内閣情報調査室関西出張所があるエリアは、言わば、大阪の心臓部に当たる場所だ。

 大阪城から見下ろせる一角、天満橋駅から谷町四丁目駅の間には、大阪府庁に始まり、府庁別館、大阪府警警察本部に大阪家裁、そして幾つもの合同庁舎と、大阪府の官庁の大半が揃っている。

 第二法務合同庁舎に至っては、近畿管区警察局や近畿公安調査局等、近畿全体を担う組織の中核部局が入居する。それを考えれば、近畿の要所と言っても決して過言ではないだろう。

 しかし、そんな第二法務合同庁舎だが、遠からぬ内に移転することが決定している。まだ年号が昭和だった頃に建築されたこのビルは、老朽化には目を瞑ることができても、その耐震性に関しては如何ともし難い。次に来るとされている巨大地震を耐える為には必要な措置なのだ。

 なお、移転先は徒歩五分圏内。今と同様に、天満橋駅から谷町四丁目駅の間である。

「……一人少ないね」

 大阪第二法務合同庁舎が七階、近畿管区警察所の区画の奥。内閣情報調査室関西出張所の外部監察官室執務室だった。

 ゆったりと腰掛けたノーネクタイの男・椥辻未練は、机の正面に立つ珠子を見ると、ペットボトル入りのミネラルウォーターで喉を潤した。

 内閣情報調査室特務調査部門。通称『CIRO-S』。

「外部監察官付き第四班」という、字面を見ただけでは何の仕事をしているのか全く分からない部署に配属された新人、雙ヶ岡珠子は、困り半分、怒り半分で眉を斜めにし、

「私は間違いなく伝えたのですが……」

 と、応じた。

「まあいいや。今日は講義だし、君から掻い摘んで伝えておいて」

 適当な調子で言った未練は、ノンフレームの位置を直しつつ、「『特定許可証保持者』って知ってる?」と問い掛けた。

「いえ、知りません」

「そう? 知っていても、知ってなくても、どちらでもいいんだけどさ。ああ、長くなるから座ってよ」

 言葉に甘え、ソファーに腰掛けた珠子に、こう続ける。

「『特定許可証保持者』――長いし、縮めて、『特定許可者』とか、『保持者』とか、『ホルダー』って呼ぶことが多いかな。日本の対異能機関が三つあるのは話したよね?」

「はい」

 珠子らの所属する『内閣情報調査室特務捜査部門(CIRO-S)』。

 椥辻未練の出向元であり、公安警察に存在する『警察庁警備企画課(チヨダ)特別機動捜査隊』。

 そして、最後の一つは自衛隊内にある。『防衛省情報本部特殊情報部』だ。

「あとは対能力者用の刑務所があるんだけど、まあ、あそこは大体の文脈で含まないかな。……で、その三つある対能力者機関が認定するのが、『特定許可証保持者』。異能を持つ一般の人々であり、その許可を持つ人達」

「異能を……?」

「うん。君達みたいに、超能力っていう才能を持つ人間を対能力者機関(ぼくたち)がスカウトしてるのは知っての通りだけど、だからって、片っ端から雇うわけにもいかないし……。それに、ある程度、自由な立場にしておいた方が仕事をする人もいるしね」

 つまりは。

 異能の保持者であり、その許可の保持者なのだ。

 刑事に対する探偵、と考えれば分かりやすいだろうか。民間において、能力者に関係する事件を調査し、対処する者達。それが『ホルダー』だ。

 ただし、対能力者機関内における別名は『執行猶予者』である。組織としては、あくまでも例外的な措置であって、即ち、「能力を取り上げる措置を行わずに差し置いているだけ」であり、マークの対象でもあるのだ。

「その保持者の方々は、私達と同じような仕事を?」

「同じとも言えるし、違うとも言える。例えば、六波(ろくは)羅(ら)一分(いちぶ)って人がいるんだけどさ、彼は普段、心霊現象の調査をしてる」

「心霊現象を?」

 頷き、続ける。

「オカルトスポットに呪いがないことを証明する仕事、かな? 祓い屋や祈祷師じゃなくて、本当にただ、曰く付きの建物に一晩いるとか、そういう感じの仕事。そういう専門家がいれば、業者も安心して建物を撤去できるし、建てられるでしょ?」

「そ、そういうものですか」

「そういうものだよ。でも、たまに、ごく稀になんだけど、ホンモノの時がある」

 それは心霊現象というよりは、「何者かの能力の使用が傍目には心霊現象に見えただけ」であるのだが、そういったレアケースをも対処するのが、六波羅一分というホルダーだ。

「あとはそう、能力の残滓とかの場合もあるね。そういうのを対処する人。イメージ、できた?」

「はい。ある程度は」

「……もう秋だね」

 ふと、未練はそんなことを呟く。

 珠子は訳も分からず、とりあえず「肌寒くなってきましたね」と同意の言葉を口にした。

「昔話をしようか。ある『ホルダー』の話。市井に紛れて存在する彼等がどんな風に生き、そして死んでいくのか。その一例として昔話をしよう」

 そうして彼はいつものようにこう付け加えるのだ。

 聞いてくれてもいいし、聞いてくれなくてもいいんだけど、と。


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