寝る前なのに騒がしい

「戦闘機のパイロット、聞こえるか?」


 ラヴェルの滑走路。

 妖精の園の入り口が近づいてくると、無線が入った。


「こちらはアジア圏第3ラヴェル管制塔コントロールタワー、レーダー上で貴機を確認した。これより誘導を開始する」

「こちらパイロット、了解した。そちらの誘導に従う」


 言いながら、少し笑ってしまうような気分になった。

 パイロットとはね。

 TACネームなんて気の利いたものはないから、そう呼ぶしかないだろう。

 今日の夜中まで実験体だったのに、今の扱いはパイロットだ。

 それが何だかおかしかった。


「滑走路確認――少し待て、おい! 誰かあそこにいるフェアリィに、死にたいのか急いで聞いておけ!」


 なにやら、まだ向こう側の着陸態勢は整いきっていないようだった。

 そういえばさっきから、いやに滑走路の奥に人がごった返しているのが見える。

 ひょっとして、あれは全部フェアリィなのだろうか。

 彼岸の向こうに、妖精の群れときたものだ。

 いよいよお伽話のようだな。


「こちらコントロールタワー……失礼、少しトラブルがあってな」

「大丈夫か? 間に合わないようなら、アプローチをし直すが」

「いや問題ない。じゃじゃ馬娘はどかしたよ。誘導を開始する」


 手慣れたように、無線の主は言った。

 日常茶飯事ということなのだろうか。

 離着陸毎に邪魔されてはかなわんだろう。

 大変な仕事だな。なんて、人ごとのように思った。


 誘導している管制官は優秀だった。

 風向きを正確に読み、どれだけ軌道修正すればいいかを的確に指示してくれた。

 滑走路が近づいてくる。

 誘導灯は輝いていた。

 奥の人間が、より鮮明に見えてくる。

 顔まではまだわからないが、それらはウルフ隊と同じ制服を着ていた。

 フェアリィだ。


「よし、そのまま着陸しろ」

「了解」


 間もなく、ランディング・ギアが地面に接地する。

 重力を取り戻したような、奇妙な感覚が走った。

 エルロンを最大仰角へ。

 減速していく。


「よし……」


 着陸成功。

 今までシミュレータだけで、いきなり本番だったが、何とか無事にやってのけた。


「上手いもんだ」


 管制官から、お褒めの言葉だ。


「そのまま1番格納庫前まで、機体を進めといてくれ。01って書いてある、レンガ色のデカい建物だ」

「そのあとは?」

「担架がくるから、少しだけコクピットで待っててくれ。急がせる。以上」


 それを最後に、無線は終了した。

 しかし、見れば見るほど不思議な場所だ。


 滑走路近辺は近代的な建物で埋まっている。

 しかし向こうのほうに目をやると、やや古めかしい、ファンタジーモノの本に出てくるお屋敷のような建物が見えた。

 夜なので、暗くて正確にはわからないが、あれが先ほど落花の言っていた学校なのだろうか。


 なにやらすべてがちぐはぐな場所だった。

 夢を見ているような気分になった。

 いや、ひょっとしたら、俺はとっくに研究所でキールに撃たれたときに死んで、それからのことは全部夢だったんじゃないか?

 そんな気にすらなった。


 計器を見てみる。

 高度計、正常。

 姿勢指示器、水平。

 速度計、着陸後移動時の速度、50Kmフラット。

 そして、応急処置で幾分かマシになった、脚の痛み。


 すべての感覚から送られてくる情報が、これは夢ではないと言ってくるようだった。

 今は体の感覚を信じよう。

 夢かどうか考えるのは、全て終わってからでも遅くはない。


「聞こえるー?」


 と、聞こえてきた。落花の声だ。


「人気者だね」


 何の話だ? と思った。


「滑走路の奥」


 落花はそう指示してきた。

 そこを見ろ、と言っているのだ。


 ……なるほど、言っている意味がわかった。

 見ると、そこで大勢のフェアリィが、こちらを凝視しているのが確認できたのだった。


「視線を独り占め。罪な男だね~……あれ、男だよね? 声的に」

「ああそうだな、間違いない」


 その状態に少し慄きながら、落花の質問には雑に返答した。

 人気者だと?

 あれがどう好意的な目に見えるというのだ。


 あれは奇異なものを見る目だ。

 異分子を見る目、自分の領域を侵犯してきたものを見る目だ。

 彼女らにとって俺とライカは、UFO正体不明機というわけだ。

 気に入らない。そう思った。向こうの妖精たちもそう思っているだろう。


「……もしレーダー照射でもされたら、撃ってやろうぜ、ライカ」


 なんてことを冗談交じりに言った。

 ライカは人の言葉がわからないし、聞こえない。そのどちらもライカには必要ない。


 1番格納庫。01のマークの建物を確認し、その付近にライカを停止させた。

 コクピットから左を見ると、救急車両のような車が向かっていた。

 恐らく、あれが件のものだろう。


 エンジンを停止。

 すべての電子機器をOFF状態へ。

 これでライカは、いったん眠るのだ。


 俺もできれば、このままライカの中で眠りたかった。

 それはどれだけ心地いいことだろうか。

 けれど、そうもいかない。

 脚の傷の痛みと、機体の足元まで来た救急車両が、いやでもそれを思い出させた。

 観念して、俺はコクピットを開けた。





 *





 滑走路の奥にいたフェアリィ達は、先に見た謎の戦闘機を見てざわついていた。


「あれ、なに?」

「なにって、戦闘機でしょ? 人が乗ってるのは珍しいけど」

「そのくらいわかってるよ! 問題は、なんでそんな古い兵器が、ナナ様たちと一緒にいるのかってこと!」


 ニュアンスや言葉遣いに差異はあるものの、彼女らが行っている会話はほぼ全て、これであった。

 なぜ、旧式の有人戦闘機が、ウルフ隊と共にラヴェルに来たのか。

 聞こえてくるのは、そんな疑問と。


「でもあんな時代遅れな代物、一体どうするのかしらね? ランバー戦には何の役にも立たないじゃない」


 そういった、どんなものだろうと、今更戦闘機など大したものではない。という感想だった。

 彼女らは侮っているつもりはない。むしろこれまでのランバー戦での戦闘機の運用方法と、その結果を見れば、このような帰結を迎えるというのは当然だろう。


 この世界で人類の敵は――対外的にのみ言えば、それはランバーただひとつだ。

 そして、それを唯一倒せるフェアリィこそが最強であり、だからこそ、人類の救世主足りえるのだ。


 彼女たちラヴェルのフェアリィは、そう信じて疑わなかった。

 当然だろう。

 そう思うように、学校で教えられてきたのだから。


「あ、きた!」


 フェアリィの一人がそう言うと、全員が滑走路のほうを見る。

 ウルフ隊の5人が、ゆっくりと上から降りてきた。


「帰投完了」


 ナナがそうヘッドセットへ告げると、周囲から大きな歓声が上がった。

 当の彼女は、ヘッドセットを外しながら、うんざりしているようにため息を吐いた。

 すると、突然衝撃が襲ってきた。


「うっ……」

「ナナ様! おかえりなさいませ!」


 見ると、ひとりのフェアリィが、ナナに抱き着いていた。

 赤毛の、セミロングのこの女子を、ナナは知っていた。


「ミモリ、離れて。動けない」

「本当に心配でした! ナナ様にもしものことがあったらと思うと、私――」

「はいはい」


 ナナはミモリの顔面に手を当て、無理やり引きはがした。

 帰ったらいつもこれだ。ナナは嘆息しながらそう思った。

 頼んでもいないのに、いつもいつも大人数で出迎えてくる。

 慕ってくれるのは嬉しいが、もう少し節度というものをわきまえて欲しい。


「つれないなぁリーダーも。せっかくモテモテなんだから、楽しめばいいのに。ねー?」


 その隣にいた落花が、手をひらひらと出迎えのフェアリィ達に振った。

 再び歓声が沸き上がる。

 

「ほら、遊んでないで報告に行くよ」


 ミサの肩を叩いて、顎で早くしろというジェスチャーをする者。

 他のウルフ隊と違い、バイザーを付けていた彼女は、それを外し、一息ついた。

 ツインテールをした、しかしそれとは正反対な印象の、切れ長の目をした端正な顔つき。

 彼女のその姿こそが、ウルフ5にしてAWACSである、大羽リリアの素顔だった。


「えー、いいじゃん。いつものことだし」

「いつものことだから、いい加減にしてほしいんだよ、ミサ。ほら、ヨーコも早く――」


 そう言いながらリリアはヨーコのほうを見ると、さっきまでいた場所にヨーコがいない。

 あたりを見回すと、すぐに見つかった。

 出迎えのフェアリィ達、その中でもヨーコのファンから、お菓子をもらっていた。


「ヨーコ様、これどうぞ!」

「私もヨーコ様のためにお菓子作ってきたんです! 是非食べてください!」

「んむ、かたじけ」


 ……ああ、もう、面倒臭い。

 ナナはそう思った。眉間が少し痙攣している。

 少し深呼吸をして、気を落ち着ける。

 また今日も寝るのが遅くなりそうだと、憂鬱になりながら、彼女はレイのほうを見た。


「レイ、ヨーコを引きはがしてきて」

「は、はい! いいんですか?」

「許可する、多少手荒に扱っても構わない」

「て、手荒には扱いませんが、了解しました! ヨーコさん、ほら、行きましょう!」


 もらった菓子を食みながらなおも動かないヨーコを、レイは強引に引っ張った。


「えー! レイずるい!」

「レイはウルフ隊でずっと一緒にいれるじゃない! 私たちにも分け前頂戴よ!」

「ダメだってば! 報告しなきゃいけないんだから!」


 レイはファンの子――もとい自分の友達にそう言いながらも、何とかヨーコをナナたちの下へ連れてくることに成功した。


「ああ、そうだミモリ」


 そういえば、とナナは思い出し、ミモリのほうを見た。

 ミモリはその視線を嬉しそうに受け止める。


「はいナナ様! 如何しましたでしょうか!」

「さっき、戦闘機が降りてきたと思うんだけど、そこに乗ってたパイロット、どうなった?」

「え……すいません、あんまり見てませんが、何やら救急で運ばれてましたよ?」

「そう、一応は無事みたい――よかった」


 その安堵したような一瞬の表情を見て、ミモリは時間が止まったような気がした。

 どういうこと? とミモリは思った。

 あの戦闘機のパイロットはなんだ?

 なぜ、ナナ様にこんな顔をさせるんだ?


 雲黒ミモリは思い込みが激しい傾向にあった。

 この僅かな時間でのナナとのやり取りで、彼女は顔も見たことがないニッパーを敵と認定していた。

 無論、ナナは大ケガをしていると聞いていたため、純粋に心配していただけである。

 しかし、ミモリはそんなことを知る由もなかった。


「教えてくれてありがとう。私たちはそろそろ行かなきゃだから」

「……わかりました。またお会いしましょう、ナナ様」

「え? ええ、じゃあまた」


 ミモリの声が妙に声が低くなったことに、ナナは少し不思議がったが、彼女の相手をするのも面倒だと思い、気づかないふりをした。

 ナナはウルフ隊のメンバーを集め、フェアリィ達をかき分けてその場を去った。


「あれ、どうしたの雲黒? そんなとこに座ってちゃ制服汚れるよ?」


 後には、力なく地面に伏しているミモリと、それを唯一気に掛ける友人の姿が残っていた。

 どうしたものかと友人が思っていると、ミモリはわなわなと震えながら、天を仰いだ。


「アマナ、私はようやくわかったの。真に倒すべき敵は誰か!」

「よかったね、じゃあ戻ろうか」


 友人はその様子に目もくれず、ミモリを無理やり起こし、寮の部屋へと連れて行った。





 *





 今日の喧騒が全部嘘だと言われているような、今はそんな気分だった。

 俺は今、病室のベッドに横たわっている。

 脚を見る。

 包帯でぐるぐる巻きにされて動かせないが、少なくとも痛みは消えた。

 治療した医者は全治2週間だと言っていた。


 ライカはひとまず、先ほど運んだ第1倉庫にて、一旦保管するという話を聞かされた。

 簡単な調査はするが、ひとまず俺の治療が済むまでは、弄らないということを約束してくれた。

 それが嘘だったらどうしようか?

 とは言え、ここまで来たら、もうその言葉を信じるしかないだろう。


 ベッドの真上にある蛍光灯を見る。

 白いLEDの光。

 ふと、ライカのコクピットを思い出した。

 グラス・コクピットだ。ディスプレイは緑色に光っている。


 俺は、ライカと飛んだのだ。

 そんな気持ちが、コクピットから離れたことで、より実感として沸いてきた。


 次乗れるときは、果たして来るのだろうか?

 来るのなら、もう一度飛びたい。

 今度はこんな急ごしらえじゃない。

 耐Gスーツを着て、パイロットグローブをはめて、ライカの機動力を感じたい。


 カナードが動き回り、低速で機体を持ち上げ、一回転。

 クルビットだ。

 それをやろう。

 ライカと俺で。


 病室のドアから、ノックの音が聞こえた。

 思考が遮断される。

 邪魔しやがってと思ったが、それを相手にぶつけるのはあまりに理不尽というものだ。


「どうぞ」


 入室を促すと、ノックの主はドアを開け入ってきた。

 老人だった。しかし目は鋭く、老いを感じさせない、そんな男だった。


「失礼する。足の具合はどうだね?」

「……おかげさまで、後遺症も残らないとのことです」

「そうか、それは何よりだ」


 柔和な言葉とは裏腹に、老人の表情は一定して険しかった。

 そういう心持なのか、あるいは単にそういう表情しかできないだけなのか、今のところわからない。


「さて、聞きたいことはいくらでもあるが、今は事後処理が忙しい。なので、ひとつだけ、性急に知りたいことだけ伺わせてもらう」


 いいだろうか? その問いに俺は黙って首肯した。


「感謝する。では聞くが――君が乗ってきたあの戦闘機は、危険か?」

「……すいませんが、質問が曖昧過ぎます」

「あの戦闘機は、人類に牙をむく、人類の敵か? と聞いている」


 なるほど、ようやく彼の言いたいことがわかった。

 この老人は、ライカを恐れているのだ。

 ランバーを撃破したと言われる、正体不明の有人戦闘機。

 それは我々にとって味方なのか、と。


「そんなの、決まっている」


 何を聞かれるかと思えば、くだらない。

 当たり前のことだ。



「ライカが、敵だと認識したものが、敵だ」



 そう言うと、老人は顎に手を当てて少しだまり、そして再度口を開いた。


「まるで、あの戦闘機に意思があるような言いぶりだ」

「それはわからない。けれど、自分で考えることはできます」

「どういうことだ?」

「<彼女>は、高度なコア・コンピュータを備えた戦闘機です。状況を分析し、ある目的のために、常に最適化を行い、飛ぶことが出来る」


 ライカは、考える戦闘機、トラスニクだ。

 トラスニクの特徴であるコア・コンピュータは、ライカの『脳』として機能する。

 アビオニクスもFADECも、全てその脳の管理下に置かれ、そして手足のようにライカは動かしているのだ。


「その目的とは、なんだ?」

「敵を殺すこと」


 当たり前だ、だってそうだろう。

 ライカは何のために、桂木たちに造られた?

 ランバーを倒すためだ。


 ではランバーとはなんだ。どうやって識別しているのだ?

 未だにランバーの正体はほとんどわかっていない。

 使用エンジンも使用電子機器も、IFFパターンも識別コードも、何もわかっていない。

 そんな中で、ではどうやってランバーとその他を見分ける?


 簡単だ。

 ライカが、敵と認めるかどうかだ。


「君はこういいたいらしい、『俺の戦闘機に下手に手を出すな。出したら戦闘機自身がお前らを殺すぞ』と」

「そう思いたいならそうしてもらって構いません。ただ――その通り、今は、あまり弄らないでもらえると、こちらとしてもありがたい」

「……いいだろう」


 彼はそれだけ言うと、俺を一瞥して、ドアノブに手をかけた。

 そこでいったん、動作が止まる。


「あの戦闘機は、もう少し厳重に隔離できる場所へ移動する。君が快復するまでは、その状態を維持しておく」

「……ありがとうございます」

「君のためじゃないさ――明日、また来る。改めて、話をさせてもらおう」


 彼はそう言って、部屋から出て行った。

 ……そう言えば、結局彼は誰だったのだろうか?

 少なくとも、ライカを隔離できる権限を持っている人物なのは、間違いないが。


「敵、か……」


 再び仰向けになり、蛍光灯を見る。

 敵とは、誰なのだろうか?

 敵とはランバーだ。誰もが皆、そういうだろう。


 ライカは、どういう思考結果を出すのだろうか。

 敵はランバーだけだと、そう示すだろうか

 それとも、違う何かを、示すだろうか。


 それはそれで、まあいいだろう。

 敵がいたら、飛んで、闘う、それだけだ。

 それ以上に、何を求めるというのだ。


 そう考えていると、眠気が襲ってくる。

 今日のところは、それにただ身を任せることにしよう。

 そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る