第96話 奇声

「ほぉ〜、わしも若い頃は、今の樹君に張り合えるくらいはモテてたはずなんじゃがのぉ」


「いやいやそんな事ないですよ、俺だって髪型とか変えたのごく最近ですし、同棲始めたのだってほとんど強制ですし」


図書館に着いて1時間後、俺は哲平さんと談笑していた。


1度は勉強したはずだった。


そして休憩がてら図書館内をぶらぶら歩いていると、哲平さんが居たので”少し”話そうかと思った。


だけど、3年という月日の間で起こった出来事はあまりにも多く、1度話し始めると俺たちの談笑が止まることはなかった。


「ポロポロン♩間もなく閉館〜」


そして時を忘れて話していると、遂に閉館のアナウンスが鳴った。


「そういえば、樹君、優葉はどうしたんだい?」


「あ、あーー!!」


哲平さんに言われて思い出した。


今日俺は優葉に勉強を教えるという目的でここに来ていたという事に。


哲平さんと話してかれこれ30分以上は経っている。


「樹君、優葉の好物はチーズケーキだよ覚えておくといい」


「覚えておきます………」


哲平さんが色々察したらしく、俺に優葉の機嫌を取るための助言をしてくれた。


そして俺は急いで優葉と勉強してた机に戻った。


「ム〜〜〜〜ッ」


完全に放置されていた優葉がほっぺをプク〜っと膨らませてこちらを見ていた。


かなり重度の拗ねモードに突入してしまっている。


「この度は誠に申し訳ございませんでした」


「ふんっ」


「チーズケーキ奢るので今日は許してください!!」


「なら許すっす!!」


さっきまでフグのようになっていたのに、チーズケーキという単語を聞いた途端笑顔が戻ってきた。


「今から買いに行くっすよ!!」


「今から!?」


「勉強の後は甘いもの食べたいっすから」


今は午後7時くらい。


まだ夏で日が出てる時間が長いとはいえ、それでも真っ暗な時間帯だ。


あと図書館周辺の道深く知らないから迷ったら詰む。


優葉はもちろん知っている筈だが


「ここどっちだか忘れちゃったっす……」


とか言ってきそうであまり信用は出来ない。


そしたら、帰れなくなって、警察に非行少年扱いされて謹慎待ったなしだ。


「明日にしない?今日はもう遅いしさ」


「明日も勉強この時間までやるから変わんないっす」


「確かに……」


「そうと決まったら早く準備するっすよ!いつも行ってるケーキ屋、8時までやってるからまだ間に合うっす!」


「間に合うかぁ?それ」


「間に合うっす!早くするっすよ!」


優葉に尻を叩かれ、俺は渋々真っ暗な知らない街に足を進めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「親切な店員さんで助かったよ」


「私が店員さんと顔見知りだったお陰っすね!」


ケーキを買った帰り道、優葉はケーキの入った箱を手に満面の笑みを浮かべて鼻歌を歌っていた。


目に見えて上機嫌だ。


それもその筈、ケーキ屋に着いたのはギリ8時過ぎだったのに、店のシャッターを閉めていた店員さんが気を遣って買わせてくれた上に、売れ残ってたからという理由でショートケーキやらチョコケーキをめっちゃ値引きして売ってくれのだ。


結果、6つケーキを買った。


買いすぎだ。


「そういえばさ、ストーカーの話あったじゃないっすか」


「あったな」


「あれ、私の隣のやばい奴説が浮上してきたっす」


「え、マジで?」


「だって後ろの電柱裏に居るっすよ?例のあの人」


「はい?」


ホラー映画の展開やんけ、と思いながら振り向くと確かに居た。


誰か電柱裏にいた。


でも、若干横幅が広いせいで丸見えである。


パーカーっぽいの着てるし不審者感半端ない。


「ふっ、これがこれまでの人生で培われた女の感ってやつっすよ」


「カッコつけてる場合じゃねぇよ、おい」


夜道でこれは笑えない状況だ。


「樹君、ここはストーカーをドン引きさせて向こうから離れさせるっす」


「優葉は何か考えある?」


「路上プレイっす」


「確かにドン引きしてストーカーどっか消えるだろうけど、代わりにパトカー近づいてくるわ」


というか、そもそも路上プレイってなんだよ。


RO(ロリ系)JYO(女子と)プレイってか。


意味が分からん。


「奇声発しながら奇行種みたいな走り方して近づけば逃げるんじゃないっすかね?」


「向こうからしたらトラウマ案件だよ」


でも、今まで散々盗撮されてきたんだし、やり返すには良い機会かもしれない。


「んんっ」


俺は咳払いをして奇声を出す準備をした。


思う存分脅かしてやる。


「ギイエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」


人生で1回も出したことの無いであろう声を出して、俺はそいつの方にダッシュした。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


すると、そいつはとんでもないものを見たかの様に目を見開いて走って逃亡した。


「これでやっと樹君と2人きりっす!」


そして俺と優葉は道に迷いつつ、不良を見つけようとしてる道楽高校の教員の目を逃れて駅まで戻ったのだった。

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