考える葦

 同時刻。


 ナナ達ウルフ隊は、スプートニク研究所の真上にまで到達していた。

 2機のランバーと共に、月明かりの夜を舞っている。


「リーダー、まずいんじゃない、これ?」


 ミサがナナに無線を入れる。

 ナナは思う。言われなくてもわかっている。


 先ほど、ランバーの放ったAGM空対地ミサイルが、研究所近くに着弾したのを確認したばかりだ。

 紙一重のところで直撃は免れたが、だからと言って安堵もできない。


 改めて思う。今回のランバーは、以前までのものと決定的に違う。

 性能自体は従来のバルチャー型と大差はない。

 しかし、その戦略性が格段に向上している。

 今までにはいなかった、指揮官機でも出現したのだろうか?


 あるいは、別の存在。

 このランバーの動きはまるで、最優先でスプートニク研究所を叩けと、誰かに命令されているようだ。


 ナナは考える。

 ランバーに、直接命令を下している存在がいるのではないか。

 飛躍した考えだとは思う。

 けれど、この動きは、施設破壊を明確な目的としてるようにしか見えない。


 ランバーに命令をするもの。

 いるとしたら、それは一体、何なの?


「熱源反応、研究所地下」


 リリアから無線が入る。

 声が緊張している。

 彼女も、次々と起こる不測の事態に、動揺しているのだ。

 それはナナも同じだった。


「IFF反応あり、これは……生体反応――有人航空機だ」

「確かなの?」

「待って――メーデー受諾、緊急離陸するつもりだよ!」


 リリアが詳細を伝える。メーデーとは、緊急事態を示す信号だ。

 確かに、研究所敷地内に、地下に続いた滑走路のようなものが確認できる。


 けれど、そんなバカな。

 そう思うほど、リリアからの情報は、ナナにとって予想だにしないことだった。


 ランバーには通常兵器が効かない。

 今やそれは、世界の常識だ。

 ただ、間違ってはいないが、この言い方には語弊がある。


 効かないのではない。

 通常兵器は攻撃することすらできない。というのが、より正確な表現だ。

 ランバーを脅威足らしめている最大の理由の一つ。

 彼らは、自身が巨大なEA電子攻撃兵器でもあるのだ。


 特殊なECM電子対抗手段に加え、指向性EMP電磁パルスを発射した事例も数多く確認されている。

 現在において、少なくともランバーのような高速飛翔体を破壊する目的を持つ兵器に、コンピュータを使わないものはない。ランバーを前にしてしまえば、いかに高性能な兵器でも、コンピュータ制御をおこなっている以上、ただの置物と化してしまうのだ。


 銃やコンピュータを使用しない2次大戦以前の兵器ではどうか。という意見もあったが、それも無駄だった。

 ランバーは高性能な航空機でもある。銃では届かないし、大戦時の航空機では、性能が違いすぎて話にならない。


 フェアリィのみが唯一、この電子攻撃を無効化できる、高性能な『兵器』だ。

 だからこそ、彼女たちだけが、ランバーを倒せるのだ。



 つまり言ってしまうと。

 いくら緊急とは言え、ランバーが2機いる空へ飛んでくるなど、自殺行為だということだ。


「どうするリーダー、飛ばさせる?」

「そんなわけないでしょ」


 ミサの問いに、ナナは即答した。

 確かに研究所は先ほどAGMを喰らって、いつ倒壊するかわからない。

 そこから避難するという行動はわかる。

 しかしだとしても、わざわざ空へ飛ぶ意味はないはずだ。


 先ほども、研究員らしき2人組が、車両で逃げて行ったのを、ナナは遠目ながら目撃していた。

 繰り返すが、ランバーのEMPは指向性だ。

 それは逆に言えば、ランバーに気づかれない、もしくは攻撃しない限りは動かせるというわけだ。


 ただ航空機を含む飛翔体は、なぜかランバーに狙われやすい。

 歩いて逃げた方が、よっぽど安全なほどだ。


 ナナは離陸準備を行っている不明機に向けて、通信を試みる。


「離陸準備を行っている民間機に告げる。上空にランバーあり、直ちに離陸を中止せよ。こちらは、第301フェアリィ戦闘航空団所属ウルフ隊である。繰り返す、直ちに離陸を――」


 中止せよ。そう言い終わる前。


 ランバーが2機とも、地下の入り口に向かって、AAMを放った。

 AAM、空対空ミサイル。

 つまり、明確に民間機を狙っている。

 それが、8発。


「なん――!?」


 それはウルフ隊の誰の声だったのか。

 わからないが、全員同じく考えていたことだろう。


 ランバーは民間機を明確に狙って、攻撃した。

 フェアリィ達を差し置いて、最優先とでも言うように。


 ミサイルが近づいてくる、その刹那。



 地下のゲートが、開き始めた。



 轟音、鼓膜に響くような、爆発音。


「ックソ……着弾」


 リリアが弱弱しい声で、しかし正確に状況報告を行う。


 先ほどの爆音が嘘のような、静寂が覆った。


 遅かった。

 ナナは唇を噛みしめる。


 避難しようとしていたのか、無謀にもランバーに応戦しようとしていたのか、それはわからない。

 ただ確かに今、人が一人死んだ。

 その事実に、ナナは言いようのない無力感に襲われる。


 いつもとランバーの動きが違うから。

 民間機が無理に離陸しようとしたから。

 民間機に乗ったパイロットが死んだ理由は、探せばいくらでも出てくるだろう。

 しかしそんなものは、ナナにとっては何の意味もなかった。


 私たちが撃破に手間取ったせいで、人が死んだ。

 ナナにとっては、この事実が全てだった。


「ナナ、さん……」


 レイがそれを察したのか、心配そうな眼でナナを見る。

 ナナはそれに気づき、気付け代わりに頭を振った。


「撃破する。これ以上被害は出さない。フォローして、ウルフ5」

「ッ――はい!」


 考え込んでいる暇は無い。

 そんなことをしていたら、また人が死ぬ。

 ナナは自分にそう言い聞かせ、ランバーを見やる。

 と、その時――。




 煙が立ち上る滑走路に、何かがいた。




「……え?」


 ナナの横にいたレイが、そんな声を上げた。

 彼女も、滑走路にある存在に気付いている。


「あれは……」

「うっそ、マジで?」


 ヨーコとミサも。

 ミサだけではなく、滅多にそのような態度をとらないヨーコですら、動きが止まっていた。


「――ウルフ4より、報告」


 リリアだけは動揺しながらも、その職務を全うするために、全隊員へ状況報告を行った。



「民間機、損傷なし。離陸態勢」



 その報告から、コンマ数秒。

 甲高いエンジン音。

 フラップが下がる。

 急加速。

 離陸。

 上昇。


 空へ。


 月光を背に、泳ぐように上へと向かうそれは、戦闘機だった。

 カナード翼を携えた、大型の戦闘機。

 なぜ、ランバーがいる中で飛べるのか。

 そんな疑問を忘れさせるほど、それあまりにも――。



「綺麗だ」



 ナナは、全く無意識に、そんなことを言ってしまった。





 *





 激痛が走った。

 スタンガンを喰らったような、瞬間的な痛み。

 この痛みは確か――ライカに備えられた、意識回復用の救急システムだ。

 ショックと共にアドレナリンを注入して、応急処置を行う――


 ……ライカ?


「がッ……!?」


 真っ暗闇な世界に、急に光が入る。

 見慣れた、淡いグリーンライト。

 ライカのHUDと計器だ。


 これは夢か?

 夢じゃなきゃ、俺が生きてるはずがない。

 無人飛行モードは、コクピットに人間がいない想定の起動を行う。

 俺は高Gでミンチになって死んでるはずだ。


 ――ひとまず、落ち着こう。


 一旦、情報収集だ。

 このままじゃ何も聞こえない。

 備え付けのヘッドセットを、耳に装着。


「よけて!」


 途端、聞きなれない声。

 同時に警告音アラート


 思わず操舵を握る。

 右に急ロール。

 機体から紙一重のところが、眩く光った。

 高出力レーザー。


「ぐうぅッ!」


 脚に激痛。

 キールに撃たれたところだ。

 先ほどのアドレナリンか、改造手術の恩恵かはわからないが、血は止まっている。

 どうやら死に損なったらしい。

 そんなことより、今のは。


 何かが機体を横切った。

 金属質な見た目。あれがレーザーを撃った奴か?

 少し遠くに行き、様子を見るように旋回しだした。

 そんなやつが、2機。


「ランバー?」

「そうよ」


 再び、ヘッドセットから声が聞こえた。

 航空無線だ。


「右よ、貴方から見て」


 言われ、視界を右に向けてみる。


 フェアリィだ。

 絹のような白い髪に、小柄な少女。

 そしてそれをより美しく見せるかのような、機械の脚と翼。SU。


 今日TVで見たフェアリィが、そこにいた。


「アンタ、セラフ章の――」

「やめて」

「え?」

「……要点だけ言うわ。その機体はランバーに狙われている。速度を見るに、逃げても振り切れないと思う。助かりたいなら、こちらの指示に従って」


 少女は端的にそう言った。

 状況が把握できて来た。

 ライカは脱出できた。ついでに俺も。

 だがランバーに狙われている。

 で、なぜかフェアリィ達がここにいる。


 理解できないことは多い。

 だが何をやるべきかは見えてきた。

 俺は彼女に通信を返す。


「そっちにAWACSはいるか? いるなら情報をデータリンクしてくれ」

「了解。話が早くて助かる――リリア」

「うん、わかってる」


 別の女の子の声。

 次に、ライカのメインディスプレイに、文字が現れた。


<Request:DataLink from [JF301-W-04]>


 データリンクの認証要求だ。

 承認を押す。

 レーダーディスプレイに追加情報が映った。


 IFF:ENMY 2

 IFF:ALLY 5


 敵機2機、味方5機。

 AWACSのフェアリィを除けば4機。

 横を見ると、いつの間にか4機のフェアリィが編隊を組んで飛んでいた。

 フェアリィ部隊だ。


「それで、何をやればいい? こっちの装備は機銃しかないぞ」

「装備はいらない」


 と、セラフ章の子。


「無人エリアまでランバーを運んでほしい。そのあとこちらで撃破する。できる?」

「ちょっと待ってよリーダー! 民間人に囮になれっての?」

「ミサ、どっちみち、このままじゃ彼は逃げ切れない――安心して、絶対に堕とさせない」


 なるほど、ライカも俺も生き残るには、それが一番だろう。

 問題は、いくらアドレナリンを打ったとはいえ、脚が出血して、耐Gスーツもないこの状態で、どれだけライカを動かせるか。

 しかも、散々シミュレーションで訓練したとはいえ、実戦は初めてときたものだ。


 ふと、ライカのメインディスプレイを見る。

 文字が光っていた。

 AWACSから共有された、無人エリアまでのルート。

 それともう一つ。



<YOU HAVE CONTROL [SIG-T-NO:28]>



 これに何ら特別な意味はない。

 恐らく、パイロットの意識が戻ったのをモニタリングしたのだろう。

 それで操縦権が俺に移っただけのことだ。


 だが、『あとは自分で何とかしろ』と、ライカ自身に言われてるような気がしてならなかった。


 それもそうだ。

 いつまでもご主人様に、おんぶされてるわけにもいくまい。


「ブレイク」


 その声で、反射的にバンクし、離脱する。

 フェアリィ達も同じように編隊飛行を解いていた。


 ランバーが突っ込んできた。

 様子見は終わったようだ。

 そのまま2匹とも張り付いてきた。


 スロットルの推力を上げる。

 インテークの吸気音が一層うるさくなるのを感じた。

 アフターバーナー。

 体にGがかかる。


「いってぇ……」


 やはり、脚へのダメージがデカい、これ以上のGは失神しかねない。


 ランバーはぴったりと後ろについている、嫌な感じだ。

 こちらの様子を伺ってるような……。


 アラート。AAM。


「クソ!」


 フレアは――ない。

 出血覚悟でマニューバを――。


「オーライ!」


 ミサと呼ばれた子が、無線で声を上げる。

 その瞬間、レーダー上のミサイルが、アラートと共に消え去った。

 撃ち落としたのだ


「助かった」

「CIWS代わりなら任せなよ!」


 ミサイルを銃で撃ち落とすとはな。

 すごい技術だ。フェアリィってのはみんなこうなのか?


「無人エリア到達」


 と、AWACS。


「高度50フィートで飛行」


 セラフの子から指令が入る。低空飛行命令。

 恐らく、ランバーを落としたときの落下予測地点を絞るためか。


「ウィルコ」


 了解の意だけ伝えて、すぐに実行する。

 低空飛行。ランバー2匹もそれについてくる。

 PULL UP低高度、危険と鳴るアラートを無視して、速度を保ったまま、地面と水平になるように飛行する。


 いや、地面じゃない。

 マップを見るに、もうここは海だ。太平洋だろうか。

 スプートニク研究所から、海がこんなに近かったとは。


「5秒後に右へバンク」

「ウィルコ」


 カウントダウン

 5、4、3、2……。


「ヨーコ」

「わかってる」


 1。

 バンク。

 レーダーを見る。

 敵機2機とも、それにつられてバンク。


 瞬間。


 レーダーから、1機消えた。


「グッドキル! グッドキル!」


 AWACSの声がした。

 撃墜したのだ。

 先ほどの無線から考えるに、恐らくヨーコという子が。


「ようやく斬れた」

「油断しない。あと1機」


 そう、セラフの子が言う通り、あと1機いる。

 次はどうするか。


 そう考えた瞬間、後ろにいた最後の1機が、急激に距離を詰めてきた。


「な!?」


 フェアリィの誰かがそんな声を上げた。

 まだこんなとっておきを隠してやがったのか。

 まずい、追いつかれ――。



 GUN RDY



 ディスプレイに、それが出現した。

 敵機が一定以上近づいたから、自動で機銃が起動したのだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。


 ライカが、撃てと言っている。


「わかったよ。失敗したらごめんな」


 急上昇。

 ほぼ垂直角で一気に高度をとる。

 ランバーは馬鹿正直に真後ろを陣取っている。


「バカ! 何考えて――」


 セラフの子がそう言っているのが聞こえた。

 悪いとは思う。

 けれど、ライカが俺の手で決めろと言っているのだ。

 ならば、そうしよう。


 アラート。

 ミサイルだ。


「ミサ!」

「ダメ! 間に合わな――」



 急減速。

 激痛。ひどいもんだ。

 ピッチを思いきり上に。

 マニューバ。

 コブラだ。


 目の前に、敵機。

 トリガーを押す。


 GUN 発射


 閃光。

 悲鳴に似た機銃の音。

 断末魔に似た、敵機が抉れる音。


 コンマ数秒。


 その間に全ては終わり、目の前から敵機は消えた。

 後ろから、爆発音。


 レーダーから、敵機反応が消えた。


「……グ、グッドキル」


 AWACSからの報告。

 機体制御を取り戻し、再び水平飛行へ。


 終わったのだ。





 *





「……ナナ、今の見た?」

「ええ……」


 先ほどまでの、ニッパーとライカの一部始終を見ていたミサとナナは、お互いにそんなことを言い合っていた。


 なんだ、あの動きは?

 既存の戦闘機の機動力じゃない。

 いや、そもそもにして、ランバーと渡り合える戦闘機なんて、聞いたこともない。


 あの機体は、何かがおかしい。

 それを操る、あのパイロットも。


 ナナがそんなことを考えながら、ミサに聞いた。


「これ、ラヴェルに伝えるべき?」

「もうリリア経由で伝わってるだろ」

「……それもそうね」


 すると、示し合わせたように、リリアから無線が入る。


「そのラヴェルから指示が来たよ。内容は予想通り」


 若干面倒くさそうに、彼女は言った。

 やはりか、とナナは思った。

 あんな正体不明で、かつランバーを倒せる力をもった個体を『放っておけ』と言えるような、そんな楽観主義者はラヴェルにはいないのだ。

 つまり。


「あの戦闘機を拘束して連れてこい。とでも言われた?」

「大当たり」


 ナナはため息が出た。


「まあ、けが人が出なかっただけ良しとしましょう。ごめんなさいレイ、初の実戦なのにこんな――レイ?」


 ナナはレイに対して、初参加でイレギュラーが多発してしまったことを謝ろうとしたが、なにやら、ライカのほうを見て物思いにふけっているようだった。

 もう一度、名前を呼んでみる。


「レイ?」

「え? あ、はい!?」

「ぼうっとしすぎよ、疲れたのはわかるけど」

「ご、ごめんなさい……」

「気になることでもあった?」

「あ、えっと……」


 少し言いあぐねて、レイは自信なさげに言った。


「あの戦闘機、初めて見たのに、なんだか妙な既視感があって」

「あれに? どんな?」

「いえ、ほんとに、なんとなくで……」


 デジャヴに似た何かだろうか?

 あの機体を解明するヒントになりそうな気もする。

 しかし、今のナナはそこまで頭を回せないほどに疲弊していた。


「まあいいわ、何かわかったら教えて」


 レイにはそれだけ伝えた。

 何にせよ、今日はどっと疲れた。

 早くシャワーを浴びて寝たい。


「……ウルフ隊各員に通達」


 客人こそいるものの。



「ミッションコンプリート、RTB帰投する



 家に、帰る時間だ。

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