第2話 Real Shift[ ⅰ ]
−−頭蓋が割れそうだ。
鈍痛の響く頭蓋に手を添える。されど治ることを知らない痛みは
代わりに、怪我の功名か、朦朧とし靄のかかった記憶が鮮明となってくる。前時代のテレビでも有るまいし、嫌な治り方だ。
二度三度、額を今度は意図的に衝突させると、漠然としか捉えていなかった視界も復調し、渋滞を起していた情報が片付いてきた。
現状、己の陥ったであろう状況を正しく認識するのが必要不可欠だ。であれば、自身の状態を把握するのが不足を補うには手取り早いか。
マガネは、慣れた手付きで自身のステータスを出力した。
Magane
Rece:
Sex:Men
癖で払った指先の跡を辿るように視覚に表示された半透明のビジョンには、マガネの数年の研鑽を示す、アバターの能力値が示されていた。
名前。性別。種族。各能力値。装備一覧。何も最高峰の数値や希少性の高い名称が並び、我事ながら鼻高々である。…鼻といえる部分は存在しないが。
身体を見渡し、触診していく。
葬儀に参列するかの如く黒一色で染色された背広を着た胴体。西洋兜に怪獣の口を移植したかのような機械と生物の狭間と云える悍しい頭部。腰には朱色の鞘に納まった軍刀が大小拵えている。
研鑽の集大成。数々のモンスターを屠り、理想を具現化した愛用のアバターであるのは間違いない。つまり、未だ「Another」にログインしているのは明確だった。だが…
(解像度が上昇している?イヤ、視覚情報がそのまま透過されてきているのか。糞が、一体何が起きた?)
Anotherは、アバター(ユーザーの精神データ伝送先の躰)との拒絶反応を排除する為、痛覚、視覚に至る五感情報にフィルターが意図的に設けられている。
人、動植物、構造物も丸で画面越しの様な俯瞰的視点で見えて然るべきなのが今は違う。リアルそのものの現像度を出力しても躰にストレスを供与しない、フィルターとは又異なる防衛措置が講じられたか…。
否、そうであれば事前に公表されるだろうし、何に於いても画期的過ぎる。
となると、アバター端末を更新し統括するマザーエンジンの実行したと推定される、「ナニカ」しか此の現象を説明付ける要素はない。
「Real Shift…か」
まさかあの噂レベルの与話が運営の公表だった訳はあるまいな。
公式掲示板にも明記は無かったのをマガネは今朝も確認済みだ。
(身体には本体と同程度の痛覚が有る。恐らく、視覚触覚に至る他感覚器官も本体レベルに引戻されている。頭痛は推定大型アップデートないしはバグによる被害。大元要因は不確かだが「Real Shift」が絡んでいる可能性が排除出来ない。そんなところか)
成程、確かに「現実への移行」だと、彼は皮肉気に口元を歪ませた。
運営機関側の些細なヒューマンエラー、或いは量子エンジン「Mother」の緊急メンテナンスも候補として有力だが、であればプレイヤーは
薄暗い居室に設置したコクーン(精神伝送路を搭載したメガハード)に戻されていないところを鑑みるに、トラブルが自身に、他ユーザーに生じていると直感したマガネは、再度指先を虚空に払った。
「嗚呼、そういう事か。薄々だろうなと思ったが」
だが其れをタップしようが連打しようが「Error」と英文が横切るだけだった。
−−本体と接続が遮断された。
其れを理解して許容するのに、マガネは思いの外時間を要した。
少数例ではあるが、アバターと本体の接続が本人意図に依らず遮断する事故は発生している。
故に探索者身分を保証する誓約文には「躰との意図しない途絶に関して財団は一才関与・補償しない」と謳われていた筈だ。要は暗に、本体への帰還は遺棄すべき思考だと述べている。
脱力した身体は安楽を求め瓦礫に傾いていった。
汚れる事も厭わず、地べたに腰を下ろした彼は、衣装の裏側に潜ませていた紙煙草を鋭利な牙が並んだ口許へ持っていった。
紫煙を揺蕩わせ、虚空を見つめる。何も思考せず、ただ不健康な行為に酔い痴れる。
嗚呼、世界は兎角美しい。…なんて現実逃避を試みていると、「
「…はい、こちらマガ」
『あ、マガネかっ、マガネだな!オレ様だ!一体全体何が何だか訳分かんねえからよ、一度集合−−』
接続は一方の権限によってパスを遮断する事ができる。
キーキー五月蝿い宇宙的念波が送信されていた気がしなくもないが…太陽系圏外の惑星だ。観光でもと渡来したグレイヒューマノイドが友好条約でも締結したく特殊な言語を投射したのだろう。知らんけど。
再び長閑な時間を享受しようとした間際、マガネの脳内にベルが又しても奏でられる。けれど、パスは繋げず遮断した。
虐めを何度か繰り返した後、等々ベルが鳴ることはなかった。
然し、一抹の不安が脳裏を過り「
From:Akira
To:Magane
Title:無視すんな
ぶっ飛ばすぞ。
From:Magane
To:Akira
Title:Re;無視すんな
落ち着け。
何処にいる。
マップデータを送れ。
迎えに行く。
From:Akira
To:Magane
Title:Re;Re ;無視すんな
ならはよ来い。
地図URL;9112358…
緊急事態に存外慌てている悪友を察し、マガネは鈍重な腰を起こした。
とは云え、添付された地図情報を確認する限り、程近いエリアで暴れているんだろう。
早足で十分程度で合流可能と目算し、其の旨を送信。直ぐに「五分」とだけ返答が有り、無意識に口角が緩んだのは如何してか。
遺跡跡地に設置したテント、道具一式を「
マガネ、アキラ両名が立ち寄ったエリアは「Area.03」とユーザー達に便宜上名付けられている。
Anotherに於いて、凶悪な原生生物−−モンスターが丈量跋扈する危険地帯に指定される其処は、惑星開発黎明期の第一陣探索者の軌跡の跡地である。
其の為、至る所に旧時代のビル群を彷彿とさせる建物等の残骸が地盤に埋没していた。
辺りには熟練者でも手を焼く凶悪な生物が生息する事もあって、マガネを含めた玄人にもビギナーにも人気な狩場であり観光名所であった。
但し、現在は観光気分ではいられないという注釈は付くが。
コクーンとの接続が遮断されたのは、偏にマザーエンジンの「恩恵」を賜われないに等しいからだ。
−−ESP。
数世紀前に開発された超能力技術は、直近数十年で簡易化に成功した。此れによって、多数の民間人に超常の知覚と操作方法が伝達されたが、詳細な情報、取り分けESPの知覚操作原理は依然公に晒されていない。
民間の有識者間ではマザーエンジンの演算結果を子機と云えるアバターが出力しているだけ、というのが最有力な説だった。
マガネも、彼等と部分的には同意見である。
「
但し、是等はデフォルトでアバターに搭載されている、所謂「母体基盤」の一種だからだろう。元々、設計思想としても処理側は機械ではなく、人体である可能性が高い。
だが他の「
後天的に獲得した能力−−マガネで代表すれば「
若し其等の処理をマザー側が担うのであれば、今迄通りの使用は出来ないと云っていい。
一度、試行した方が良いか。
掌に電子操作を応用し、小さなスパークを発生させようとした。其の直後−−建物を薙ぎ倒したような騒音が鼓膜を劈いた。
「……は?」
背後を振り向くと、目鼻の先には恐竜と見紛うモンスター達が巨大な角を打つけ合い、傍迷惑な争いを周囲に振り撒いていた。
同類同士の喧嘩、であろうか。角形状から見て雄同士である。雌の争奪合戦が今此処で勃発したのだろう。
其の事実を何処に備わっているのか己でも解らぬ眼で捉えた後、彼は直様に迎撃体制に移行した。
Name:
「
是によって、標準搭載されたESPは行使可能であると判明した。良い迷惑だ。
では、本命の外付能力は如何だろうか。不発に終った場合の嫌な未来が脳裏を過ぎる。だが、大事に発揮される強心臓は躰の硬直を解し、最適なスキルを発動させた。
選択したのは近接戦闘を得手とするユーザーが戦闘行為直後にアンロックする基礎的なスキル−−「
熟練度によって威力が大きく上下する此のスキルは、刀身にエナジーを伝播し、刃物としての役割を刀身以上に延長する。
軍刀「赫翅」に伝わった、知覚・操作を許された範囲の「力」其の物は、振り終えと共に離反する。
威力を保持した斬撃は、互いの角を擦りつけながら迫ってきた二匹中一匹の軽動部に直撃し、輪切にした。
「問題ないか。であればある程度、余裕は出来たな」
獲物の消えたもう一匹は所在無さげに蜥蜴頭をうろうろとさせている。
混乱しているのは間違いない。今一度身を隠して高威力のスキルで奇襲を仕掛けるのがマストだと判断したマガネは、息吐く暇を与えず、足腰に力を蓄え亜音速に至る速度で疾駆した。
地を蹴り、遺跡を砕き、視線を音で誘引し布石を打ち、挙動を先読みするのではなく誘発する。
準備を終えた一人の探索者は敵背後に跳躍し、終いには空を蹴り上げた。
「
次いで刀身に「
威力の増幅された不意の攻撃は、何の抵抗もなく衝突し、決り事かの如く先程と同じ結果を産んだ。
然し油断はするものか。
奴等が出現した方向に視線を飛ばすと、先程の個体より小ぶりな角を持つ同種が、此方の出方を窺っている。
雄の勝敗を観戦しに来た雌なのだろう。好戦的な雰囲気は悟れない。挑発気味に刀の鯉口を切ると報復行為も取らず踵を返し去った。
不完全燃焼といった具合の微熱が内心を燻る。…のだが、直ぐに戦闘後の昂りは強制的に治った。
高揚する要素はあった。然し、感情の起伏が抑制されたような、閾値を低下されたような処理が脳髄を駆け巡ったと思えば気分は平坦に下降していた。
「Ichibyoutoshi」が狩慣れた相手という事も起因するだろうか。是迄に優に百を超える数を屠ってきたのだ、存外昂る程の相手でないのも確かだ。
正味、戦闘に於ける視点の変化が、勝利よりも心内を占める割合は大きい。唯の錯覚と捉える方が妥当か。
そうこう脳味噌を捏ねくり回し、砂埃を被った衣装を叩いていると、獣の遠吠が砂煙と共に近付いてきた。
−−「奴」だ。
五月蝿いのが「待て」も出来ずに莫迦みたいな速さで駆け寄ってくるのを感知したマガネは、本日二本目の煙草に火を灯した。
煙草の銘柄は「Unlucky Seventh」。比重として五十代男性の愛好家が割合として多い逸品だ。
「奴」に言わせれば爺臭い、マガネに云わせると格好良い銘柄の一つ。
何でも逸話として、此の煙に嗅覚をヤラレる猛獣が居たとか居ないとか。一部界隈で妄言も囁かれる程の、独特な甘さを香り付けされた紫煙が風に揺蕩う。
嗚呼、五月蝿いのが音に誘われてきた。
眼前に迫る見覚えのある影を意識する程、煙草先端は灰となり、ポロポロと地に溢れ落ちていった。
「マガネ!お前遅えぞバカ!トイレか、糞でもしてたのかっ!何してたんだよ糞野郎!」
猛進し近寄った瞬間、襟首を掴み糞と汚い言葉を連ねる「少女」。
銀灰色のボサボサな髪。獰猛な目付き。長身で貧相なライン。片目を覆う御洒落眼帯。黒一色で染色された時代遅れな学生服擬き。
十年来の腐れ縁が、昨日振りに変わりない奇天烈な様子で暴言を吐いているのに一安心しつつ、マガネは彼女のステータスをこっそりと覗き見た。
Akira
Rece:
Sex:Women
見慣れた数値が出力された。取り敢えず本物だ。本物の莫迦だ。
確かと莫迦の顔を見やり記憶を掘り起こせば、彼女の提案で酷い目に合ったのか。
昨日は希少なレアメタルを採取するべく、「Area.03」の最奥まで彼女ともう二人の仲間を引連れ探索していた。
途中、「
其れから直ぐ解散となり、各々の拠点への帰路を辿りるも途中でキャンプを張った迄は記憶している。…以降の記憶はアルコールの影響か朧げだ。
睡眠。気絶。一定以上の損傷を検知した場合、ユーザーは強制的にアバターから排出される。以上状態から再開する際は簡単なメディカルチェックを通過しないといけない。
其の筈だが、診断を通過した覚えも、そもそも自宅のベッドに潜った覚えもない。
と云う事は、この時点で既にログアウトは出来ない状態だったのだろう。
ログインしたのは地球時間午後二十時以降。強烈な頭痛を生じたのが今日午前九時。約十三時間の間にパスが遮断されたと推察できる。
あの頭痛はパスを無理矢理切断した事が要因だ。経験則で判断が取れる。然し、ログアウト不能時刻に違和感を覚える。
マガネが睡眠に入ったのは遅くとも午前五時、六時。三時間の猶予があれば、当然ユーザーの精神は排出されている。
「パスが切断されたからログアウトが出来ない」ではなく「パスが切断され、ログアウトも出来ない」が正解に近いのかもしれない。
現象は別個に捉える方が望ましいと、根拠はないが如何にもそう思えた。
依然、状況の把握も背景の推察も中途半端な進捗具合に苛立ちが積る。いつの間にやら滓だけになった煙草のフィルター部には強く噛跡が刻まれていた。
「糞糞煩いぞ、クソ娘。それでログアウトはしたのか?」
「ぁん?してねえしできねえよ莫迦」
「頭痛は?何時ぐらいに発生した?」
「覚えてねえよ。超痛かったことしか」
「…糞が、粗末な脳味噌しやがって」
「うっせ、朝一番は低血圧なんだよ。朝は頭回らねえんだよ」
「テメエの朝一番は一体いつまでだおい。いつ如何なる時も低血圧なんだが?」
「−−ア?」
彼女は開戦の狼煙を揚げたマガネに、少々野蛮な手段で灸を据える事とした。濁さずに表現すれば喧嘩を吹っ掛けた。
獰猛な二人は掴み合い、投げ合い、果てにはESPを駆使し、モンスターとの戦闘よりも衣服に皺と砂粒をブレンドし、最後は殴り合いに浪費した。
軈て決着は着き、首筋を人外の膂力で締上げられたアキラが、「ぐへ」と気の抜ける台詞を溢し終戦となった。
「…さて、如何するか」
今後方針も殴り合いの最中、多少纏めた。
取り敢えずは、後二人の仲間に集合場所を、他知見のある者に「Real Shift」前後での相違点を共有させて欲しい旨を、メッセージで発信する作業から取り掛かろうか。
どれだけの同業者がオンラインかは定かではないが…。まあ、廃人共ばかりだし回答率は良し悪し問わなければ、期待しても良いだろう。
期待七割、諦観三割で文章を仕上げていく。
From:Magane
To:Shirou;Usagi
Title:集合
莫迦と合流した。
若し居るのなら、東都の吉祥天に来て欲しい。
金は出そう。
From:Shirou
To:Magane;Usagi
Title:Re;集合
承知致しました。
御早晩頂戴させて頂きます。
では後程、日が傾く前に。
From:Usagi
To:Magane;Shirou
Title:Re;Re;集合
了解
「早いなおい。いつもは割と遅めだろ。特にウサギ」
仲間の図々しさに辟易してしまうが、呆れる以上に彼等が取残されていた現状に肩を撫でおろした。
友人の不幸にホッとしてしまった己に心底羞恥を覚えつつ、でも感情を騙し、知人に情報提供を求めていく。
アバターの容貌で良かった。正に鉄仮面と云える容姿を持つ「
…過去、其れを選択した本音としては、ユーザーのニーズから掛け離れた容姿から、思惑通りの集客を見込めず、他種別と比較し大層良心的な価格であったからだが。
何方が図々しいのか判断に困るものだ。
内心で悪態をついていると、腕をか弱い手付きでタップされた。
観ると少女の顔は青を飛び越え土気色に成り掛けていた。虐めすぎたかと悪友の健康状態を今更気遣い、力を抜くと、彼女は途端に目を爛々に輝かせ反逆に打って出た。
研鑽に裏打された技巧により、マガネの身体は空を円弧を描いて舞った。
悪戯小僧のようなヤンチャな微笑みが、大地に直撃する直前披露された。いつか泣かすと決心した。
第二ラウンドの火蓋は早々に切られ、スケールの大きい喧嘩が再び遺跡を賑わさせた。
それから間もなくして、互いに気力も底を尽き、大地に俯せになった頃には心身共に熱も冷め、漸くマトモま会話へと移行した。
口火を切ったのはアキラであった。
「−−それでさぁ…そもそもだけどコレからどうするよ?」
「あ?…爺さん、ウサギと合流。それから情報交換、数ヶ月分の食糧を確保して、後は−−」
「災害マニュアルを聞いてんじゃねえよ。濁すな」
巫山戯た表情は形を潜め、冷然な視線がマガネに突き刺さる。
彼女は既に粗方は悟っている。覚悟も淡々と済ませていたらしい。
これだから此奴は侮れない。未だに甘く評価を付けていた事に猛省した。
懐を弄り、煙草を一本ボックスから取り出す。レトロなジッポライターが火を灯してから数瞬後、彼の推論は展開された。
「…先ず結論から話すが元の身体には戻らない方が良い」
「何故だ?」
「死躰である可能性が高い。意識を本体へ戻した瞬間、御臨終でも良いのなら、還る努力は止めないが」
「マジか」
精神と肉体の遮断は、脳幹の死滅を意味する。
心肺機能を制御する司令塔を消失した肉体は、酸素を血流へ取込めず、数分と経たず細胞の壊死が開始される。
若し、パスが再接続されたとしても安易に帰還を選択するべきではない。
十中八九、身体には何かしらの障害が生じているし、帰還した瞬間に御陀仏も有り得るからだ。と云うか其方の可能性の方が高い。
例え、コクーンのメディカルサーチ機能がダウンせず、迅速に適切な処置を講じられていても、元々の状態に復帰する可能性は極々稀である。
マガネは長たらしい理屈は語らず、彼女の感性に沿う文型で、元の身体には還れない事を伝えた。
「嗚呼、マジだ。「
「…そうかよ。だったら、作らねえと駄目だな」
「ア?何をだ?」
だから、この反応は予想外だった。
如何に現実を見据えていても、現実を許容するのは皆等しく困難である。
なのに淡々と現実の肉体を放棄したのも束の間、彼女は直ぐに未来を見据えだした。
能天気なのか、芝居上手なのか。鬱屈とした感情は丸で捉えられない。
正反対に喜色を浮かべ恐竜の頭部で遊ぶ本人は、マガネから漂う疑問符に答を返した。
「情報も飯も大事だけどよぉ、一番はココで生きる「導」だろ。情報は都市に行けば好きなだけ見聞きできる。飯は首がもげた恐竜でもいい。住処もある。ほら衣食住は足りてんだ」
「だから自分が生きる、満たされる為の指標が欲しいと?大味な思考にも程度がある」
「薄味は嫌いなんだ。あと自分じゃねえ自分達な。喜べ、アキラ様のプランに参加させてやる」
自信過剰だ。
先ず彼女の唱える「導」が良く解らんが、十中八九、緻密なプランではないだろう。思い付き、夢とも変換可能な空虚な妄想だ。
何をしたいのか。何になりたいのか。
何を見たいのか。何を作りたいのか。
漠然とした言葉で言い切った気でいる彼女に、言い返してやりたい台詞が幾つも浮かぶ。
だが可笑しな事に口許は勝手に三日月を描きだす。咄嗟に手で覆い隠すが、壺に入った躰は制御が出来ない。
「何笑ってんだよ?第三ラウンドか?やってやんぞこら!」
「−−もうするかウツケ娘。今日のところは俺の負けでいい」
額を小突き、ヒートアップする莫迦を諌める。
割と痛そうにする姿を目尻に捉えつつ、跡地より僅か南東に視線を向けると、前時代の四輪や搭乗部の破損した戦闘機が、此処より多少整備された道路に投棄されている。
けれど、二輪程度が通過する道幅はある。原生生物による被害は最小限であるようだ。
東都までの経路状態は、走行範囲内と云えるだろう。
マガネは、愛車を呼出す為に「
トリガーは指先で打鳴らされた渇いた音色。空間にノイズが生じた瞬間、眼前には烏羽色のホイールベースをした一機の大型電磁式二輪が出現していた。
−−CC666-Eizen.custum。愛称C2。
「財団」麾下企業、とある島国企業の問題児。超伝導技術の小型化により数世紀前に登場した、常温型超伝導発電機のプロトタイプを敢えて搭載し、回転数制限を解除した暴馬だ。
何時眺めても変わらぬ愛機の美に感服しつつ、彼は搭乗席に乗り移った。
「おい!オレ様の誘いには応えるのか?応えるよな!ていうか応えろ」
「それは爺さん達と合流してからだ。それに「導」とやらを大事にするにも、腹拵えは欠かせんだろ」
「まあ確かに…。あ、奢れよな」
「嗚呼イイぞ。好きな雑草を選べヒモ娘」
「阿保吐かすな。オレ様の胃はサラダじゃ物足りねえ。えっと、あれ、懐石料理がイイ!」
愛機の主回路を投入する。
始動電流はベースの絶縁許容値を超過し、蒼白いスパークがコイルディスクに迸った。
タイヤコイルには瞬く間に高電圧が印加され、後は操縦者の合図だけ。
背後に彼女が飛び乗ったのを確認したマガネは、アクセルグリップを調子良く回し、仲間達が既に首を長くし待つであろう「アジト」へと急いだ。
Anothers @kagaribi-yarou
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