君じゃなきゃダメみたい
やはり様子がおかしい。
ナナは交戦中のランバーの様相を見て、先ほどと同じ疑問がわいた。
「こちらウルフ4。ウルフ1、これって……」
リリアから通信が入る。
彼女も同じ違和感を感じているのだと、ナナは察した。
いや、AWACSである、つまり小隊の目である彼女が異変を感じたのならば、それは確信と言ってもいいだろう。
相対しているのに、手応えがなく、すり抜けていくような感覚。
そういうことか。
ナナは違和感の正体に気づいた。
こいつらは私たちを相手にしていない。
こことは別に、本来の到達地点がある動き。
私たちを撃墜目的としていない。撒こうとしている。
「どうなってんのさコイツら! 逃げてばっかり!」
「斬れない……!」
ミサとヨーコも普段と違う相手にいら立っている。
やはり、向こうのランバーも同様の動きをしていた。
「ウルフ1、ナナさん。あの、一体何が……?」
唯一、レイのみがその違和感を感じられずにいた。
だがこれは、レイの能力が不足しているというわけではない。
幾度となくランバーを屠り、実戦経験を積み重ねてきたウルフ隊員だからこそ、この変異に気づくことが出来たのだ。
「ウルフ5、ランバーの挙動が従来のものと異なる。注意を」
「は、はい!」
レイに指示を出しながら、しかしなぜかと、ナナは考える。
今まで、ランバーがフェアリィを見逃す、ということはなかった。
そもそも、ランバーが戦略らしい戦略をとってきたことなど、過去にない。
必要なかった、と言った方が正しいかもしれない。
いつもその圧倒的な兵装と物量にものを言わせ、人類に侵攻してきたのだし、実際のところフェアリィが現れるまでは、それで十分蹂躙できていたのだから。
学習してきている、ということ?
この仮説が本当だとしたら――と、ナナは危機感を覚える。
フェアリィの出現によって、人類は持ち直した。
むしろ、ここ数年フェアリィがランバーと戦闘した記録で、フェアリィ側に負傷者は多くても、死者数はほとんどと言っていいほどいない。
数字の上でだけ見れば、優勢と言えるだろう。
しかしもし、ランバーがここにきて戦略を変えに来たとしたら、それが再び覆される可能性は十分にある。
学習する、それは知性があるということだ。
つまりそれは――。
「まずい」
リリアから無線が入り、ナナは意識を思考から外した。
「現在、目標より10Km地点。このままだと有人エリアに入る!」
しまった。
ナナは心の中で舌打ちをした。
この先は偵察目標のスプートニク研究所だ。
研究所は、先ほどまで交戦していた無人エリアではなく、少数ながらも人が居住している、有人エリアとなっていた。
基本的にフェアリィは有人エリアで戦闘行為をできない。
万一行うにしても、ラヴェル経由での交戦許可がいる。
だが、今回のようなパターンもないわけではない。
何らかの理由でランバーが突然出現し、有人エリアへの侵入を余儀なくされた場合、フェアリィは許可なしで戦闘行動をとることが出来る。
無論、ランバー撃破という目的のみに限られるが。
突然、ランバーが2機とも急加速した。
アフターバーナーの音が響く。
「なッ……!?」
ミサが思わず声を上げる。
ランバーの動きはまるで、こちらを振り払うかのようだ。
なりふり構っていられない、そうとでも言いたいような、無遠慮な加速。
その先は、スプートニク研究所。
何が起きている?
あいつらは何をしようとしている?
ナナは思いながらも、しかしその体は、追撃するための加速体勢に入っていた。
*
テストが強制的に中断された後。
俺は部屋のベッドで本を読んでいた。ロッソの本だ。
お目当てのものが出来なかったから、今日の分のレポートは、自分の番号と日付を書いて、『テスト中断、スケジュール変更のため』と一言付け加えれば、それで終いだった。
だから、消灯時間まで1、2時間ほど、時間をつぶす必要が出来てしまったのだった。
「なあニッパー」
上から声が聞こえた。2段ベッドだから、声の主は上のベッドの占有者。
同室の管理番号23番だ。
「またその本、読んでるのか。つまらないだろ、それ」
「ほかに面白いものがあるなら、教えてくれよ。明日の昼食はフライドチキンらしいから、お代はそれでどうだ?」
「じゃあ、チキンは俺のものだな」
得意げに23番は言った。
なんだ、あるのか。
もし休憩スペースにあるトランプだなどと宣ったら、逆にチキンを頂こう。
「シズクちゃん博士さ」
「なんだって?」
予想に反して23番から出てきた答えは、桂木の名前だった。
「ぶっちゃけ、どうなんだよ? 結構良い仲に見えるがね」
そこまで聞いて、ようやく彼の言わんとしてることを理解することが出来た。
つまり彼は、俺と桂木が恋愛関係にあるのではないかと考えて、それに興味を持っているのだ。
「それが面白いことだと? それじゃチキンはやれないぜ」
「何だよ、気にならないのか? あんな美人に」
「どうだろうか」
そう言って、少し考える。
仮に俺が桂木に恋愛感情を持った場合。
そして逆に、桂木が俺に恋愛感情を持っていた場合。
あるいは両方。
仮定を設定し、いろいろなメディアでたまに見る、俗にいう恋人同士のコミュニケーション模様をシミュレートする。
そう言った経験がないので情報がかなり少ないが、それはこの際仕方ないだろう。
とりあえず回答は思いついた。
「場合による」
「なに? つまり――わからん、どういうことだ?」
「今やってるテストに影響が出るようなら、やめるべきだ。出ないなら、気にする必要はない。好きにやればいい。だから、場合による」
フライドチキンを守るために即席で出た答えだったが、結構いい線じゃないか?
実際、そう思った。
仮に俺と桂木がそういう仲で、お互いに時間を取らないといけないとしたら、どこかしらでしわ寄せが来るのは確実だろう。
ライカのテストの質が落ちるとしたら、それを気にかけるべきだ。
逆なら大丈夫。
例えば称号だけ付与されて、後は何も変わらないとか。
だったら、恋人でも夫婦でも、好きに言ってもらえばいい。
「はん」
だが、23番はその答えが気に食わなかったようだ。
「お前はそういうやつだったな、ニッパー。忘れてたよ」
「悪いがチキンは――」
「いらん。萎えちまった」
「そうかい」
「お前は……」
23番が上のベッドから、こちらを覗き込んできた。
照明で逆行になっているから、表情は良く見えない。
「自分が他人にどう思われているか、自分はちゃんと、他人に必要とされているのかって、考えたことあるのか?」
「それは、どういう意図の質問だ?」
「お前、本当に人間なのか?」
「え?」
「ひょっとして、人間に化けたランバーなんじゃないのか?」
23番の言葉に、唐突だなと思った。
ランバーが人間に化けるという話は、確かにある。ほとんど都市伝説だが。
大体はふざけた本で、面白おかしく取り上げられるだけだ。
俺がランバー?
いいんじゃないか、別に。それならそれで。
人間だろうとランバーだろうと、俺のやるべきことは変わらない。
飯を食べ、本を読み、桂木と話して、ライカに触れる。
それが全てだ。それで十分だろう。
突然、部屋のドアが勢いよく開いた。
「な、なんだなんだ?」
23番も驚いている。
見ると、桂木が入ってきていた。
なにやら慌てている。
「ニッパー!」
息を切らしながら、桂木は俺のベットに駆け寄ってくる。
「桂木、どうしたんだ?」
「説明してる暇はない! 来て!」
いきなり腕をつかんだ。
よくわからないが、ここまで焦っている桂木は見たことがない。
異常事態を感じ取り、俺はベッドから立った。
「夜の逢瀬か? いいじゃねえか」
からかうように言ってくる23番を、桂木は睨んだ。
「……貴方もすぐにエントランスに向かいなさい、番号23番。緊急事態よ」
その態度を見て、桂木は23番のことを嫌っていたことを思い出した。
前に食事に誘われたらしい。その時の誘い文句の下品さと、身体中を品定めするような視線に、吐き気がしたと話してきたことがある。
当の23番は『振られたな』とだけ言って、あまり気にしていないようだったが。
俺自身は23番のことは嫌いじゃない。軽口が多いが、こちらには必要以上に深入りも干渉もしてこないから、都合が良かった。
「なんだ、そんなところでおっぱじめるのか? 俺にも見せてくれるって?」
「ッ……! 行くわよ、ニッパー!」
23番の言葉に、これ以上耐えきれないとでも言いたいかのように、桂木は俺を連れて部屋を出た。
「後で良かったかどうか教えてくれよ、ニッパー!」
23番は手を振りながら、そんな俺たちを見送った。
桂木はほとんど走るような速度で、俺の手を引っ張る。
よほどのことが起きたのだろうか。
「なにがあったんだ?」
「この研究所が破棄されるわ」
「破棄?」
「実験体は処分されることになった。貴方たち、このままじゃ殺される!」
言われて、状況を理解した。まだいまいち飲み込めてはいないが。
恐らく、スプートニク本社のほうで何か大きな情勢変化があったのか。
何かしらの理由で、この研究所を秘匿しようとしているのだろう。
ここは非合法の人体実験を数多く実施している場所だ。もし公表でもされたら、スプートニクにどれだけの不利益が襲ってくるか計り知れない。
不必要になったら、処分して隠ぺいするのは、ごく当然の帰結だろう。
それは構わない。
いつかはそうなるとは思っていた。今更足掻く動機もない。
たったひとつを、除いて。
「桂木」
「なに?」
「ライカは、どうする?」
「置いていくしかないわ」
その言葉に、だろうなと思った。
気づけば、俺の足は止まっていた。
「ニッパー!?」
彼女は振り返り、俺を見る。
何をしているのだと思っているだろう。
彼女が間に合わなくなってしまう前に、俺は言う必要がある。
「桂木、俺はライカのところに行く?」
「どういうこと?」
「このままじゃ、ライカも解体される。第5は離陸用カタパルトがあるはずだ」
「ライカに乗って逃げようっていうの!? 無理よ、有人飛行はまだできない、危険すぎる!」
「違う」
「え?」
「俺は乗らない。無人モードで離陸させる。ライカを逃がすんだ」
その言葉を聞いて、桂木は信じられないものを見るような眼をしていた。
まるで、異星人を見るような目つきだ。
「……何を、言ってるの?」
「無人モードだよ、桂木。カタパルトまでライカを誘導して、オート・パイロット・システムをオンにするんだ。飛んだあとは、燃料がなくなる前に、ランバーがいなくて、適当な無人エリアに着陸するようプログラムすればいい。そしたら――」
「いい加減にしてよ!」
桂木は怒鳴った。
初めて聞いた怒号だ。
少しびっくりして、俺は押し黙った。
予想外の反応だった。
「なんなの? ライカライカって、今はそんな場合じゃないでしょ!」
「……何を言ってるんだ、こんな場合だからじゃないのか?」
「自分の言ってることわかってるの!? そんなことしてたら確実に殺される!」
「でもライカは助かる。ライカさえ助かれば、あとは――」
「所詮機械じゃない!」
冷や水をかけられたような感じだった。
視界が急に色を失くしたような、そんな感覚。
ああ、そうか、ようやくわかった。
人に対して感じた、初めての想い。
これは、失望だ。
身勝手な話だなと、自分をあざ笑った。
「ねえ、ただの機械に、貴方が犠牲になることなんてない。だから――」
「桂木」
彼女の名前を呼ぶと、彼女は言葉を止めた。
「桂木は早く逃げろ、俺はライカのところに行く」
「だからなんでよ! だって――」
「アンタに!」
思わず、大きな声が出てしまった。
初めて、桂木の前で出す声量だ。
少し怯えさせてしまった。
「アンタには、一生わからない」
静寂が走った。
桂木はなぜか、いまだに俺の手をつかんだままだ。
早く逃げろよ。俺なんか、さっさとおいていけ。
そう言おうとした。
瞬間、銃声が響く。
右腿に、焼けるような痛みと衝撃を感じた。
「ニッパー!?」
桂木の声が廊下に響く。
右腿の部分が赤くにじんで、見る見るうちにズボンの布に広がってゆく。
「バカなことを」
銃声と同じ方向から声が聞こえた。
キール・セルゲイだ。
「本部長、何を――!」
「言ったはずだ、処分すると。勝手な行動は慎みたまえ、桂木くん」
そう言いながら、キールは持っていた銃を再び俺に向ける。
とどめを刺すつもりだ。
ダメだ、今は死ねない。
ライカを、逃がさないと。
急激な振動が、建物を襲った。
「きゃあ!」
桂木が悲鳴を上げる。
キールは突然の出来事に銃口を下げ、焦ったように周囲を見回す。
「バカな、予定より早い――なぜ警報が鳴らない!?」
これはチャンスだ。
立ち上がって、負傷した脚をかばいながら走った。
激痛がするが、気にしている場合じゃない。
「なッ!? 待て!」
キールが気づいたらしく、銃を乱発した。
ある程度離れたからか、弾は運よく当たらなかった。
「ニッパー!」
「クソ、時間がないか――やむを得ん、来い!」
「いや、離して! ニッパー!」
遠くから、桂木の悲鳴が聞こえた。
あの感じなら、恐らく殺されはしないだろう。
桂木の頭脳はスプートニクにとっても、替えが効かない代物のはずだ。
そう考えると、少し安心した。
安心した?
何に?
そんな疑問が頭の片隅に浮かんだが、脚の激痛でそれはすぐに霧散した。
第5実験場に着くころには、ところどころから銃声と悲鳴が鳴っていた。
死体もいくつか見た。
俺と同じ実験体の人間だ。
だが不思議と、死体の製造者である人間には会わなかった。
あの謎の振動を受けて、逃げたのだろうか。
第5実験場のゲートは、すでに空いていた。
なぜかと思った、その矢先。
「ニッパー……」
ゲート前で、そんな声が聞こえた。
23番だった。
「ハハ、ハァ……さっきのはこういうことか。シズクちゃんめ、クソ、素直に聞いとくんだった」
腹部に出血している。
これではもう、助からないだろう。
「23番」
「ハハ……残念だったな。どっちも、フライドチキンはお預けみたいだ」
「だな」
「ニッパー、俺は死ぬのか?」
「……ああ、すまない」
「ハッお前が『すまない』なんて言えるとはね」
23番は弱弱しくも、実験場のほうを指さした。
「さっさと行けよ、恋人が待ってんだろ?」
つまりゲートは、23番が開けてくれたのだ。
なぜかは、わからないが。
「……ありがとう」
「ニッパー」
先ほどより少しだけはっきりした声で、23番は俺を呼んだ。
「悪かったな、ランバーなのかなんて、あんなこと……深い意味は、なかったんだ」
「気にしてない。俺はどっちでもいいさ」
俺の返答を聞いて、彼は笑った。
実験場に入る。
振り返ると、23番は親指を立てていた。
グッドラック。
そう言われているようだった。
ライカのコクピットに乗り、離陸準備を始める。
メインパワー BATT
IFFマスタ 起動
JFS スタート2
キャノピを閉じる
油圧計――
「ぐッ……!」
脚を見る。
出血が多い。気を失うのも時間の問題だ。
急がなきゃ。
油圧計確認
スロットル IDLE
各計器が動き出す。
甲高い音が聞こえた。
エンジン始動
視界がほとんど、ブラックアウトしてきている。
指の感覚も消えてきた。
持ってくれ、あと少し。
オート・パイロット・モード 起動
命令入力
離陸及び、適性機体のいない無人エリアへの着陸
着陸後、端末番号SIT2134-KATSURAGIに座標を送信
その後、別命あるまで待機
入力が完了した。
終わったのだ。
安堵か、それとも限界か。
もはや視界は真っ暗になった。
感覚もなく、僅かに残った意識だけ。
それももはや、消えようとしていた。
「ライカ……」
空を、見てきてくれ。
*
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<I HAVE CONTROL>
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