第109話 まさかもう一人?(R15かも……)

「アンリさんの聴取書見れたりする?」


 あの後、カメルーラ伯爵夫人とアンリさんの事情聴取はまだ続くと聞き、私達は夜も遅くなったから一旦屋敷に帰ることになった。


 それから数日がたち、ダンケルフェル公爵元夫人はステファン様自らシャンティ国に連れて行き、ダンケルフェル公爵は公爵位を甥に譲り、領地内の塔に蟄居を命じられた。

 カメルーラ伯爵は私財没収の上に伯爵位を剥奪されて、田舎の商家の下働きをするか、一人で生きて行くかの選択は許された。前者はかなり温情ある措置だったのだが、カメルーラ元伯爵は後者を選び、住む場所も食べ物もなく、今まで交流があった貴族にも突き放され、ゴミ箱を漁るような生活になった。

 カメルーラ元伯爵夫人は、今も牢屋におり、処刑までのカウントダウンをしながら日々過ごしている。


 そしてアンリさんは、本当はカメルーラ元伯爵夫人と同じく死罪でもおかしくはなかったのだが、カメルーラ元伯爵夫人に良いように操られていたということと、その聴取書からもわかるように正常な精神状態にない(ひたすら妄想を話す)ことから、女囚人が収容される規律が厳しく一日中奉仕活動をすることで有名な女子修道院に送られることになった。孤島にある修道院は、周りは切り立った崖で囲われており、ここに入れられた囚人は神と結婚するという名目で、終身島から逃げ出すことはできない。

 そう、少し前にアン・バンズが送られたあの修道院だった。

 今はまだカメルーラ元伯爵夫人と同じ牢屋に入っている。


「あの女が気になるのか?」

「うん……。ほらさ、前に私は違う世界にいたんだって話したじゃない?もしかすると、彼女も同じなんじゃないかなって。断罪イベントだとか、書いたとか言っていたから」

「……もし同じ世界から来たとして、何を知りたいんだ」


 エドの声がいつも以上に低くなり、ベッドの中で私を抱きしめる力が強くなる。今日は約束の三日に一度の日(ベッドの中……だけではないけど、アレする日よ、アレ)ではない。だから、ただまったりとベッドに横になりながらエドと話していたんだけれど、エドの手が怪しく動き出し、首筋を吸うように唇が寄せられた。


「エド?」

「……」


 私も別に約束にギチギチに縛られる頭の固い女じゃないし、たまにはまぁ雰囲気に流されてあげてもいいかなとは思う。でも、今はさっきの話の続きもしたいし……。


「エド……ちょっ……ゥン……」


 言葉を封じられるようにキスをされ、部屋着のボタンは器用に外された。


「こら、今日は駄目。もう……しょうがないな」


 欲情に染まったというよりも、切実な何かがエドの瞳に宿っており、私は身体の力を抜いてエドのキスに答えた。


 ★★★


「何が不安なの?」


 筋肉達磨のエドの体温は高くて、裸で抱き合うのは冬に近くなってきた最近でも正直暑い。ピッタリとくっついてくるエドは、まるで私を離すものかと言っているようで、そんなに不安に思うくらい私の愛情表現ってわかりにくいかな?


「不安っつうか……。アンネがあいつと同じ世界の出身としてだぜ、もしもだけど、あいつの話を聞いて郷愁の念とかわいたらどうするよ。万が一だけど、あいつが帰り方とか知ってたら?悪いけど、帰してなんかやれない」


 ギリッと奥歯を噛み締めて顔を顰めるエド、……無茶苦茶可愛い!


 思わず、スッポンポンのままエドの頭を胸に抱き締めちゃったよ。別に胸を押し付けた訳でも、二回戦をリクエストした訳でもないのよ。


 いや、だから……ね。


 ★★★


「あのさ……、私が今どういう状況でアンネの身体にいるのかはわからないけどさ、戻れるって言われても戻るつもりはないよ」

「そう……なのか?」


 ごめん、騎士と同じだけ鍛錬している人間と張り合える体力はないのよ。ちょっと手加減して欲しいというか、お願いだから無用な不安で私を抱き潰そうとするのは止めて欲しい。エドの不安は受け止めてあげたいし、安心できるまで付き合ってあげたいとは思うの。思うんだけどね、なにぶん私はひ弱な貴族令嬢なの。アスリート並みの体力を要求しないで欲しい訳。


 グッタリして、指一本も動かせない状態で、エドの裸の身体の上に乗せられ寄りかかって座りながら、髪の毛をヨシヨシされているんだけれど、私がもし二十歳で死ぬとしたら腹上死(女性もそう言うのかな?)じゃないのかって、痛切に思うよ。


「エドは実情私が最後の女性なんだろうけど、私だってそうだって思うくらいにはエドのことが大好きなんだから」

「アンネ!」


 感極まったようにエドにギューギューに抱き締められ……いやね、もう無理よ。ヒーッ!お尻の下で何やら反応させないで欲しいんだけど。


「いやいやいや、もう無理。約束とも違うし」

「しょうがないじゃん。アンネが目の前にいる限り、いつだって何度でもできる気しかしない」

「まじで勘弁して……」

「まぁ、放置してればなんとかなるから気にすんな」


 そんなもの?けど、お尻の下でムクムクされると、気にしないでもいられないんだけど。


 さりげなくエドの上から下りようとしたが、エドは私のお腹に回した手をガッチリ組んで外さず、私の髪の毛に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。そんなことしたら余計に……ほら。


「気になるんだけど」


 どんどん完全体になりつつあるエドのエドモンド君は、無視するには存在感が有り有り過ぎる。


「なら、ほら、これを読んでれば気にならないんじゃないか」


 エドは私を離すことなく、脱ぎ散らかした自分のズボンのポケットから、ヨレヨレの紙の束を取り出した。


「これ……」

「あの女の聴取書。ほとんどの人間は、これを見ても意味がわかんねぇだろうな。そのおかげで、責任能力に欠けるって判断されて死罪を免れたっつうんだから、あいつにしたらラッキーだったな」


 私はエドを椅子代わりにしたまま、アンリさんの聴取書に目を通した。




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