第55話 大会day1 移動中に起きた2つの大事件 その1
「電車なが〜〜」
「ほんとっすね、東京から熱海まで遠いっす」
俺たちは始発の電車に乗り、スッカスカの車内を見ながらそう話していた。
特急に乗りたかったのだが、こんな朝早くから特急が走ってる訳もなく渋々普通列車に乗った。
「誰も居ない電車って新鮮ね〜」
東京は人口が多いが故、昼間の電車は常に人が溢れかえっているが、こんな朝早くから電車に乗る人は少なく、全く人が居ない。
こういう誰も居ない時の電車は、エアコンが効いてて涼しいし、何より人が居ないから息が楽だ。
通勤ラッシュに巻き込まれたら息苦しいし暑いし最悪だったが、始発に乗れたのでラッシュは避けられただろう。
「次は〜〜………」
車内に次の駅に到着するというアナウンスが流れた。
「あと何時間電車に乗る事になりそうなの?」
「2、3時間くらいかなぁ〜」
「え〜、ながぁ〜」
そんな気の抜けた会話をしていると、駅に着いたらしくドアが開きサラリーマンぽい人が数人入ってきた。
旅行に行くのか大きなスーツケースを持って、落ち着かない様子の人。
スーツを着て死にそうな顔をしてる人。
スーツを着てるけど、明るい顔をしてる人。
さっきまでガラガラだった朝の電車は、色々考えさせられる光景へと変わった。
するとだ、隣の車両から紙袋を手にしたすごい顔の紅潮した人が来た。
朝から酒でも飲んだのかというレベルで顔が赤い。
だが、酒に全く酔ってる感じも無く足取りもしっかりしている。
変な人だ。
そう思ったが、俺は特に気に留めず3人との話に戻った。
「ふぅ」
そんな声が冬樹の横から聞こえた。
声の主はあの顔が異常なくらい紅潮した人だ。
因みに今俺たちは2人2人で向かい合うタイプの席では無く、横1列の席に座っている。
なので普通に横の席に人が来るのだ。
「ちょっと樹君、耳貸してちょうだい」
「ん?」
冬樹が俺にそう言って来たので耳を冬樹の口に寄せた。
「隣の人なんか怖いから見張ってて欲しいの、さっきから手の挙動が怖いのよ」
「分かった」
俺は冬樹が何を言おうとしているのかをすぐに察して席を立ち上がり、冬樹の前の吊り革を握った。
おそらく冬樹は痴漢の心配をしているのだろう。
こんな人が少なくて、尚且つ横に男がいる状態で痴漢する輩など滅多に居ないと思うが、念には念をだ。
そして正面に立って秒で、俺は冬樹の懸念が当たっていた事を確信した。
手を自分の膝では無く、自分の尻辺りにおいていたからだ。
多分顔が赤いのも、今から自分が犯罪をやろうとしていると分かっていて変に緊張しているのが原因だろう。
憶測なので違ったら申し訳ないが、こんなガラガラの状態でわざわざ冬樹の隣に座って挙動不審だと怪し過ぎる。
「何でミーたちってこんなに胸無いのかしら」
「私に関しては揉んで貰ってるのに大きくなんないっすからね」
「悩み物っすね……」
横でかなり気になるおっぱい雑談が始まったが、それはさておき今は前の男だ。
男は今、ずーっと冬樹の胸や尻あたりを見ている。
何か言ってやりたいが、これは俺が咎められる事ではない。
俺だって冬樹の胸をジッと見たり、尻を見たりはした事があるからだ。
正直、この男の人が冬樹の胸を見るのも仕方ない。
こんなに胸がデカい人なんて滅多に居ないだろうし、ましてやそれを近くで見れることなんて殆どないだろうからだ。
「さっきから不埒な目で見られている気がしてならないんだけど……」
「本当にすまん」
俺が心で1人語りしていると冬樹が恥ずかしげな顔で俺にそう言ってきた。
それと同時に、男が焦った様に視線を別な所に向けた。
だが、相変わらず手の位置は変えず、冬樹の尻を触ろうとしている。
すると、俺は少し視線を感じた。
視線の主を見ると優葉と矢吹が俺をジーッと見ていた。
普段こういう時は優葉が怖い目をしている事が多い。
だが、今日は優葉より矢吹の方が怖い目をしている。
何というか圧が凄い。
目をこれでもかと見開いて俺を凝視している。
夜出てきたら悲鳴を上げるタイプの奴だ。
暫く見つめ合うと矢吹から目を逸らしてきたので、俺はまた冬樹の方へと目を戻した。
俺が数10分男と無言の格闘をしていると、遂に男が電車を降りようとしたのだ。
その時だった。
「ドサッ」
男が手に持っていた紙袋を落とし、中身が出てしまった。
近くで落としたので拾ってあげようと、CDを手に取って俺は固まった。
AVだったからだ。
タイトルは
「淫乱巨乳女子高生が電車の中で痴漢!?逃げられずに辱められる〜〜」
長過ぎるので1部分省略したが、大体どういう作品なのか分かった。
冬樹と今の状況にぴったりだ。
その瞬間、俺はこの男の思考を何となく理解した。
なんというか、凄く、げんなりとした気持ちになった。
こいつは現実とフィクションを混同して痴漢しようとしていたのだから。
俺は男にもう2度とやるなよという意味を込めて睨みつけ、表を伏せて男にCDを返した。
「ありがとぉ〜〜」
「あ、ちょ、ここではやめろっ!」
男が立ち去ると、冬樹が安心しきっただらけた顔で俺の足に絡み付いてきた。
「出かけて早々これか……俺の身体持つかな……」
そう呟かずにはいられなかった。
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