第10話 神様はきっと貢ぎ物に恋をしたのだ
※※※
龍海村、という村がある。
そこは他の漁村と何ら変わりない小さな村である。人々は日々の魚を取り、海に感謝して生きる毎日を過ごしている。
では、何故そんな村に「龍」なんて大層な名前がついているのかというと、村に伝わる昔話が理由であった。
むかしむかし、龍海村がまだ海風村と呼ばれていたころ。海が大層荒れたときがあった。村人は漁に出られず困ってしまったある日、海の神のお告げで「人間を寄越せ」と言われた村人たちは泣く泣く村で一番働き者の少女を捧げることにした。
すると海の荒れはぱったりとおさまり、それどころか大量の魚が取れるようになった。村人たちは喜んだ。子も老人も飢えることはなくなった。
けれどその代わり、数年に一度、海から龍が悪さをしていないか、村を見張りに来るようになった。
それが噂になり、海風村はいつしか龍海村と呼ばれるようになったという。
「……わしは一度、龍と話したことがあります」
村の長を退いた老人は白くなった頭を撫でつけながら、村の話を聞きたいとやって来た若者に茶を勧める。
「捧げたあの子はどうなったのか、と。龍はそれは恐ろしい声で『お前が気にする必要はない』と言うんですけどね、聞こえるんですよ。海の中から、あの子の声が」
そこまで話すと、老人は少し震える。皺だらけのその顔は笑っていた。
「上手くやったんだな、と思いましてね。わしは龍に額を土につけて言ったんです。ありがとうございます、あの子をどうか幸せにしてください、と。……龍は何も言いませんでしたが、その翌月くらいからでしょうか。わしが海に行くと魚が大量にとれるようになりまして」
「それで、六郎さんが村の長に?」
「はい。身分不相応だとは、今も思いますがね」
当時の村の長や、村長の分家であった少女が暮らしていた家は何故か不漁が続き、あっという間に潰れてしまった、と六郎は語る。
「それは、例のワタツミ様の加護や祟りのようなものなのでしょうか」
「さてどうでしょうか。ただの偶然なのかもしれません」
海が良く見える、高台の家から六郎は海を見つめる。途方もなく広く、恐ろしく、けれど恵みを与える海を。
「ただね、これだけはわかるんです。あの子はきっと幸せだって」
「それは何故ですか?」
「お告げでね、こう言われるようになったんですよ。『フキの焼き味噌の握り飯が食べたいから味噌と米を供えろ』って」
貢ぎ物は甘やかな海に愛されて きぬもめん @kinamo
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