第108話 取り調べ 5
「お母さん!あの媚薬が興奮剤だったってどういうこと!?」
取り調べ室の扉が勢い良く開き、突進するような勢いでアンリさんが入ってきた。血は繋がってない他人の筈なのに、さっきのカメルーラ伯爵夫人の登場シーンとかぶるのはどういうことだろう。
「な……なにを」
「だから、お母さんがあたしにくれた小瓶。あの中身は軽い媚薬だって言ったじゃない。エドモンド様がなかなか素直になれないのなら、媚薬のせいだって名目さえ作れば、エドモンド様も素直にあたしを求めてくれる筈だって」
「何をいい加減なことを!」
エドは、そういう面では凄く素直だと思うよ。人目があろうがなかろうがくっついてこようとするし、隙あらば触ってくるし、今のところ約束は守って三日に一回(休みの日の前日は一回以上)という……何がって、ナニよ!……約束は守ってくれてはいるけれど、できる時は全力でくるもんね。無茶苦茶素直だよ。愛情表現全般においてさ。
「それなのに、媚薬でもなんでもないヤバイ薬だったって。あたし、エドモンド様に殴り殺されててもおかしくなかったらしいじゃん。お母さんは、あたしとエドモンド様のこと応援してくれてたんじゃないの!?あたしが死んでもかまわないとか思ってたの?」
「アンリちゃん、あなたの誤解よ。勘違いだわ。ちゃんと説明するから、黙ってちょうだい!」
カメルーラ伯爵夫人が鬼気迫る表情でアンリさんの肩をつかみ、揺さぶるようにして叫んだ為、騎士達が慌てて二人を分けた。
そこにドアがノックされ、聴取書を持った騎士が入ってきた。それを受け取ったダンテ中隊長はそれにしばらく目を通し、その聴取書を手に席についた。
「ダンケルフェル公爵夫人が全て認めたようだ。いや、今は元公爵夫人だな。離婚が成立し、シャンティ国のチャング公爵の妹として、シャンティ国に送還されることになった」
「は?」
カメルーラ伯爵夫人は、ポカンとしてダンテ中隊長を見た。ダンケルフェル公爵夫人が知らぬ存ぜぬを貫き通せば、あの小瓶を受け取った自分も中身は知らなかったで通せると思っていたのだ。
親として娘の恋愛を応援するのは普通だし、小瓶の中身を知らなかったからこそ、娘が勇気を出せるように媚薬だなんて嘘をついたとでも言えばいいかと言い訳も考えていた。
「ダンケルフェル公爵夫人は、小瓶の中身がサカエンだとわかって取り寄せ、中身の説明をした上でカメルーラ伯爵夫人に渡したそうだ。小瓶が可愛らしいから、娘さんに小瓶をあげても良いでしょうねとは言ったが、中身をどう使えとは言わなかったと」
つまり、公爵夫人はサカエンの不法輸入は認めたが、用途については知らないと、全てカメルーラ伯爵夫人に押し付けたのだ。
「そんな……だって……、エドモンド殿下を誑し込める女を養女にしろと言われた上でそんな物を渡されたら、使わせろって言っているようなものじゃない!」
「だからエドにあの薬を使うようにアンリさんに言ったの?あの薬のせいで、エドの拳には傷が残ったんだよ」
震えるくらいの怒りがわいてきた。
エドが騎士団に仮入団して鍛錬に参加しているのは、王太子である兄を武の部分で支える為だ。普通の貴族子弟に比べれば出来の良いエドも、天才的な頭脳の兄二人に比べたらかなり劣る。それで腐って自分なんかと卑下することなく、自分に出来ること、王子として兄を支えて国の役にたてることを模索した結果、政治の面はアイザック様とクリストファー様に任せて、国を守る騎士団に入ることを決めたのだ。
王子として、気楽にプラプラ生きることもできるのに、身体が傷だらけになるくらい鍛錬していて、日々逞しくなるエドの筋肉はそんなエドの努力の結果だと思うと、愛おしくてしょうがない。別に筋肉フェチだからとか、誰の筋肉でも良いって訳じゃない。一応、念の為にこれは強調しておくけど!
「もし仮に、薬のせいでアンリさんを殴り殺しちゃっていたら、エドは絶対に自分を許さなかったと思う。アンリさんも二度と戻らない。そんなものをエドに……。絶対に許せない!」
「うん、アンネ嬢の言いたいことはわかるよ。アンネ嬢の怒りは、司法が解決してくれるからね。大丈夫、王族に手を出して無傷ってことはないさ。それと、ダンケルフェル公爵元夫人については、僕がシャンティできちんと処罰を下すから、そこも安心していいよ」
いつの間にか取り調べ室に戻ってきていたステファン様が、私の肩に手を置こうとして、エドに素早くブロックされていた。
「司法……って、あたしは悪くないですよね?これもエドモンド様との愛を深めるイベントなんでしょ?そっか!あたしを利用しようとした意地悪な養母の断罪イベントだ。……そんなの書いた記憶ないんだけどな」
断罪イベント?書いた記憶がないってどういうこと?
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