずい。

 あの速度で、あんな大きな宙返りをやったら、恐らく――。


 最悪の事態が起こった場合、天神の命令を遂行できる方法は、ひとつだけだ。


「レーダー照射、注意!」


 再度、大羽。

 レイに向かって、2発目のミサイルが撃たれようとしていた。


 しかし、彼女は動かなかった。

 自由落下をしている。


「レイ! クソッ……!」


 天神の呼びかけにも、レイは応答しない。

 ブラックアウトだ。


 航空機などで宙返りなどを行った際に生じる。

 Gが下方向にかかった結果、脳に血液がいかなくなり、一時的に気を失う症状だ。

 フェアリィでもなるとは、思わなかったが。


 スロットル最大。

 予定変更だ、ライカ。


「ミサイル! ミサイル!」


 大羽からの警告。ミサイルアラート。

 レイに向かって、とどめの一撃が放たれた。

 このままでは確実に、彼女はミサイルの餌食になるだろう。

 このままでは。


「耐えてくれよ」


 シザーズをしているレイと、ミサイルの間に、割って入った。

 ちょうど、ライカの腹に、ミサイルが直撃するような位置だ。


 増槽を切り離す。


 落とした先は、ミサイルに直撃する位置。

 急減速。

 コンマ数秒。

 増槽と、ミサイルが直撃した。


 かなり近い。爆風の被害を、もろに受ける場所だ。

 下方向から、硬く、ぶつかる音が無数にした。

 衝撃が走る。


 首を上に向け、レイのほうを見る。

 爆風の被害は受けていない。

 ライカがうまい具合に、盾になってくれた。


 機首の位置を修正。

 移動先は、最後のUAV。

 ライカに傷をつけた落とし前は、つけてもらう。


 GUN FIRE


 轟音と共に、目の前のUAVはひしゃげ、爆散して、そして堕ちた。

 命令遂行、完了。


 無事に――とまでは言えないが。

 ひとまずは、終わったのだ。

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